2011年11月16日〜30日
11月16日 マキシム 〔クリスマス・ブルー〕

 ヒロからアンドレイの話を聞いた。
 おれは冷静さをつくろったが、内心、自分の早とちりにうめいていた。

 くだらないやきもちで、ヒロの心づくしを台無しにするところだった。ルノーに感謝だ。

 ヒロの作ってくれたロシア式ディナーも素晴らしかった。あのブリヌィ(クレープ)! 
 また食べたい。ニシンも。
 
 あんな話を彼は覚えていたのだ。作ってやろう、なんて気になっていたのだ。あいつはそんなやつだ。
 おれもこのやきもち焼きをなんとかしたほうがよさそうだ。


11月17日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕
 
 アンドレイからも凄い報告が聞けた。

 ご主人は彼の肉じゃがを見て黙り込み、ほとんど何もいわずに食べたそうだ。
 アンドレイは劇的な反応を期待していたため、少々拍子抜けしたらしい。

 だが、夜、彼はアンドレイを呼び、いつにもましてねんごろに可愛がった。そして、下手な英語でとつとつと言った。

「アンドレイ、あなたはいいこ。わたしは申し訳ない。あなたを閉じ込めることが、苦しい。別れはさびしい。とてもさびしい。ずっとなやむ。でも、あなたをロシアに帰す」


11月18日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 おれはアンドレイの言葉に興奮した。解放だと! 肉じゃがでか! ところがアンドレイは

「おれも一瞬、血がのぼったさ。でも、よく考えたら向こうに帰ってもそんなにうれしくもないんだよね。もうバレエはできないし、ほかの仕事は何やっていいかわからないし。母には会いたいけど、それだけなんだ。あのかわいいおっさんとこれきりになるのもさびしいしね」

 考えぬき、せっかくの申し出を差し戻したという。

「おっさん、泣き笑いしてた。時々、母と会えるよう里帰りさせるってさ」


11月19日 アンディ 〔フィルゲーム〕

 今日はサー・コンラッドが早く帰ってきた。

「ビセンテにまた締め出されるからね」

 冗談だとは思うが、夜11時すぎるとビセンテは彼をベッドに入れないらしい。
 理由は美容に悪いから。

 ビセンテってやつは、旦那より何より、鏡に映った自分が好きなやつなんだ。もちろん、おれやジルなんか眼中ない。いつも部屋で体を鍛えたり、美容法にいそしんでいる。

 でも、おれの顔の皮膚がかさかさした時は「これでパックしてみな」とキャビアパックをしてくれたこともあった。気持ちよかった。


11月20日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 寒くなると、おれはちょっとブルーになります。

 なんとなく、気持ちがはずまなくなり、未来が不安になります。つまらないことがひどくかなしく感じられる。

 でも、最近は危険になると、あったかいものを食べるようにしています。肉まんとか、キノコのポタージュとかね。

 そして、夜はアルのベッドにもぐりこみます。前は彼が来たけど、最近は自分でいくようになりました。
 アルはエロいこといったりするわりに、絶対にハメをはずさないので、安心していっしょにいられるのです。


11月21日 アキラ 〔ラインハルト〕

 先日、帰りが遅くなった。
 犬が事故をおこして、ポルタ・アルブスに入ったのだ。客のわめき声を浴びて疲れていた。

「飯喰った?」

 帰ると、ルイスが起きてきた。

「ああ」

 おれは愛想のない返事をして、服をぬぎ、ベッドにもぐりこんだ。もう三時だ。
 
 だが、眠れない。疲れすぎて、頭の回転がとまらない感じだ。イライラしかけた時だった。枕元に湯気のたつマグが置かれた。

「ホットチョコレート、気持ちが休まるよ」

 ミルクにハーシーの粉をといただけのやつだが、うまかった。よく眠れた。


11月22日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 一週間ほど休暇をとっていました。
 レオとマウイ島で泳いできましたよ。

 彼はなかなか達者なシェフです。毎日、手料理のイタリアンで楽しませてくれました。白身魚のレモンソースがとてもうまかった! 彼の手製のティラミスやミントのシャーベットも! 

 夢のような一週間でしたが、最後はどうしても「クリスマス、休めないのか」という話になります。
 マンマが待っているといわれると、つらいです。彼はともかく、マンマにまでアフリカに来てくれとはいえませんしね。


11月23日 劉小雲 〔犬・未出〕

 寒くなってきましたね。北京ではそろそろ白菜が出ているだろうな。
 
 町中に近郊の農民が売りにくるんです。道端に荷台をならべ、その上に白菜を山のようにのせて、なかば凍ったようなのを売っています。とってもうまいですよ。

 今日は旦那に、アツアツの水餃子を作ってあげようかな。白菜と豚肉の。
 ぼくのつくる料理では、あれが一番好きだそうだから。


11月24日 カシミール 〔未出〕

 ここしばらくカーク船長が休暇でいないので、オフィスが静かだ。

 あの男は体がでかいせいか、いるだけでうるさい。挨拶のように口説いてくるのもうるさい。あれのせいで、ほかの連中が言い寄ってくることはなくなったが、まるでやつのことが公認になったように思われて無念だ。
 ルイスもすっかりそんな目で見ている。無念だ。

 しかし、朝ってこんなに静かだったのかな。なんか忘れ物したような、ものたりない感じさえする。


11月25日 カシミール  〔未出〕

 おれは今回、休暇をとらなかった。
 とくに疲れてもいないし、外に面白いことが待っているわけでもない。

 舞台をやめて、おれには特に面白いと思う趣味がない。休みになると、ヒマをもてあましてしまう。

 カーク船長は家族のもとに帰った。オヤジさんが引退して、田舎に土地を買ったので、そこのガーデニングを手伝うとのことだ。
 彼と父親はなかよしで、ゲイであることもわかってくれているという。そんな家庭もある。うちとは大違いだが。

 しかし、はて、なんでおれはやつのことばかり。


11月26日 カシミール 〔未出〕

 今日、更衣室で着替えていたら、アキラが電話で友だちとしゃべっているのが聞こえた。

「……いや、たがいに変な期待がないからラクなんだよ。期待値ゼロじゃない? あとはプラスされるばっかりなんだよ。あ、こんないいとこがあった。こんな面もあるのかって。マイナス面はまあ、仕事で見ているしね。だから、毎日、かわいくなっていくっていうの?」

 うふふ、なんて笑ってる。おれが出て行ったら、ぎょっとしていた。
 あとで、「ルイスに内緒な」と拝むマネをした。

 言うかよ、ちぇ。


11月27日 カシミール 〔未出〕

 ラインハルトが風邪をひいて休んだ。

 その穴を埋めるために残業していたら、おれまで具合が悪くなった。犬にうつすわけにいかない。休まなければならない。

 日がな寝ていたが、熱で関節が痛くてつらかった。食うものもない。ジンジャー・エールでも買ってこようと、寒気をこらえてスタッフ用のスーパーにいくと、ウォルフがいた。

 カートには野菜や卵が積まれていた。ラインハルトに食わせるんだろう。
 こういう時はひとりでいるのが、ちょっとわびしくなる。


11月28日 カシミール 〔未出〕

 解熱剤を飲んで、眼をつぶっていたが、よく眠れない。
 
 へんな夢をみているから寝てはいるはずだが、意識がずっとうろうろ動いている感じだ。寒いし、熱い。具合の悪さにやり場のない怒りすら感じる。

 ウォルフに看病されているラインハルトがうらやましかった。
 思い余って、おれはルイスに電話した。が、彼は勤務中だった。こんなつまらないことがひどくこたえた。おれは泣きたいような気分で、毛布に丸まっていた。

 すると、ドアホンが鳴った。

「ベイビー、いるかい?」

 カーク船長だった。


11月29日 カシミール 〔未出〕

 カーク船長は山のような手土産を持っていた。

「これがうちでとれたラズベリー・ジャム。ブルーベリー・ジャム、ミントソース。ママお手製のブルーベリー・マフィン、ブラウニー、すごくうまいぞ。で、あとは下で買ったものだ」

 オレンジやグレープフルーツやバナナ、それにヨーグルト。そして、水のボトルがテーブルいっぱいに置かれた。

「食欲は? 吐き気はあるか?」

 と勝手にひとの顔に触り、勝手にキッチンに立ち、バナナを切って、ヨーグルトをかけたものをもってきた。


11月30日 カシミール 〔未出〕

 ヨーグルトの酸味はさわやかで、バナナはすきっぱらにうまかった。

 おれがまた寝ている間にも彼はキッチンでなにかごそごそやっていた。鼻歌がずっと聞こえていた気がする。

 眼がさめると、気分がよかった。熱が引いていた。やつはもういなかった。
 キッチンにいくと、ミルクパンのなかに、クリームスープが作られていた。そばのナプキンに「マフィンとお食べ」のメッセージがあった。

 ちらと、アキラの言葉が思い出された。

――期待値ゼロじゃない、あとはプラスされるばっかりなんだよ。


←2011年11月前半          目次          2011年12月前半⇒



Copyright(C) FUMI SUZUKA All Rights Reserved