2012年7月1日〜15日 |
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7月1日 カーク船長 〔未出〕 おれはあんぐりと口を開いた。 あの苦みばしったイイ男が。憂鬱そうなハードボイルドが。 クリスは鼻息をついた。 「家のなかでも、きっちりネクタイをしめていたわけだ」 そうだった。メリルはちゃらちゃらじゃれついていたが、ニコルソンはほとんど身動きしなかった。 「じゃ、散歩でリードをとってたのは」 「大方、あの利口なイーサンだろ」 そういえば、二匹しか犬がいなかった。本物のメリルは髪型の都合で、誰の代役もできず留守番していたのだ。 カメラがはずされたのも――。 |
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7月2日 カーク船長 〔未出〕 陰のあるハンサム、ニコルソンは金髪のかつらをかぶって、犬たちに嬲らせていた。 鼻から力がぬける。ヒトの勝手だが、力がぬける。 「あと一歩だと思ったのに」 「……」 クリスも次の手が出ないようだ。 「やっぱり、あの家に賊が押し入ったのか。それともカシミールは誰かに呼ばれて出て、トラブルに陥ったのか」 腕組みしたまま、考え込んで動かない。 おれはどこでもいいから探したかった。もう一度、ニコルソン邸付近を見ようと思った時、おれの携帯に電話が入った。 ヤングの犬からだ。 |
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7月3日 カーク船長 〔未出〕 ヤングの犬が言った。 『チャーリーのやつ、浮気してるようなんだよね』 あー、とおれは言葉を探した。 「まあ、それは担当アクトーレスに相談して」 『イタ公とつるんでたのは知ってたけど、最近、うちに閉じ込めてるみたいなんだ』 「ええ?」 『書斎に。でもさ。CFにイタ公きてるしさ』 おれは眉をひそめた。 「どゆこと?」 『……』 犬は言葉を濁した。まさか。にわかに心臓が耳元で打ち出した。 「それは」 『おれはとにかくやつに出てってもらいたいんだ。おれのせいだってわからないように』 |
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7月4日 カーク船長 〔未出〕 電話を置き、おれはめまぐるしく考えた。 ヤング。まったく不思議じゃない。やつはカシミールに執着してたし、一番現場に近い。一度侵入したことがある。つまり、あの家の欠陥、アトリウムに大穴が開いていることもカメラがないことも承知だ。 ハスターティが誰も不審者を見ていないわけだ。向かいから犯人は飛び出してきたんだから。 (カシミール、待ってろ) おれはクリスに声をかけようとして、思いとどまった。 やっぱりヒーローはひとりがいい! |
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7月5日 カーク船長 〔未出〕 ヤングの犬は、家の鍵を開けておいてくれた。 ハウスボーイは休み。主人と彼はディナーに行く。いたれりつくせりの状態で空き巣に、いや、捕虜奪還に入る。重い玄関ドアを開き、おれはそっと中へ侵入した。 お金持ちの家はさすがに留守といえども、真っ暗にはしない。間接照明のついたエキゾチックなアトリウムをぬけ、回廊を渡る。広間の奥の階段をあがり、二階へ。 廊下の中ほどにある立派なドアの前に立ち、開けた。 目の玉が飛び出そうになった。そこにヤングとクリスが立っていた。 |
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7月6日 カーク船長 〔未出〕 おれはドアを閉じようとした。 「入りたまえ。レモン」 ヤングは鋭く言った。いたしかたない。 「いや、ドアが開いていたので、何か事件かと」 クリスが気まずそうに目をそらす。ヤングは嗤い 「彼もそう言って、わたしの書棚を漁っていたよ」 「……」 なんてこと。こいつもあの電話を受け取ったのだ。 「きみらはわたしの蔵書が気になるようだ」 ヤングは本棚を動かしてみせた。隠しスペースが現われる。 その隅にシャムネコが一匹きょとんと見上げていた。 「デクリオンと話す必要がありそうだな」 |
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7月7日 カーク船長 〔未出〕 ヤングはおれたちを書斎に閉じ込めた。 おれはクリスをなじった。 「おれを出し抜こうとしたな」 「そっちだってだろ」 「一番乗りはおれに譲るって」 「今それどころじゃない!」 まったくだ。シャムネコだと? おれたちは騙されたのだ。あの電話は罠だ。いったいなんのために? そう思った時、ヤングが現われ、電話を差し出した。 「デクリオンが話したいそうだ」 おれはしぶしぶ電話を受けた。不機嫌な声が言った。 『なんの冗談だ。きみらのことを不問に伏す代わり、寝ろと言われたぞ』 |
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7月8日 カーク船長 〔未出〕 おれはクリスに代わった。クリスは顔をしかめ、イヤそうに電話を受けた。 彼は詐欺情報のことを話し、罠に嵌ったのだといった。電話を切って、 「こっち来るって」 「え?」 やつの相手をしに? クリスは唸り、頭をかきむしった。おれも嘆息した。間抜けにもほどがある。ヒーローになるはずが、とんだ厄介者だ。だが、イアンに迷惑をかけるわけにはいかない。 「自首しよう」 おれはクリスの肩を叩いた。 「クビぐらいいいじゃない。あんた甲斐性あんだしさ」 クリスもうなだれていた。 |
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7月9日 カーク船長 〔未出〕 イアンが来て、おれたちもアトリムに呼ばれた。イアンの目がこわい。 「家宅侵入か」 ブリザードが吹いたみたい。タマがちぢみあがりそうになった。 つい、クリスを指差してしまった。クリスも何も言えずにいる。 「あきれたな。外に出てろ」 だが、おれたちは出なかった。それはそうだ。出たら、ヤングがイアンに飛び掛ってくる。 ヤングは小躍りしかねないほど上機嫌だった。 「どっちでもいいよ。きみらの前で、彼のお尻を叩くのも一興だ。おお、それがいい。そうしよう!」 |
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7月10日 カーク船長 〔未出〕 その時、頭の芯がしびれた。ヤングの顔ほどやわらかくて、じゃまで、うっとうしいものはないように思えた。 拳が吸い込まれるようにヤングの顔を殴っていた。 それほど強いあたりじゃない。でも、ヤングは吹っ飛んだ。藤のカウチに張りつき、まんまるの目でおれを見ていた。 「ばか!」 イアンがおれの腕をつかんでいた。さすがに彼の目もひるんでいた。 やっちまった。おれ、死刑? だが、この時、クリスがはじめてしゃべった。 「もう一発殴れよ、船長。告発されたりしないから」 |
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7月11日 カーク船長 〔未出〕 ヤングはあわてて起き上がった。 「おまえら、狂ったのか。ハスターティを呼ぶ。すべて洗いざらい話すからな」 「どうぞ」 クリスはぬぐったように元気になっていた。 「どうぞ。ヤングさん。プラエトルに話してもいいですよ。彼があなたを相手にすれば、ですが」 おれはぽかんとした。 「プラエトルの友だちじゃないの?」 「友だちなら合成写真を使う必要はないだろ」 クリスは黒檀の台の上の写真を示した。前にみた卒業写真だ。 「ふしぎな写真だ。プラエトルのまわりだけ風がない」 |
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7月12日 カーク船長 〔未出〕 言われて見て気づいた。女の子の髪は隣のおっさんの顔を隠すほどに舞っているのに、プラエトルの髪は端然と顔の周りにおさまっている。 「おかしいと思ったんだ。プラエトルともあろう人が、外でこの指輪をつけるなんて」 クリスは言った。 「この部分は盗撮ですね。それもヴィラの中で撮った。カメラを持ち込みましたね。それは重大なルール違反で厳しいペナルティがありますよ」 ヤングは目をさまよわせていた。図星だ。 イアンが言った。 「不問に付していただけるんですね」 |
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7月13日 カーク船長 〔未出〕 あぶなかった。やれやれ。と外に出た途端、イアンが低く言った。 「きみらの尻を叩かなきゃならんな。ついて来い」 おれとクリスは目を見合わせた。まさか、デクリオンにビシバシしばかれるのか。 だが、連れてこられたのは護民官府だった。明かりのついたオフィスにラインハルトとその亭主のウォルフだけが残っていた。 「ウォルフに話せ」 イアンはおれたちに言った。 「自分たちで集めた情報を全部、彼に明け渡すんだ。きみらはベンチ。選手交代だ」 クリスが悲鳴のように呻いた。 |
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7月14日 カーク船長 〔未出〕 おれたちは、ウォルフに話した。 渋っていたクリスも、話すうちに饒舌になり、メモを出して、会話の一言一句にいたるまであまさず教えた。 ウォルフはメモをとり、時々質問しつつ、ほとんど黙って聞いた。聞き終わると端末でいくつか調べものをし、ヤヌスに電話した。 その30分後、ハスターティはカシミールを保護した。 おれは病室でカシミールの顔を見て、泣き笑いしそうになった。痩せていたが、彼は生きていた。それだけでよかった。 でも、どっから発見されたんだ? |
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7月15日 カーク船長 〔未出〕 たねあかしをしよう。 カシミールを拉致したのは田舎者のテンプルだ。 ウォルフは話した。 「ニコルソン家のドイツ人の犬が、電話をしたカシミールを見たと言った。きみらは嘘と決めつけたが、本当だったらどういうことか、と考えたんだ」 ウォルフは、ドイツ犬があんなヘタな嘘をつく必要はないように思った。疑惑をそらすつもりなら、まず、彼は来なかったと言えばよかったはずだ。 では、真実ならどういうことか。カシミールはなぜ、かかってきてもいない電話を受けたのか。 |
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