2012年7月16日〜31日
7月16日  カーク船長 〔未出〕

「おれにはカシミールが犬とあまり話したくなかったように思えた」

 ウォルフは言った。犬だけではない。昔なじみのハスターティともろくにしゃべっていない。それは本当にカシミールだったのだろうか。おれは口をはさんだ。

「でも、ハスターティはやつがカシミールなことは間違いないって言ってたんだよ」

「顔が似てたからね。まさにそう言ってほしくて、その男は炎天下のなか、地上を歩いたんだ」

 クリスがくうっと痛むように眉をおさえた。


7月17日 カーク船長 〔未出〕

 そうだ。炎天下のなか、サングラスもせずに歩いたのは、ハスターティに見せつけるためだったのだ。

 あの時間、地上も地下も人通りがない。だが、詰め所にだけは人がいたからだ。

 ウォルフは言った。

「偽者だとしたら、行動につじつまがあう。そして、カシミールに一番似ている男は、テンプルの犬、ケイレブというわけだ」

 カメラ映像のカシミールとケイレブの耳の形を照合した結果、同一とわかった。
 けどさ、とおれは首をかしげた。

「全然、未知の男がやっていたかもしれないじゃない」


7月18日 カーク船長 〔未出〕

「なんのために?」

 ウォルフは逆に聞いた。

「ニセモノを演じるということは、本物から追及をそらしたいからだろ。疑われる心配のない人間は排除される」

「……」

「それにケイレブはおかしなことを言ったね。ヤングやニコルソンの名は聞いたことないと言ったのに、それが『よそのお宅』とは認識してた。ハスターティ兵や運転手だったかもしれないのに。そして、主人のテンプルもずいぶん不作法だ。これからよその家をまわるカシミールに野菜の袋をもたせるなんて」


7月19日 カーク船長 〔未出〕

「まあ、そこは気のいいおっさんの老婆心で」

「それでも通るが、ニセモノはどこかで着替えなくてはいけないはずだと思ったんだ。ニコルソンに疑いをかけたいなら、カシミールの姿のままうろうろできない。どこかで着替える必要がある。着替えをもつのに、袋がいるだろう? カシミールはカウンセリングに出たから、かばんをもってない。そこで野菜の袋が必要になった」

 ぐうの音も出なかった。実際に、ケイレブは袋のなかに、掃除スタッフの制服を隠しいれていたのだ。


7月20日 カーク船長 〔未出〕
 
 いろいろ明らかになった。
 田舎者テンプルは最初から、カシミールをわがものにするつもりで、似ている犬、ケイレブを買い取っていた。

 ケイレブはそのために訓練された。彼はふだんは外に出ず、時々、掃除スタッフのなりで周囲を見てまわった。

(むろん、発信機はとうにはずしており、傷痕も完治している!)

 当日、テンプルがカシミールに眠り薬を盛り、その携帯とスーツをとりあげた。ケイレブはスーツを着込み、携帯に自分の指紋がつかないよう指にシールして外へ出た。


7月21日 カーク船長 〔未出〕

『よう』

 映像のなかのケイレブは、カシミールそのものに見えた。ハスターティが答える。

『いよう。カシミール。クソ暑いのに変態の手伝いかい』

 口汚い野次が続いたが、ケイレブは涼やかに手を振って去った。

 彼はそのままニコルソン宅へ入り、ドイツ犬に挨拶した。ひとがいなくなったのを見計らって、携帯を残し、ふつうに玄関を出た。カメラがないことはもちろん調べていた。

 地下に入り、掃除スタッフのつなぎを着込むと、彼は歩いて戻った。


7月22日 カーク船長 〔未出〕

 テンプルはカシミールを愛していた。自分だけのものにしたくて、凶行におよんだ。ほとぼりがおさまったら、カシミールを調教し、外でケイレブとして飼うつもりだったという。

 動機は愛とはいえ、やり方があまりに狡猾すぎた。今後の模倣犯防止の意味もこめ、上層部はこれに厳しい審判を下した。

 テンプルはヴィラから永久追放。賠償金50億セス。ただ犬のケイレブは無罪となった。

 なぜって、犬は主人に忠実じゃなきゃいけないからね。


7月23日 カーク船長 〔未出〕

 カシミールは二日目には、オフィスに出てきた。皆は歓声をあげて、彼を迎えた。

「ありがとう」

 カシミールはしばらく学校を休んだ子どものように、照れくさそうだった。

「無事戻ってまいりました。船長とクリスには、ずいぶん活躍していただいたようで」

 クリスはあいまいに微笑んだ。だが、おれは大きく手を広げて迎えた。

「礼なんてイイってことよ。カシミール!」

 カシミールは、飛び込んでくるとみせて、くるりとルイスに抱きついた。

「ありがとう。おれの犬全部、面倒みててくれて!」


7月24日 カーク船長 〔未出〕

「終わってからのほうが、こわくなったな」

 カシミールはステーキを頬張りながら言った。

「閉じ込められたけど、ひどいことはされてないからね」

 あとで、犬として外に連れ出す計画を聞いてから、こわくなった、と言った。ハスターテの微妙な空気のことも説明してくれた。

「ケイレブがハスターティにいたずらされたって言ったものだから、おれも真に受けて、連中に注意したんだ。それで、おまえはもう仲間じゃないのかって」

 その前から、ぎくしゃくはしていたようだ。


7月25日 カーク船長 〔未出〕

「でも、基本的におれが金持ちの家で遊びほうけてるだけだと思ったみたい。アクトーレスって金持ちの腰ぎんちゃくってイメージあってさ」

 出動命令が出て、はじめて深刻な誘拐とわかったようだ。あとで謝ってくれたやつもいた、と言った。

 おれはあることを聞かなかった。すごく心配だったが聞けなかった。
 彼はあっさり言った。

「レイプは、された」

 胸がぐっとつまった。やっぱり。

「でも、乱暴じゃなかったよ。すごくサービスしてもらった。おれが好きなんだって。しょうがないさ」


7月26日 カーク船長 〔未出〕

 のどがつまり、食えなくなった。おれは立ち上がり、カシミールの肩を抱きしめた。

「よせよ」

 カシミールは唸ったが、離さなかった。
 もう二度と離すもんか。もう二度とそんな目には遭わせないぞ。

 カシミールは鼻息をついた。

「彼はちょっと強引だっただけだよ。心配すんな」

 おれは首を振った。心配する。いなくなったら心配だ。おまえがいないとさびしい。すごくかなしい。

 おれはいつのまにか、彼に口づけていた。カシミールは怒らなかった。おれの首を抱きしめてくれた。


7月27日 カーク船長 〔未出〕

 おれの人生はまた幸せいっぱいになった。

 朝、鏡を見るとイイ男が映って幸せ。おいしいママのジャムを食べて幸せ。出勤すると、かわいい子がいっぱい! ラインハルトよし。イアンよし。ニーノもよし! 
 そしてわがカシミールのまばゆい笑顔。

「おはよう、船長。朝からうざったいぐらい元気だね」

 わおう! これが幸せってもんよ! 


7月28日 劉小雲 〔犬・未出〕

 夏なので、ご主人様が帰っています。

 アフリカは日本よりは過ごしやすいといいますが、そのわりに遊びにも出ず、引きこもってDVDを見たり、ゲームしたり、エロいことをして暮らしています。

 ぼくがCFに出ると、機嫌が悪くなります。しかし、練功をさぼるとからだに悪いですからね。

 なので、帰りはマーケットに寄って、ご主人様の好きなものを買って帰ります。から揚げとか巻き寿司とか、餃子も好きです。
 あとは浴衣を着て、ビールを注いであげれば機嫌は直ります。


7月29日 ウォルフ 〔ラインハルト〕

 帰って来ると、たまにラインハルトが先に家にいることがある。

 たいがい、テレビをつけっぱなしにして寝こけている。服はぬぎっぱなし、ビールの空き瓶が転がり、靴はあっちこっちに飛んでいる。

 食料品が冷蔵庫にしまわれていないのを見ると、さすがにうんざりする。
 だらしない。見苦しい。

 だが、日向のネコのような無心な寝顔を見ると、起きろ、とも言えず、自分で片付けることになる。

 片付けぐらいなんでもないことだ。部屋が整頓されていても、つまらない生活というのはある。


7月30日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 幸せで満ち足りた暮らしの中でも、多少の波風というものはあるんだよな。

 疲れとか、不機嫌といったガソリンのまわりに、ウォルフのぽつんと言うイヤミが導火線となって爆発がおきることがある。

 ぎゃあぎゃあ言った後は、たいがい後悔する。反省のしるしに、酒なんか買ってきたりして。飯なんか作ったりして、一所懸命機嫌をとる。

 うっかりすると、向こうは陰にこもる性質だからね。愛想をつかされたらかなわんからね。

 でも、最近はウォルフもあまり気にしてないみたいだ。


7月31日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 先日、ウォルフと飲んだ。めずらしくノロケを聞かされた。

 それなりに不都合もあるが、ラインハルトと暮らしているのが一番調子がいい、とのこと。前の奥さんと暮らしたから、そう思うらしい。

「レギーナはさばけた女性に見えたが、やっぱり繊細な少女の部分があった。暗に騎士や王子の役割を求められて、失望されて、疲れた」

 ラインハルトはこっちがタダの男だとわかっている分、気楽なのだという。

「あいつはぐうたらでわがままだが、他人のわがままにも理解があるから」


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