2012年8月16日〜31日
8月16日  ライアン〔犬・未出〕

 ピノはついにおれに体を預けた。

(おっぱい! おっぱい!)

 おれは跳ね上がりそうになったが、あらんかぎりの自制心でもって、わが身を抑えた。 ほかの凡百の男たちもピノの胸にむしゃぶりついたに違いないのだ。

 だが、ピノはおれの手を自ら胸に導いた。眩暈がした。ふわふわ! 
 でも、我慢。

「ピノ、いいよ。イヤなんだろ」

「いいから乱暴にして」

 うっはー! 

 今度こそ、何も考えられなかった。おれは十代のセックスマシーンと化して、ピノのからだをむさぼった。


8月17日 ライアン〔犬・未出〕

 終わった後もおれの頭は天国をただよっていた。

 ピノのからだはやわらかかった。骨は華奢で、肌は赤ん坊のようで、尻もマシュマロみたいにやわらかかった。

 何よりあのステキなおっぱい! ツンとかたちよく、女のそれのように乳首が大きく、つかむと指の間からこぼれんばかり。

 ホンモノの女性よりちと硬かったが、ここにいるどの男よりも魅惑的な感触には違いなかった。

 ピノがニヤリと笑う。

「よかったろ」

「いいけど、声がでかいよ」

 ピノはおれを小突いた。恥ずかしそうにそむけた目が可愛い


8月18日 ライアン〔犬・未出〕

 アフリカの夏は暑い。火の矢のように容赦ない。だが、おれは太陽にむかって高笑いしたいぐらい浮かれている。

 青春がまたやってきたみたい。一度、体をひらくと、ピノは人変わりしたようにおれに甘えるようになった。

「帰りたくないな。ライアンがおれのご主人様だったらいいのに」

 もっと会いたい、といって腕にからみついてくる。ふわふわのバストがあたる。

「じゃ、チェスのクラスとれよ」

「チェスなんかできない」

「教えてやる。いっしょに帰れるよ」

 ピノはうれしそうに、やる、と言った。


8月19日 ライアン〔犬・未出〕

 ご機嫌な日々が続いたある日、リーアムがおれを呼び出した。

「あんた、何やってんの?」

 リーアムというのは、おれが以前惚れていた空軍パイロットだ。

(で、こちらの素行不良でこっぴどく振られた)

「なにとは?」

「あのふたなりさ」

 リーアムは不快そうに言った。

「あんた、家の日本人とつるんでたじゃないか。またいい加減なことしてんのか」

「いや、あいつはいいんだよ。気にしないから」

「気にしないってことあるかよ! 心配して探しにきたりしたよ!」


8月20日 ライアン〔犬・未出〕
 
(ほええ?)

 正直、おどろいた。
 タクが感情の揺らぎを見せたことは一度もない。おれを好きなのかさえ、疑わしかった。あんな男でもヤキモチを妬いたりするんだろうか。

 おどろきはしたが、それ以上の関心はなかった。誰だろうと、邪魔はさせない。ピノはおれのものだ。麗しのおっぱいはおれのものだ。

「ライアン」

 かわいい笑顔が走ってくる。おれたちはもつれるようにエレベーターに乗り込む。ガラスから中庭見える。タクらしき黒い頭がポツンとテーブルに座っているのが見えた気がした。


8月21日 ライアン〔犬・未出〕

「ライアン、おれのこと好きなの?」

 憂いを秘めた青い目が笑う。

「好きだよ。残念ながら」

 美少女の顔がニコリと笑う。

「おれも好き。残念ながら」

 ピノの女っぽさは、外見だけじゃなかった。アイラブユーを言わせたがったり、終わった後もキスをねだったりと、男とは思えぬ甘え方をしてくる。

 ベタベタしてくるのはかまわないが、中庭でキスをねだられると、ちと閉口する。

「あとで。おれがきみのボディガードにシメられたらどうする」

「おれのためにシメられるなら本望だろ?」


8月22日 ライアン〔犬・未出〕

 ピノはテーブルの下で足をからませながら、笑っている。

「はやく。度胸をみせてよ」

「今日のキスは品切れです。また明日どうぞ」

 ピノはついに機嫌を損ね、立ち上がった。

「明日のチャンスはないからな。あばよ。うぬぼれ屋」

 おれは追わなかった。何か軽食でも食おうと、まわりの店を眺めていた。

 ホットドッグがいい。ここのホットドッグはソーセージといい、タマネギといい最高のうまさだ。

 そちらを見やった時、短い列にタクがいるのが見えた。


8月23日 ライアン〔犬・未出〕

(たまにはタクと帰るか)

 そちらに向かった時、タクが列から出てきた。だが、手にホットドッグは持っていない。

「買わないのか」

 タクはおれを見て、苦笑した。

「売り切れだって」

 しかし、彼のうしろのやつはホットドッグを受け取っている。

「売り切れてるはずないだろ」

 彼は肩をすくめ、となりの中華のほうに向かった。おれはホットドッグ屋のオヤジに言った。

「売り切れか」

「いいや」

 オヤジは何本だ、と聞いた。おれはオヤジを見た。

「さっき日本人の子が買えなかったのは、なぜなんだ?」


8月24日 ライアン〔犬・未出〕

 オヤジは鼻を鳴らした。

「買わないならどきな」

「おい」

 おれはあやぶんだ。このオヤジ、どういうつもりなんだ?

「あんた、ここでホットドッグ売るためにいるんだろう? なんでやつにだけ売らない――」

「クソ日本人!」

 オヤジは小さい目を光らせ、怒鳴った。

「おれのホットドッグはサル野郎には売らないんだ。パールハーバー! パールハーバーを襲ったようなクソどもに食わせるかってんだ」

 おれはあっけにとられた。豚がしゃべったように見えた。


8月25日 ライアン〔犬・未出〕

 あまりの愚劣な理由に、一瞬言葉が出なかった。どこの田舎者がはるばるアフリカまでやってきたのか。

「人種差別か。このCFがなんのためにあるかわからないのか。ここでは、あんたは奉仕するために雇われているんだぞ。ここの管理部に報告するからな。そのごたいそうなホットドッグを抱えて国に帰れ」

 だが、オヤジはあざわらった。

「どこにでも訴え出るがいいさ。あいにくここのえらいさんはおれのホットドッグが気に入りだ。誰に売らないかはおれの勝手。むこうも納得ずくだぜ」


8月26日 ライアン〔犬・未出〕

 それにな、とオヤジは言った。

「こっちは態度の悪いワン公だ、っていって、おまえを取り締まってもらうことだってできるんだ。二度とプールで遊べなくなるぜ、ワンちゃんよ」

 おれはよほどその厚かましい顔をつかんで、ソーセージのコンロに押し付けてやろうかと思った。だが、タクが腕をつかんだ。

「ライアン。ニラまん食おう。すごくうまいぜ」

 放せと言いたかったが、彼の力はおそろしく強かった。おれはひきずられるようにして、ホットドッグ屋を離れた。

「なんで、止めるんだ!」


8月27日 ライアン〔犬・未出〕

 タクは困った顔をした。

「もういいよ。ホットドッグ」

「よかないだろう!」

 おれはおさまらなかった。タクにむかってガミガミ怒鳴り、勘違い右翼への怒りを浴びせ続けた。

 タクは最初、神妙に目を伏せていた。が、そのうちニラまんをとって口にいれた。もぐもぐやりながら、おれの前に座っていた。

「なんで食ってんだ!」

「――冷めるから」

 おれは深くうめいた。これがタクだ。誰とも勝負はしない。
 だが、おれは許せなかった。おれの家族にこんな扱いは許せない。


8月28日 ライアン〔犬・未出〕

(今までもこういうことがあったんだろうか)

 おれは隣で眠るタクの寝顔を見て、さびしくなった。うすく開いた唇があわれだった。

 タクは何も言わない。つらいことがあっても、おれに浮気されても、何も言わない。

 ひさしぶりに抱いても、なじったりしない。たぶん、明日、おれがまたピノの尻をおっかけまわしても、何も言わないだろう。
 言葉は胸のなかにしまったままだろう。


8月29日 ライアン〔犬・未出〕

 ピノは苛立っていた。

「あの中国人、あんたのなんなんだよ」

「中国人?」

「昨日、中庭であんた、ホットドッグ屋でいきまいてただろ」

 おどろいたことに、ピノは帰っていなかったらしい。

「タクは日本人だよ」

「同じだろ。あいつと寝てるのかって聞いてるんだよ」

 おれはあっさり言った。

「寝てるよ。そっちだってそうだろ?」

 その途端、ピノはいきなり激昂し、イタリア語でまくしたてだした。あまりの豹変ぶりにおれがあぜんとしていると、彼は泣きわめいた。

「おれを裏切った。殺してやる」


8月30日 ライアン〔犬・未出〕

 わけがわからない。

 昨日までいたいけな少女のように愛くるしく、甘やかで、笑顔でいっぱいだったのに、今日は情緒不安定な怒れる舞台役者になってしまっている。

 おれを恥知らずの裏切り者呼ばわりして、殺すと脅す。そればかりか

「あの中国人から殺してやる! あいつのケツの穴に××××――」

 あまりに興奮しすぎて、言葉でなく吼え声になっている。おれはようやく我に返ると、彼の顔をひっぱたいた。ピノは一瞬、目を瞠き、すぐに飛びかかってきた。


8月31日 ライアン〔犬・未出〕

 おれもマッチョではないが、ピノぐらいの目方なら、なんとかなる。彼の手首を押さえ、髪の毛をつかんで、その顔に何度も「落ち着け!」と怒鳴った。

 ピノは泣き崩れ、おれにしがみついてわんわん泣いた。

「ライアン、いやだ。おれだけを愛してくれなきゃいやだ」

 おれを捨てたら殺す、と泣いて訴える。

「捨てやしないよ。きみがいい子なら」

 ピノは泣き顔を向けた。

「言うとおりにするから、捨てないで」

「捨てない。愛してるよ」

 キスしたが、おれは少しこわくなっていた。

 このひと、大丈夫?


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