2012年10月16日〜31日
10月16日  ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 ヴィラ側ははじめ冷ややかだった。

 公園で火気を使えば防災上の問題もある。
 それにこの公園は露出プレイのための公園でもあった。BBQで騒ぐ犬たちはプレイの邪魔になる。

 だが、犬たちの騒ぎに新たな味方が加わった。

「うちの犬がBBQしたがっているんだ。なぜ、やらせない」

 とある親バカ主人が護民官府に乗り込んだ。

「なんだったら、わたしがあの公園を買い取ろう。ほかの犬も好きに使ってくれてかまわない。全住民に開放してやろう」

 親バカ主人は石油成金だった。



10月17日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 無論、賛成派の主人ばかりではない。

 ヴィラは会員の娯楽のための町だ。

「公園の静寂を損なう」

「BBQを許せば、次はキャンプだ、といい、勝手に外泊する犬も出てくる」

 奴隷を甘やかすなという意見もある。

 対して賛成派は、

「公園の寝泊りぐらいで、犬のウツ病が防げるぐらいなら安いもの」

「働き盛りの若い男を閉じ込めておくには、ある程度発散する場が必要だ」

 と主張。
 双方がバシリカで討論する事態になった。


10月18日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 結局、賛成派のほうが多かった。

 護民官府はそれらの意見を聞き、按察官とはかったらしい。

 結果、公園でのBBQが認められることになった。

「ただし、届け出すること。夜の9時までには退出すること」

 公園には事務所が設置され、BBQをする際、主人が届出することが義務づけられた。

 このことは犬たちを喜ばせた。

「毎日行く!」

「うちもBBQのコンロ買わなきゃ」

「スモーカーで燻製つくるんだ。ガキの頃以来だよ!」



10月19日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

「おお、いろいろ出来てるな」

 マキシムは公園を見て笑った。

 公園のあちこちにかまどが設置されていた。薪などは事務所で買えるようだ。水場もあり、コーヒーを沸かすのに家から水を持ってくる手間が省ける。

「ちっこいキャンプ場だな」

 伯爵は鼻息をつき、かまどに薪を入れた。燃えさしから、器用に火を移す。

「お上手ですね」

「子どもの頃、親に仕込まれたからな」

 明るい火がその目に映る。一瞬、遠い少年の面影が見えた気がした。


10月20日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕
 
 意外にも伯爵はくるくるとよく立ち働いた。
 火の世話をしながら、かいがいしく肉を焼く。

「おまえ食ってばかりだな」

 とマキシムを笑うが、そのくせトングは手放さない。マキシムものんきなもので、

「貝焼いてください」

 なんて注文している。

「最近、ピクニックにすら行ってなかった」

 紅茶にブランデーをそそぎ、伯爵はようやく尻を落ち着けた。

「たまにはいいものだ」

 おれは「奥さんを連れてってあげれば」と言いかけ、あわわと口を閉じた。
 伯爵は笑った。

「こういうのは男同士でないとな」


10月21日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 伯爵の滞在はまだしばらく続く。
 
 マキシムは彼の寝室に入り浸り、おれはひとりでCFに行く。

 だが、こころはほがらかだ。伯爵がいてもいなくても、おれは楽しくすごせるのだ。

 同じ火の前で、肉にかぶりついた時、おれは伯爵が好きになった。

 あの瞬間、おれたちはただの無邪気なガキだった。爵位も、奴隷もなかった。
 ただの仲間。マキシムも伯爵もひとしく可愛かった。

 たぶん、ふたりもそう感じたはずだ。あの一瞬、神聖な何かがつながった。
 ふたりはもう忘れたかもしれないが。


10月22日 ハン 〔ウエリテス兵〕

 ウエリテス兵の仕事で一番、神経を使うのが仔犬です。

 反抗ざかりの犬の部屋であっても、一日一回は、掃除スタッフを入れなければなりません。

 たまにバスルームにマットレスが隠されてあったりします。

 犬はうろたえ、近づくなとわめいたり、変ないいわけしたりしますが、寝小便です。

 珍しいことではありません。ストレスのせいです。

 まだ主人がついていない犬には問答無用でオムツをさせます。主人がいて、許可が取れない時は防水マットを使います。


10月23日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 どうしたわけか風邪をひいた。
 吐き気がして、熱が出た。一日寝てもまだつらい。

 あまり体を壊すということがないので、正直不安になった。
 いつのまにか、誰かがぬいぐるみを出して、枕元に置いてくれたらしく、知らずそれを抱きしめて寝ていた。

 この姿勢で眠ると少し気分がラクなんだ。

 でも、エリックが水を持ってきてくれた時は気まずかった。彼は「うお」といったん止まった。そして、何もコメントせずに出て行った。

 ……クソ。でも、ぬいぐるみは必要だ。


10月24日 フェルド 〔犬・未出〕

 栗の季節だ。料理クラブでもよく栗で作ったデザートを作る。
 
 最近は、クラブで販売もするのでやりがいがある。おれの作ったモンブランは評判がよくて

「こんなクマみたいなオヤジにどうして、こんな繊細な味が作れるんだ」

 と感激される。

 恋人といっていい友だちもできて、充実している。

 ドムスの相方のパットはあいかわらず、ビデオゲームに夢中だ。

 最近はゲーム内ギルドのギルド・マスターに昇格した。そして、彼は仲間のひとりに恋をしていた。


10月25日 フェルド 〔犬・未出〕

 おれはすでにゲームに興味はないのだが、パットが強引にINさせる。そして、不毛なモンスター狩りをながながつきあわされる。

 そのパーティによく、女子聖職者キャラが呼ばれる。

 中身はイタリア人のマッシモというやつで、中庭で会ったら、20代の可愛いやつだった。話すと面白い子でいっしょに遊んでいて楽しい。

 だが、マッシモのキャラはレベルが低いので、いっしょに狩りをするとよく死ぬ。

 それでも「経験値をあげるために」とパットは無理やり、パーティに誘うのだ。


10月26日 フェルド 〔犬・未出〕

 パットというやつは、絶対に自分の感情を口に出さない。

 不機嫌にもなるし、無愛想にもなるけれど、つっかかってくることはほぼない。

 そして、好きという気持ちもほとんど表さない。冗談でも言わない。

 だが、見ていればわかるものだ。パットはマッシモとじゃれあっていると楽しそうだ。いつも軽口を言って誘いかける。

「ほら、保護者がついてってあげるから」

 マッシモも愛想がいいから、

「おめえがいるから、ダンジョンのレベルがあがって、おれが死ぬんじゃねえか」
 
 といいつつ、つきあう。


10月27日 フェルド 〔犬・未出〕

 おれは前、アダムに失恋したばかりの頃、パットに少しよろめいたことがある。

 だが、その気配を察した途端、やつは飛びのくように逃げた。

 以来、おれはパットには近寄らない。彼はそういう関係はのぞんでいない。

 それに、おれには今「お前が好きだ」といってくれる相手もいる。だから、幾分アホらしいという思いはあるものの、パットの恋をおだやかな気分で眺めていた。

 実際、相手のマッシモはいいやつだ。パットにゲーム以外のつきあいができるのはめでたいことだ。


10月28日 フェルド 〔犬・未出〕

 しかし、パットというやつは本当に奥手なのだ。からかったり、ふざけたりたりはするのに、やさしくはできない。

 バトル中、よわいマッシモが死ぬ。パットは戦いつつ、アイテムで何度も生き返らせる。

 調子のいいマッシモが

「おお、愛の力でよみがえった」

 といっても「はたらけ」としか返せない。 下ネタすらほとんど言わない。好意で何かした、と思われるのを極力恐れているようにさえ見えるのだ。

 おとうちゃんには歯がゆいかぎりである。


10月29日 フェルド 〔犬・未出〕

 夕飯の時、おれはちょっとプッシュしてみることにした。

「マッシモって、旦那、なかなか帰ってこないみたいだね」

 パットの空気がちょっとこわばった。こっちを見ない。

「そういや、いつもいるね」

「中庭で聞いたんだけど、旦那が新しいやつを仕入れて、セルで飼ってるらしいよ。さびしいだろうね」

 パットは気のない顔をして肉を切っている。おれはダメ押しをした。

「でも、かわいいやつだから、そのうちいい誰かとくっつくかもしれないか」

 パットは黙って肉を切っている。


10月30日 フェルド 〔犬・未出〕

 その日、自分の部屋から習慣的にゲームにINした。ギルド内チャットでパットとマッシモが話しているのが見えた。

 マッシモが主人が帰ってきたと、うれしそうに書いていた。

「あいつ、改心したなんていってさ。おまえはヤキモチやかなくていいって。バカ、ヤキモチめちゃくちゃ焼いてたっての。でも、楽しく暮らしてたら帰ってくると思ってさ。何も文句言わなかったんだ!」

 パットはおめでとう、と書いていた。

「すげーよかったな。おまえの勝ちだ。もう放すなよ」

 彼はアイテムの花を贈ってやっていた。


10月31日 フェルド 〔犬・未出〕

 翌日、パットは昼過ぎに起きてきた。

 ぼさぼさの頭で、目は寝腫れていた。サーバーからコーヒーをとって、また二階へあがった。

「CFは?」

「行かない。風邪」

 おれは詳しくは聞かなかった。

 そっとしておくしかない。
 あとで、うまいお菓子でもつくって、差し入れしてやるか。

 甘いブランデーにひたしたマロングラッセとか。クマさん特製モンブランとか。


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