2012年11月16日〜30日
11月16日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 部屋に入り込んだ化け物たちは、なぜか壷の水面に吸い込まれて消えていった。
 しかし、犬は言った。

「ご主人様、どうやらこれでおわかれのようです。最後に来てくれてよかった」

 主人は恐慌をきたしつつも、聞きとがめた。

「そ、その水は、効かないのか」

「こいつら、集まりすぎた」

 見ると、部屋のあちこちにひび割れがあるらしく、四方の壁から頭が入り込んで来ようとしている。
 壷が足りなかった。

 犬は怨むように言った。

「だから、早く引越してくれっていったのに」


11月17日 ロビン 〔調教ゲーム〕
 
 主人は絶句した。
 化け物たちは次々壷に吸い込まれたが、それより多くの化け物が中に入り込もうとしている。隙間から腕をふりまわしている。

「もうダメだな」

 犬はほがらかに言った。

「さよならだ。ご主人様。記念にこれをあげるよ」

 彼は突如、持っていた棒を壷のひとつに突き入れた。主人は目に衝撃をくらって水槽から吹っ飛んだ。

 のちに来訪した友人は、アトリウムの水槽のそばで片目から血を流して倒れている主人を発見した。

 青銅製の水盤には組み込まれたように長い棒が突き立っていた。


11月18日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 ミハイルは言った。

「犬は消えてしまった。もちろん逃亡が疑われ、捜索されたが、いまだ発見されていない。主人は片目を失明し、ヴィラを去った。のちに、彼の友人がそのドムスを買おうとしたんだが、その男に『絶対に買うな』と説得された。その時に出てきたのが、この話だったというわけだ。本当の話」

 彼が口を閉ざすと、不気味な沈黙が下りた。

 おれたちはうなり、気持ちの悪さとゾクゾクする満足感に浸った。

「ありえん」

 エリックがわらう。

「ためしに、なんか映るか、ツボをもって公園にいったらいい」

 その声は少しかすれていた。


11月19日 ロビン 〔調教ゲーム〕

「優勝はミハイルだな」

 誰も反対しなかった。すでに夜の3時近かった。

 おれたちはおひらきにして、それぞれ部屋へ引き上げた。
 キースが身震いして、

「まだその犬が出てきていないってのが不気味だな」

「食べられちまったのかな」

 おれは言って、後悔した。アルがすかさず割って入る。

「こわくて寝られない。いっしょに寝よう」

 おれたちはバミューダ・トライアングルや、地底人の話をしながら、二階へあがった。

 その時、廊下の奥から獣じみた叫び声があがった。
 エリックの声だ。


11月20日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 駆けつけると、エリックが廊下に飛び出し、わめいていた。
 興奮のために言葉になっていない。ぶっ殺す、だけわかった。

 おれが部屋を見ると、ベッドの上に丸いものがあった。

 生白い。
 人頭だと気づき、おれは凍りついた。さっきのばけものの話が脳裏をよぎった。

 が、腹の底に力をこめてよく見ると、それはゴム製のかぶりものだった。さっきハロウィンの広場で売っていたものだ。

 廊下で苦しげな笑い声が聞こえた。ミハイルがからだをふたつに折り、のたうちながら爆笑していた。


11月21日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 それからが大変だった。
 激怒したエリックがミハイルに飛びかかり、廊下でプロレスがはじまってしまった。

 おれたちはあきれて手を出さなかった。
 が、ついにフィル登場。

 彼は組み合ったふたりに近づくと、顔を押し分けた。数秒でふたりは叫び、飛びのくように分かれた。

「目がいてえー!」

 エリックが顔をおさえて転げまわる。

「なにした?!」

 フィルは手を拭きながら、

「気だ。――あとタバスコ」。


11月22日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 あれから、ずっとエリックの機嫌が悪い。
 目のそばに生傷があったらしく、タバスコで腫れあがった。医者にいったら、医者でも笑われたらしい。

「もとはエリックが悪い」

 アルが言った。

「ミハイルに人形抱いて寝てるとか、からかってたからな」

 どうやら怪談話からセットで、ミハイルの意趣返しだったらしい。ミハイルも笑って打ち明けた。

「ああ。お面買って、話は即興で作った。やつがお化け屋敷でガチガチになってたから」

 でも、アルもあの公園にかんばしくないうわさがあるって言ってたような。


11月23日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 おれは家令に聞いてみた。

 家令は、そう、あそこは不吉だ、と言った。

「あそこに住むとな。なんでか皆、犬と具合よくなって、結婚しちゃうんだよ。うちとしてはなるべく複数買いさせて客単価をあげたいのに。ゆえに、あそこは営業の鬼門といわれ――え? 公園になったわけは別だよ。それは都市計画上、緑地が必要だっただけだから。怪現象? ないない」

 あれからエリックは第二回怪談大会をやるといきまいている。ひとり部屋で恐怖物語作りにいそしんでいるらしい。


11月24日 ルイス 〔ラインハルト〕

 バカンス、おれとアキラはまた日本にいってました。

 アキラはカナダがよかったようですが、おれはキラートークをもってました。

「マンガ、新刊出てるよ」

 あっけなかったです。ただ彼がヒロシマではなく、東京に行きたがって多少モメましたが。

 日本で国内線に乗り換えても、

「こないだ見たろ。あそこ見るとこなんもないよ。退屈よ」

「きみの家族がいるじゃない」

「あのひとたちとてもうるさいよ。エロいこともできないよ」

「あとで東京も行くからさ」

 おれは彼の家族に会うのが楽しみでした。


11月25日 アキラ 〔ラインハルト〕

 からだがしんどい。

 バケーションでぐうたらしすぎた。ひとりで残務処理をしていると、集中が切れて疲れる。ミスが出やすい。

 腹が減り、サンドイッチでも買おうかと思った時、ルイスが入ってきた。

「あれ、帰ったんじゃなかったか」

「夕飯、いっしょに食おうと思って」

 と日本の弁当ジャーを掲げた。

 あけてみると、くずれた卵とタマネギと鳥肉。まだあたたかい。

「親子丼。好きだろ」

 とっさに言葉がでなかった。ルイスが照れくさそうに言った。

「お姉さんに習った」



11月26日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 先日、ルイスに聞かされた。

「犬にアドバイスしててさ。『主人にお郷料理でも作ってやれば? 飯作ってるとこはうまくいってるよ』なんて言ってて、ふと、なんでおれはやらないんだって思ったんだ。おれだってアキラとうまくやっていきたい。ガラじゃない、なんて理由になるかい?」

 で、ママの味(実際には姉の味)を習ってきてアキラに食わせたらしい。

 もちろん、アキラはめちゃくちゃ感動した。その日は夜明けまで感動しっぱなしだったようだ。

 ……ふむ。
 うちもやろう。



11月27日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 おれはオヤジどもの誘いを断り、マーケットで食材をそろえた。

 早めに帰宅。レシピを確認したり、野菜を切ったりしているうちに電話が鳴った。

 クリスだ。またひとの男に手をだして、悶着おこしているらしい。愚痴を聞いているうちについ、ソファに座ってしまった。

 自然にテレビのリモコンをいじる。電話を切った時にはサッカーを見ていた。

 いつものくせでビールを開ける。数秒意識をうしなったと思ったら、ウォルフに揺り起こされていた。

「飯できた。食ってから寝ろ」


11月28日 劉小雲 〔犬・未出〕

 うちのご主人様はやきもち焼きです。

 自分が帰っている時にぼくがCFに行き過ぎる、といってなじります。

 毎日練功しないとからだに悪いのです。そういっても「間男つくったら、ふたりとも殺すからな」とわけのわからないことを。

 そのくせ、自分はきれいなやつを見ると鼻の下を伸ばしています。この前、よその犬とすごく楽しそうに立ち話していました。

 さすがにいい気分ではありませんでしたね。

 夕飯には彼の好きな餃子を作ってあげました。

 思いっきり唐辛子と花椒をいれて。


11月29日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 レオが来る。

 クリスマスは忙しいから、時期をずらすことにしたのだ。そうはいっても、すでにシーズンに入っていて客は多い。

 正直、今はつらい。家に帰ったら、ただ寝たい。

 昨夜も客とトラブルがあった。不愉快な気分で帰り、ドアを開けると、レオが出た。

(アア)

 げんなりした。食卓にはディナーの支度がしてあった。

「悪い。今日はもう食ってきた」

「おやおや」

 レオはとがめず、おれをベッドにいかせてくれた。そして寝るまで頭をマッサージしてくれた。

 だが、朝、彼はいなかった。


11月30日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 おれはうろたえた。

 ディナーの支度はなくなっていた。レオのいた形跡がない。

(夢か)

 少し気味悪くなった。夢のレオはひどくやさしかった。

(まさか)

 その時、電話がきた。レオからだ。

『ちょっと遅れそうだ。クソ野郎が車に突っ込んできやがった』

(え?)

 寒気がした。

「ケガは」

『おれは平気だ。運転手がいま病院だ』

 後始末に少しかかるとのことだった。

『終わったらすぐ行く』

 おれは気抜けして毒づきそうになった。
 だが、我慢した。

「待ってる。楽しみにしてる。できるだけ早く来いよ」


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