2012年12月16日〜31日
12月16日  直人 〔わんごはん〕

「落ち込むな。また来てくれるってんだからよ」

 主人はガハハと笑って、ぼくの肩を叩いた。ぼくは声も出なかった。

 主人はいやがる板長を口説いて、来月また試験に来ることを承諾させた。だが、ぼくは来月の試験に合格する自信がない。無駄だ。

 そう言ったが、主人はあくびをして、

「時間はかかってもいいさ。だが、前を向いておくんだ」

 ごろりと横になって、ぼくの膝に頭をのせた。懐から耳かきを出して催促する。
 
 少し耳を掻いていると、指先がふるえてできなくなった。


12月17日 直人 〔わんごはん〕
 
 勝手にからだが震えた。

「ナオ」

 主人は起き上がった。ぼくの肩をくるむように抱いてくれた。肩が小刻みに跳ね、ひとりでに涙が出た。

「ハハ、なんだ。くやしかったのか。意地っ張り」

 違う、と言ったが、ぼくはやはり泣いていた。
 叩きのめされた。くやしい。そして、怖かった。わかる人にはわかってしまう。

 ぼくの料理は不純だ。刺身ひとつ引いても、醜い我が塗りこめられてしまう。けばけばしく、空虚だ。
 わかっている。でも、この先に行けない。

「くやしいのは進歩さ」

 主人は笑った。


12月18日 ジャック 〔バー・コルヴス〕

 風邪をひいた、というお客様が多くなりました。

「うちのやつのせいさ」

 お客様がご友人にぼやいているのが聞こえます。

「夜になるとベッドに入りこんでくるんだ。ふだん渋っつらさげて、ろくに口も聞かないくせによ」

「いいじゃないか。あったかくなるだろ」

「最初だけな。寒いなと思って目をさますと、やつがベッド占領して、毛布抱えてやがんだよ」

「終わったら、自分の部屋に戻せ」

「なつくまでに一年かかったんだぞ。出ろなんていえるか」

 風邪ひいてろバカ、とご友人は笑ってました。


12月19日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 犬のご機嫌に最大注意の一週間。パーティー最多週間でもある。帰宅は毎日午前3時。死にそう。

 昨夜は少し早めに帰ってきたら、ウォルフがいなかった。2時だぜ? とたんに酔いが醒めた。

(まさか、浮気)

 おれは真っ先にイアンのところに電話した。
 イアンの声はかすれていた。

『いません』

 ガチャ。
 次はウォルフの部下のペドロ。

『ウォルフ? いますよ』

 呆然と立ち尽くしていると、当人が代わった。

『今、うちのオフィスのパーティー中。なんでペドロにかけるんだ?』

 え? あ、そう。ええと……。


12月20日 ジル 〔不貞〕

 アンディが部屋に引きこもっている。

 今年のクリスマスは、サー・コンラッドが帰らない。前はそういいつつ、イブに帰ってきてくれたが、今年は本当に無理だ。今彼は中東の戦塵のなかにいる。

(ガキじゃないんだしさあ)

 アンディのさびしがりはなんなのだ。
 あいつは一応プロ選手だ。幾多のライバルをぶち抜いてクラブに入り、熾烈なポジション争いに勝って試合に出ていたんだろう。
 よほど家では甘やかされていたのか。

 やつが引きこもっていると非常にうっとうしい。


12月21日 ジル 〔不貞〕

 アンディが部屋からひょっこり出てきて呼んだ。

「ジル、手伝ってくれないか?」

 部屋に入ると無数の封筒が散らばっていた。

「なんだこれ」

「クリスマスカード、みんなに配るんだ」

 アンディはヴィラ中の犬に手書きのカードを作っていた。
 おれは彼を見つめた。

「メールマンに預けるんだよな」

「ちゃんとサンタの格好をして手渡しするんだよ。主人が帰ってこない犬はよろこぶだろ」

 おれは辛抱強く言った。

「そういうサービスはもうアクトーレスがやっている」

 アホのアンディは口を大きくあいた。


12月22日 ジル 〔不貞〕

  アンディはまた部屋に引きこもってしまった。今度は本格的に。

 メールマンに預けろと言ったが、どうもサンタのように配り歩くのがこの企画の醍醐味だったようだ。

 「さびしいのは自分だけじゃない」とアホなりに思い立ったのだろう。

 うちひしがれるアホにアプリコットジャムのクレープを作ってやった。下りてきたが、案の定、目と鼻が赤かった。

「結局、誰も他人の親切なんか必要としてないんだよな」

「まあ、そうだな」

 甘ったれた泣き言の相手はごめんだ。おれはアクトーレスに電話した。


12月23日 ルイス 〔ラインハルト〕

「なにこの山」

 オフィスはプレゼントであふれかえっていました。

「これ、全部運ぶのかよ」

 キーレンが渋い顔をして、仕分け作業を見ています。
 今年のサンタはキーレン。あとカシミールと船長です。ふたりはもうサンタの衣装を着て、ホッホッホとはしゃいでいます。

「いいから仕分け手伝え」とわめくアキラ。

「ブロックごとに分けておかんと終わらんぞ!」

「仕分けぐらいそっちでやってよ」とキーレン帰宅。

 アキラがわめいていると、カシミールがにわかに蒼ざめ、

「なんか、寒気と吐き気がする」


12月24日 ジル 〔不貞〕

 玄関をあけるとでかいサンタがホッホッホと笑った。

「メリー・クリスマス。きみか。われわれの幸せなサンタの一団に加わりたいという奇特な男は」

 おれじゃない、と言って彼らを二階に案内した。サンタの扮装をしたアクトーレスたちがアンディの部屋を開ける。

「メリークリスマス!」

 さっきのセリフを繰り返す。アンディはベッドの上でちぢみあがっていた。
 アクトーレスは言った。

「さあ、すぐこいつを着て。これからヴィラの端から端まで駆けずり回るぞ」



アンディのサンタぶりはこちら→ わんわんサンタクロース

12月25日 ジル 〔不貞〕

 昨日のイブは静かだった。アンディはサンタの助っ人。ビセンテはめかしこんでパーティーに行った。

 おれは出かけなかった。ディナーを作り、家でテレビを見ていた。

 ビセンテは自分の就寝時間前に帰ってきたが、アンディは遅かった。

 帰ってきたのは夜中の三時だ。やつはリビングから飛び込んでくるなり、おれに飛びついた。

「ホッホッホ! メリー・クリスマス、ジル!」

 バカが。顔が冷たかった。だが、ランプのように輝いていた。

「ハラ減ったよ! ディナーあるよな? クリスマスディナー!」


12月26日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 朝からアキラが電話でわめいている。

「バカ野郎か、おまえは! 後先考えナシか!」

 散々罵っ後、おれに言った。

「船長がノロウイルスにやられました」

「え?」

 おれは自分のオフィスに帰ろうとした。とたんに肩にアキラの指が食い込む。

「ノロは規則で治癒後二週間、犬との接触が禁止されてます。船長の仔犬三匹。カシミールの仔犬一匹。セル内の犬、船長五匹。カシミール八匹。――イアン、あなたの持ち犬、七匹。さらに一匹今クリスマス休暇で外に出てますね」

「……」

 おれも感染したい。


12月27日 ルイス 〔ラインハルト〕

 先日、ジャンクを食べて、そのまずさにおどろきました。

 前は冷凍ピザやブリトーでも十分幸せな晩餐になったのですが、まずい、というか、つまらなさ。

 工場で、ベルトコンベアを流れてきた材料がそのまま口に入ってくるようなさびしさ。こんなもん喰ってたのか、とあ然としました。

 アキラが作りおきしたチキンスープは、格段に舌にやさしく、うまいのです。からだが休まるのです。

 あたためたスープとバゲットを食べて幸せをかみ締めていると、なぜか涙が出そうになります。


12月28日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 きっとすごく手間がかかるし、時間も金もかかる。去年はノリでやってくれたんだろうが、なんだか最近は元気もないし、頼める雰囲気じゃ……でも、どうしてもあのニシンを巻いた昆布巻きの味が忘れられないんだよな。煮物も最高だった。

 などと煩悶してたら、マキシムのやつがあっさり直人に頼みやがった。

「去年、作ってくれたオセチ。あれ凄くうまかった。今年も頼むよ」

 直人は少しためらったが、承諾した。

「きみの好きそうなやつを考えるよ」

 ……持つべきは、無頓着な相棒。


12月29日 アキラ 〔ラインハルト〕

 病人ふたりのせいで休日出勤。でも、今日はそこはかとなく気分がいい。

 今夜は8時に家へ帰れる。ルイスにすき焼きを食わせる約束をした。

 家スキヤキ! 神戸牛の霜ふり肉! しらたき豆腐も予約済み! 生卵をからめ、熱い肉をふうふう食べるのだ。

 日本料理屋にいけば、すき焼きぐらい喰えるが、ひとりで喰うものじゃないからな。

 ルイスがいてよかった。あいつはなんでも、ウマイウマイと食べてくれるから可愛い。飯がうまい。

 すき焼きを心のともし火に、今日も一日乗り切るぞ。


12月30日 劉小雲 〔犬・未出〕

 今日、ご主人様が帰ってきました。いきなりベッドに連れ込もうとしたので、ぼくはもの申しました。

「今年のクリスマスは何してたんです?」

 ご主人様はとたんに色をなし、

「忙しかったんだよ。おまえら中国人のせいで!」

 中国政府のせいで仕事上深刻な損をこうむったらしく、激怒していました。ぼくはクリスマスの話をしただけなのに。

「本当はこんなとこで遊んでいるヒマはないんだ」

 といったので、「じゃ、帰れば」と部屋を出ました。
 腹がたって、情けなかったです。


12月31日 劉小雲 〔犬・未出〕

「こっちも反日デモか!」

 主人は言い捨てて、ドムスを出ました。

 ぼくは庭に出て、気を整えました。理不尽です。言い返したい気持ちは黄山のようにもりあがっていましたが、ひたすら調息し、気を整え続けました。

 しばらくして主人が何食わぬ顔をして帰ってきました。

「年越し蕎麦買ってきたぞ」

 仲直りしたいようです。許すしかありません。

「蕎麦ならもう買ったのに」

 キッチンで蕎麦と日本の餅とおせちの用意を見せると、主人ははじめてかなしそうな顔をしました。

「ごめんな。さっき」


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