2013年1月1日〜15日
1月1日 ライアン 〔犬・未出〕

 タクが恥ずかしそうに言った。

「部屋、来ない?」

 へえ! 向こうから言い出すとは! 

 ウキウキして伺候すると、部屋の真ん中に毛布をかけた小さなテーブルがあった。

「入って」

 足を入れると毛布のなかはとてもあったかい。テーブルにヒーターがついているらしい。これはいい。足があったまって気持ちいい。

 気づくと、寝入っていたらしく、タクはむかいでテレビを見ていた。不覚! 
 あやまって起き上がると、彼は言った。

「いや、いいんだ。いっしょにいたかったんだ。正月だから」


1月2日  アキラ 〔ラインハルト〕

 
 今日は休みだが、正月なので日本犬のために出ていた。犬たちは元気だ。正月だといって特に郷愁にかられる風もないので、午後には帰ってきた。

 が、家では、リビングにラインハルトがひっくりかえって唸っていた。

「腹がくるしい」

 ルイスが「モチを食った」と白状した。ふたりでクッキーみたいにパカパカ食べたらしい。

 あわてて、実家から送ってきたみかん箱を見ると、箱いっぱいあった餅が半分になっていた。しかたなく、バカ外人たちのために大根でなますを作った。
 世話が焼ける。


1月3日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 氷の美貌からは想像しがたいが、マキシムはたまにガキみたいにはしゃぐ時がある。

 念入りに甘やかして、押さえが吹っ飛んだ時、子猫みたいにじゃれついてくる。むちゃくちゃ可愛い。

 この前、そのノリのまま一緒に買い物に行った。

「スシ作って。スシ。おれ、今日スシ。ね。いいだろ」

 だが、彼が抱きついていったのは、隣にいた東洋人客だった。東洋人ポカン。マキシムもぎょっと飛びのいた。

「失礼」

 さっと顔をひきしめ、戻ってきた。そして、いきなりおれを殴った。
 なぜだ。


1月4日 キャンベル 〔執事・未出〕


「大声を出すな」

 犬はざんばらな髪の間から目をにぶく光らせ、しゃがれ声で脅しました。

 ベストの先にナイフの切っ先がつきつけられています。

 わたしはあっけにとられました。まさか、このヴィラで強盗に遭おうとは。

 しかし、相手はたいして大きくもありません。しかもやせ細っている。手も震えています。

「ご用はなんですか」

「中に入れ」

「いいえ。ここでうかがいましょう。お金がほしいのですか」

「キッチンに行くんだ」

「キッチン?」


1月5日 キャンベル 〔執事・未出〕

 強盗はキッチンに入ると、わたしをおしのけて冷蔵庫に飛びつきました。

 中からチーズやハムをつかみ出し、封もろくに切らず噛みつきます。

 わたしは通報するのも忘れて、見入ってしまいました。強盗は唸り声をあげて食べ物を口に突っ込んでいます。

「誰だい。この子は」

 気づくと当家の主人、モリソン様がそばに立っていました。

「強盗です」

「?」

「ナイフで脅して、入り込んだのです」

 ご主人様はわたしが冗談を言っていると思ったようです。

「腹ぺこみたいだな。サンドイッチでも出してやれ」


1月6日 キャンベル 〔執事・未出〕

 ご主人様の命令通り、サンドイッチを作って差し出すと、強盗は夢中でかぶりつきました。

「うぐっ、くふっ」

 ふくらんだ頬の上にポロポロ涙がこぼれています。無精ひげが散り、手足も垢じみていました。

「で、この子は誰なんだい」

 とろいご主人様はまた聞かれました。わたしは冗談ではなく、本当にナイフを持ってきたのだと説明しました。

「そりゃ、逃げ犬じゃないか」

「ですな」

 主人は今さらあわてました。

「ハスターティに」

 その時、犬が悲鳴をあげました。

「腹痛え……!」


1月7日 キャンベル 〔執事・未出〕

 
 ハスターティの代わりに、救急車を呼ぶことになりました。

 闖入者が連れ去られ、ドムスはまた静かになりました。が、ご主人様は少々落ち着かないご様子。

「いかがなさいました」

「いや、あの子は数日食わせてもらってなかったな」

 強盗犬はストレッチャーに乗せられる間も手からボンレスハムを離しませんでした。

 ご主人様は紅茶のカップを浮かせたまま、しきりにうなっています。わたしは尋ねました。

「あの犬についてしらべましょうか」

 ご主人様は気づいて、見返しました。


1月8日 キャンベル 〔執事・未出〕

「いや、いい」

 主人は顔色を改め、

「犬に興味はない。他人の趣味にあれこれ言うつもりはないさ」

 わたしもそれ以上は何も申しませんでした。

 ご主人様はこの話題がおきらいです。これまで何度となく、犬をお飼いになれば、と申し上げているのですが、そのたびに

「ぼくは犬が飼いたくてここにいるんじゃない。ただの平凡なホモだ。ひとに大騒ぎされることなく、男と寝たいだけだ」

 そんな口上を聞かされます。そうおっしゃるわりには、男の恋人を作るご様子もないのですが。


1月9日 キャンベル 〔執事・未出〕
 
 主人のモリソン様はアメリカで事業をなさっている方です。

 ベンチャーキャピタルというのでしょうか。わたしは経済の世界にうといのですが、なんでも将来性のある小さな会社を助け、事業をのせていくというお仕事をなさっているそうです。

 今は複数の会社の役員をしていらっしゃいます。それらの会社のいくつかは、わたしでも知っているような世界的大企業です。

 そんな敏腕の実業家ながら、ボーイハントの腕はからっきしなのです。


1月10日 キャンベル 〔執事・未出〕

「ぼくは飽きっぽいんだ」

 ご主人様は以前、そんな風にいいわけされたことがありました。

「ひとに惚れるということがない。リビドーだけだ。犬なぞ飼って、一週間いっしょにいたらきっとうんざりする。そんな不誠実なやつを好きになってくれと言うわけにいかないだろ」

 わたしは申し上げました。

「犬は、愛さなくていいのですよ。わたしたちに接するように使用人としてお使いになればいいのです」

「そういうのは、地下の犬で十分だ」

 こんな方ですから、強盗犬を連れ帰ってきた時は驚きました。


1月11日 キャンベル 〔執事・未出〕
 
「一週間だけだ」

 ご主人様はわたしに言いました。

「こいつの飼い主、校友だった。おもちゃ会社を経営していて、いま苦しいらしい」

「はあ」

「アクトーレスもこいつを忘れ果ててた。一週間、うちで飯を食わせる。世話を頼む」

 言うだけ言って、さっさと二階へあがってしまいました。

 わたしは強盗犬を見ました。
 二十歳ぐらいでしょうか。無精髭がない分、前よりすっきりしています。ただ青い目は泣いたように充血し、黒褐色の巻き毛は伸びすぎて、全体にみすぼらしい犬でした。


1月12日 キャンベル 〔執事・未出〕

(一週間とはどういう……?)

 事情はわかりませんが、ご主人様が連れ来たわんちゃんです。わたしはハウスボーイに命じ、部屋の支度をさせました。

「地下のやつですか」

 ハウスボーイのぺぺがリネンを替えながら冷やかします。

「旦那なら、もっとイイコ買えたでしょうに」

「ご友人の預かりだ」

「へえ。お友だちはずいぶん風呂代ケチったんですね」

 強盗犬の細い手足には鱗のように垢が貼りついていました。長く放置されていたようです。

「それに見ました?やつの髪、シラミがいますよ」


1月13日 キャンベル 〔執事・未出〕

 シラミ、と聞いて、わたしもぎょっとしました。カーペットの多い我が家にそんなものをふりまかれては困ります。

 あわてて階下におりると、キッチンで物音がしました。

「お……」

 先日とまったく同じ光景、犬が冷蔵庫を開け放し、両手で懸命に食べ物を口に詰め込んでいる姿が目に入りました。

「また腹痛おこしたいのか」

 犬は聞きません。その痩せ首をつかんで冷蔵庫から引き剥がし、ドアを閉めました。真っ赤な目が睨みます。

 わたしは人差し指をあげ、「ポリッジ、作る。待ちなさい」


1月14日 キャンベル 〔執事・未出〕

「一週間後にお友だちが引き取ってくださるのですか」

 わたしはご主人様にたずねました。

「いや、一週間じゃ無理じゃないかな」

「どういうことです」

「あいつはヴィラどころじゃないんだよ。あの犬は一応、ぼくが引き取ったんだ」

「ほう」

「いや、飼わないよ。飼わないが、あのままにしておくとあの犬はトルソーにされちまうからさ」

「?」

 ご主人様のいうには、お友だちはすでに経済的に余裕がなく、犬を売り戻すと言ったのだそうです。

 自動的に犬は地下行き。それを嫌って犬は逃げ出したのだそうです。


1月15日 キャンベル 〔執事・未出〕

「庭園で友だちと散歩してたんだよ」

 ご主人様はいまだ不思議そうに笑いつつ、

「友だちは仔犬の訓練中で、それにつきあってた。で、東屋で休んでいたら、あいつが来た。ものも言わず仔犬の昼飯をかっさらって食っちまったんだ。例のビーズ入りのパスタをさ」

 そこへハスターティが来て逃亡犬を確保。事情を聞き、逃亡二度目ということもあり、ご主人様が哀れみをかけたということのようです。

「ただ、ぼくが飼うわけにいかないから、来週金曜日に友だちに預かってもらうんだけどさ」


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