2013年3月16日〜31日
3月16日  ロビン 〔調教ゲーム〕

「ご主人様さえいれば誰もいらない」

 ミハイルはそう公言してはばからないやつです。おれたちでさえ、最初いらないと思われてましたから。

 ただ、ナオトとは相性がいいみたいですよ。ナオトってやさしくて可愛いと思うでしょ。

「お料理でも習いたい」なんて思っちゃいけませんよ。

 キッチンではひたすら機嫌が悪い鬼教官です。エリック、フィルでさえ恐れて近づきません。

 ミハイルだけは習いにいくんですよ。叱られてもくさらずついていきます。
 ナオトも彼には前より怒らなくなりました。



3月17日 フィル 〔調教ゲーム〕
 
 キースは意外に交際範囲が広いようです。

 地下出身の連中はたいがい顔見知りですし、フットサルではよく知らないやつに声をかけています。

 新しく来たばかりのやつは、キースに声をかけられるとうれしいみたいですね。

「うちのワン公がCFにまめに通うようになった。顔色がよくなった」

 といつか、見知らぬ主人から礼を言われたこともあったとか。

 キースは偉そうな顔をしませんからね。サー・コンラッドのとこのアンディもキースと遊んでいる時はイキイキしてますよ。



3月18日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 エリックは十勝した剣闘士犬だ。

 CFでは声望がある。序列に敏感な男たちは、エリックに道を譲るし、彼も尊大にそれに報いる。彼の友人たちはほとんど子分だ。

 だが、SBSのロニーのような例外もいる。この特殊部隊隊員だけはエリックも認めている。

 最初はやはりいがみあったようだ。
 だが、エリックは彼にプールで勝負を挑んだ。

 水の中でSBSにかなうはずがない。当然負けた。だが、何度も挑み、みるみる技量を伸ばし、ロニーを感動させた。

 ふたりはよくお茶の時間をともにしている。



3月19日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 ロビンは可愛いし、気さくに見えるので野郎どもが勘違いしやすい。
 キースに「紹介して」とたくさんの申し入れがあるそうです。

 ところが、ロビンは気さくどころの人間じゃない。基本的に男恐怖症です。表面では見せませんが、でかい男がこわい。

 柔道クラスでは大男の新人が入ると、しつこいぐらい投げ飛ばすそうです。完全に自信をくじけさせます。残酷な先輩です。

 でも、なぜかそれで彼に心酔してついていく新人もいるのだとか。

「可愛くて強い。ステキ」と。

 人の心はわかりませんな。



3月20日 キース 〔わんわんクエスト〕

 以前、一度CFが荒れたことがあります。

「中庭のファラオ」だった男が来て、CFを支配しようとしたのです。彼は昔の手下を集め、親衛隊を組織。自分のハーレムを作らせようとしました。

 その時、四人の男がひそかに会合を持ちました。

 彼らは臨時警備隊を作ることを決定。人望がある四人なのですぐに人が集まりました。

 ファラオの暴力は警備隊に個々に防がれるようになりました。ファラオはメンツを失い、CFから去りました。

 その四人は世話役と呼ばれています。アルもそのひとりです。



3月21日 カシミール 〔未出〕

 おまえらアクトーレスは、ハンサムなワン公に囲まれて、もう美男なんて飽きたんじゃないの、なんて言われることがある。

 さにあらず。

 おれたちの扱う犬は美しいが、おれたちのものになるわけじゃない。

 おつきあいできるのは、ふつうのご面相のご同輩か客。金のかかるクラブゆえにお客は必然的に中高年が多い。
 だから、

「服を着ている若いのが歩いていた」

 という情報はアクトーレスの関心を引く。

「しかもパトリキだ」

 となればなおさら。

 その新客の到来は、うちのデクリアでも噂になっていた。



3月22日 カシミール 〔未出〕

 イアンはその客を見たという。

「可愛い子だったよ。二十四、五歳かな。あれはモテそうだな」

「髪と目の色は? 体格は?」

「犬だとすればおいくら?」

 みんなお客とはいえ容赦ない。

「髪も目もブラウン。体格はふつう。値段をつけるとすれば――売り方次第でプラチナでいける」

「おお」

 プラチナ犬となれば、可愛いの上にカリスマがなければならない。

「上玉か」

「家令は誰?」

「船長なんで脱ぐんだ」

 つきあうわけじゃなくとも、美人はいいものだ。船長はじめ皆ウキウキしていた。
 ひとりを除いて。



3月23日 カシミール 〔未出〕

「アシュリーがまたやらかした」

 ニーノがうれしそうに新客のニュースをしゃべっている。色男の誰それが誘ったが振られたとか、スケベ親父がセクハラしてケツを蹴り上げられたとか。

 新客アシュリー・ロス氏は怖いもの知らずらしく、相手が政界の大物であれ、マフィアであれ、遠慮なくぶつかる。

 そのせいか「かわいいが、骨がある」と、一部の客やスタッフには人気があった。

 ニーノのニュースを聞きつつ、おれは後ろを振り返った。クリスはキーレンとPCを見て笑っていた。



3月24日 カシミール 〔未出〕

 なぜかクリスはこの件に興味が薄いのだ。

『若くて、可愛い』に目がないハンター・クリスが、アシュリー・ロスには関心を示さない。

 お客だろうと掃除スタッフだろうと、『可愛い』に対しては平等に愛をふりまく彼が、アシュリーの話題にはまるでそっけなかった。

「珍しいね。もしかして、誰かひとりに決めたの?」

 クリスをからかうと、彼は真顔を作った。

「もちろん。おれのオンリーワンはきみだよ」

 ……とりあえず、誰かとつきあって身を修めているわけではなさそうだ。



3月25日 カシミール 〔未出〕

 やんちゃで可愛いアシュリー・ロス氏はついに犬を決めた。

「よろこぶがいい。クリス」

 アキラはふんぞりかえって発表した。

「アシュリーたんのご指名はきみのCCだ。うれしいか。うん? おれの手にキスしてくれてかまわないよ」

 オフィスにいた連中はわめいた。

「CCを今すぐ売っちまえ!」

「いや、クリスを売れ」

 だが、当のクリスは薄く口を開いたまま、棒立ちになっていた。

「アキラ」

 彼は言いにくそうに言った。

「CCの担当をはずしてくれないか」



3月26日 カシミール 〔未出〕

 結局、CCの担当はおれになった。

「昔、トラブルがあったんだと」

 アキラがおれに言った理由はそれだけだ。

 クリスでトラブルとなれば、もうわかった。別れた恋人だ。

 なんのことはない。もう手を出していたというわけだ。

 ところが、その別れ際はきれいではなかったらしい。

 アシュリー・ロス氏はプレイを急遽、キャンセルした。

『ほかのアクトーレスではこまる。おれはクリストフ・リッツにセッションを頼みたいんだ』

 あの男を連れて来い、とのことだった。



3月27日 カシミール 〔未出〕

「ご贔屓はありがたいのですが、リッツはあくまでお遊びの補助役ですので――」

 アキラは電話口で辛抱強く対応した。トラブルになるのがわかっていて、クリスを出すわけにはいかない。

 アキラは丁寧に相手を諭していたが、唐突に電話を閉じた。

「切られた」

 おれたちはどんよりと浮気男を見た。

 クリスは黙って考えこんでいる。すこし呆然としているようにさえ見えた。彼がようやく口をひらきかけた時、勢いよくドアが開いた。

「クリス・リッツ!」



3月28日 カシミール 〔未出〕

 
 髪は銅線のようなライトブラウンだった。しなやかな動き。飛び跳ねそうな軽い手足。可愛い丸顔。

 だが、肉食系の丸顔だ。たいまつでも灯したような光の強い目をしていた。

「こんなとこに隠れてたのか」

 アシュリーはまっすぐにクリスのほうへ歩いた。

 おれたちは何も言えず、動けもしなかった。クリスも塩の柱のように固まっている。
 アシュリーは彼の前に立った。

「キツネ狩りにきた。あんたはもう終わりだ」

 クリスは小さく微笑んだ。

「みつかっちゃった」



3月29日 カシミール 〔未出〕

 アシュリーの目が光った。
 途端に拳が飛び、クリスの長身が吹っ飛んだ。

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。アシュリーが獣のように怒号し、飛びあがる。クリスの腹に落ち、激しいパンチを浴びせかけた。

「ご主人様」

 アキラがあわててその腕を掴む。はがい締めて引き剥がすが、興奮した客は身をひねってアキラを蹴る。拳を舞わす。

 ラインハルトがクリスとの間に立ちはだかった。視界をふさがれて、客はようやくわれに返った。

「どけ!」

 アシュリーはアキラの腕を払った。



3月30日 カシミール 〔未出〕

 アシュリーは目を燃やして、クリスを睨んだ。

 クリスは床に尻をついたまま、親指で口の端を押さえている。指に少し血がついていた。

「あんたをここから狩りだしにきた」

 アシュリーは唾を吐くように言った。

「この治外法権の楽しい遊園地から。安全な、権力者たちの庭から。こんなところでのうのうと生きるなんて許さない。おれは逃がさない。あんたは父さんを殺した。おれはあんたをここから叩き出してやる! 牢にぶちこんでやる!」

 アシュリーはオフィスから出ていった。



3月31日 カシミール 〔未出〕

 みんな呆然とクリスを見つめた。

「まいった」

 クリスは立ち上がったが、それ以上言わない。頬をさすりつつ、シャワー室のほうに行った。
 そのままシャワー室に入ろうとする。

「おい」

 ラインハルトがうなった。

「なんとかいいなさいよ」

 クリスはシャワー室に入り、ハンカチを濡らして出てきた。

「ころしてませんよ」

 腫れた顎をおさえ、面倒くさそうに言った。

「もう終わった事件だ。あの子はショックで――混乱してる。とばっちりさ」



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