2013年7月1日〜15日
7月1日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 新しい仲間、ランダムがきてひと月。

 おれたちの生活は新しい秩序を構築しつつある。

 具体的に言うと、食事当番に加わり、ランダム当番が出来た。バディを組んで三日に一回。

 ランダムの食事や風呂の世話をする。彼に生活のしかたを訓練する。

 それは食事当番よりずっと楽しいものだ。おれたちの暮らしにはいま、これまでになく張りがあり、笑いがある。

 でも、そうなるまでにはたくさんの議論と少々の波風もあったんだ。



7月2日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 ご主人様がランダムを飼うことになった時、われわれは正直、ホッとした。

 皆言わないが、ご主人様のあのゲームの参加はとても不安だったのだ。

 賞品が日本人ということが。その前の忍者ゲームの時は、賞品はカナダ人だった。

 われわれは今後仲間が増えることはやむをえないと思っていたし、フィルも参加するということで、楽しむことができた。

 だが、今回は突然、ご主人様が出場を決めた。単独で、われわれのサポートはない。

 それにあの日本の犬は美しすぎた。



7月3日 フィル 〔調教ゲーム〕

 あのゲームの時期は、多少もやもやするものがありましたよ。

 皆なるべく平気な風を装っていましたが、新しい犬への不安が家に満ち満ちていました。

 それを口にしたのは勇気あるロビンでした。

「ご主人様は新しいやつを可愛いがるだろうな。おれが彼に親切ないいやつでいられるか心配だ」

 あの瞬間、エリックとミハイルはあきらかにギクリとしてましたね。ええ、まあ、わたしも。

 不安に思っているのが自分だけじゃないとわかって、何かがどっと流れだした感じがしました。



7月4日 キース 〔わんわんクエスト〕

 おれたちはご主人様がゲームに参加することで多少、悩みました。あるものがなくなるのはつらいことです。

 ロビンが不安を口にすると、エリックも言いました。

「ご主人様の愛が新しい仲間にそそがれている間、おれはどんな顔をしていいのかわからない」

フィルは、

「今と変わらないさ。ぼくとご主人様が寝ている日、きみは怒り狂ったりしないだろ?」

「そんな日は続かないとわかってるからな」

「……」

 でも、そこなんだと思います。みんなが不安なのは。



7月5日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 ぼくはまぎれもなく不安だった。

 あんな綺麗なやつが来たら、とてもかなわない。武骨な白人なんかお呼びじゃなくなるんじゃないか。

 そんな不安を抱く自分が恥ずかしくてやりきれなかったから、ロビンのひとことには救われた。

 いったい、ぼくたちはどうやってアルやキースを受け入れたのだろう。

 でも、アルは特別だ。彼はぼくたちを不安にさせない気配りがあった。ぼくたちへの愛情があった。あんなやつはまずいない。

 今度の新入りは間違いなく、ぼくたちの自尊心を傷つけるだろう。



7月6日 アルフォンソ 〔調教ゲーム〕

 新しい仲間が増えるのは、わたしにとっては楽しみでしたね。

 しかも日本人! 日本人はいい子が多いんです。

 中国人のような華やかさはないけど、人間がやわらかでいい子がたくさんいます。日本のこと、いっぱい聞きたいなあ! 

 でも、心配している子もいましたね。お兄ちゃんは弟の出現に恐怖を覚えるものです。弟も相当不安なはずなんですが。

 その中で、キースはあまり気にならないようでした。むしろ、このことでこの家の平和が壊れることを心配してましたね。



7月7日 キース 〔わんわんクエスト〕

 ロビンやエリックが正直に不安を話した時、ふしぎと皆、やさしかったです。

「そんな心配、男らしくないぜ」

 なんていうやつはいませんでした。ミハイルでさえ、きびしいことは言いませんでした。

「新しいやつもやがては古くなるよ」と。

 ただ、フィルは皆に提案しました。

「泣いても笑っても、新しい犬は来る。あえて言うなら、その後も新しい犬は来る。ご主人様はそういうタイプの男だ。その経済力もある。その時にどういう自分でありたいか、そのためにはどうしたらいいか考えよう」



7月8日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 話し合いは面白かったです。
 アルが

「まず、みんな、なぜ自分たちは互いに嫉妬しないのか考えよう」

 と言いました。エリックもその頃には茶化す元気も出てきて「おれがナンバーワンだから」なんて言ってましたが、結局、皆が互いを好きで、認めているからじゃないかという結論に至りました。

 おれもハッとしました。おれは新入りに嫉妬はしましたが、リスペクトはしてなかった。

 新しいやつにも人生があり、家族があり、そういうものが手折られて不安だという状況があったんだよな。



7月9日 ミハイル 〔調教ゲーム〕
 
 話し合いは意義深かった。新入りを迎えるために、能動的に歓迎するというのは、悪くない態度だ。たぶん、一番ご主人様にとって安心だろうし、体面もいい。

 だが、この体面がいい、というやつがぼくはひっかかるのだ。

 本当のぼくは体面どころではなく、ベッドにもぐりこんで誰にも会いたくないぐらい憂鬱なのだから。

 一番ほしいのはご主人様の保証なのだ。新入りがきても、ぼくもこれまでどおり彼の愛情をもらえるのか。

 せめて、護衛の仕事につけたら、気持ちも折りたためるのにと思う。



7月10日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 今日はロビンとお床入り。本当はミハイルも心配だけれど、彼には巨大ぬいぐるみのほうがいい話し相手になる晩もある。

「酒飲みたいなあ」

 ロビンはしょんぼりと言いました。

「前、彼女がほかの男と話して、むしゃくしゃした時はビールで解決してた。酒がないのはつらいよ」

「だから、きみはビール腹にならずにいられる」

 彼は聞きました。

「アルはご主人様と寝る日が減ってもなんとも思わないのかい?」

「セックスだけがご主人様の魅力じゃないからね」

 そら、もっと増えてほしいとは思うけど。



7月11日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 おれたちの不安は結局、なんとなく解決してしまった。

 不安が続いて、心配するのに疲れてしまった。つまり、あきらめたのだ。

 今回、ご主人様がゲームを落としたとしても、いずれ新入りは来るだろうし、いいやつとは限らないし、おれたちは醜く嫉妬もするだろう。不名誉に泣いたりするだろう。

 でも、犬だから受け入れるしかない。泣いても笑っても、人生の新しい局面はやってくるのだ。

 なんとなく、そんな感覚が家に浸透し、やがて「新しいやつの食器でも買うか」という話になった。



7月12日 エリック 〔調教ゲーム〕

 覚悟が深かっただけに、ご主人様の決定には、あごがはずれそうになった。

 日本人の子、やめるのかよ! それで新しい犬はあの金髪のおむつか? 

 なんかもう、鼻から笑いが――。なぜか、目から水が。

 ロビンも同じだったようで、おれたちはわけもなく互いに肩を叩いて大笑いした。コロセウムでライオンと決闘させられると死を覚悟していたら、出てきたのはウサギでした、というぐらいの拍子抜けだった。

 そのせいで、おれたちはいつのまにか、新しい仲間をあっさり押し付けられていた。



7月13日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 新しく仲間に加わったランダムは知的障害者だった。

 もちろん、先天的なものではない。ここの苛酷な調教で傷を受けたのだ。彼は咽喉をつぶされて声が出ない。そのためにわかりにくいが、だいたい2、3歳児ぐらいの知能しかないらしい。

 回復は見込めないとのこと。四つんばいで行動させられているため、ほぼ直立することができなくなっており、指は筋力が落ちて、ほとんどものがつかめない。

 オムツだけはとれているようで、

「トイレかシートのありかを教えてやれば、自分で排泄できます」



7月14日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 アクトーレスの説明を聞き、みんな自然と、表情が重くなった。

 とくにキースとロビンはいたたまれないように目を伏せていた。アクトーレスは心配して、

「ドムスでの飼育はあきらめ、セルにおいたほうがよいかと思われます。わんちゃんたちに負担がかかりますし、セルなら万全にケアできます」

 ご主人様はみんなに聞いた。自分はどちらでもいい。おまえたちで話し合って決めなさい。



7月15日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 フィルがまず言った。

「ぼくは介護には自信がない。経験も興味もないし、続くかどうかわからない」

 いいにくいことを彼は最初に言ってくれた。
 ロビンも言った。

「おれも自信がない。正直、ちょっと怖い」

 キースはためらいがちに言った。

「おれは彼といるときっと、また怒りっぽくなると思うんだ。こういう姿を見ると、どうしても怒りが湧いてくる。かなしくなる」

 みんなは一様に黙った。だが、エリックは言った。

「なんで? おれはすぐにでもこいつを連れて帰りたいよ。こんなとこからな」



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