2013年7月16日〜31日
7月16日  ミハイル 〔調教ゲーム〕

 エリックは言った。

「おれはこいつにうまいものを食わせたい。CFで遊ばせてやりたいし、いっしょにサッカーを見たい。ここのセルでぼんやり過ごしているなんて、想像したくないな」

 その言葉に、ロビンとキースはあきらかに動揺したようだった。
 アルは言った。

「わたしも連れて帰りたい。こんなに綺麗な目を見て過ごせるなんて最高だ。きっと彼はわたしたちを幸せにする。皆がたいへんなら、わたしが世話をするよ」

 ぼくも意見を聞かれた。


7月17日 エリック 〔調教ゲーム〕

 ミハイルはぶっきらぼうに言った。

「ぼくはどちらでもいい。一度は日本人の子を受け入れるつもりだった。皆、そのことで夜も寝られないぐらい心配してただろう。それに比べたら、問題は小さい」

 フィルが聞いた。

「彼を受け入れたら、大なり小なり、彼の面倒を見ることになるが、それでもかまわないかい?」

「ノープロブレム。むしろ、ぼくには問題がなさすぎる。時間は余っているし、仕事が少なすぎる」

 これを聞いてフィルは言った。

「ぼくは転向する。彼を受け入れるほうに一票」


7月18日 フィル 〔調教ゲーム〕

 わたしが賛成を表明すると、アルがすかさず言った。

「多数決ではなく、全員一致で決めよう。反対者の意見も尊重する」

 ロビンは困って言った。

「反対者ってわけじゃないんだ。どうしたらいいかわからないんだよ。どう接したらいいか、わからないしさ」

 キースは言った。

「いや、エリックの言うとおりだ。彼をセルには置けない。おれは自分を抑えるよ」

 待て待て、とアルが止める。

「キースのストレスになるなら、わたしは彼と同居しないぞ」


7月19日 フィル 〔調教ゲーム〕

「なんなんだよ、きみは」

 エリックが苛立った声を出す。

「全員一致は不可能だろ。キースの機嫌はとるが、おれの機嫌はとらないのか」

「これに関しては、反対者がいてはいけない」

 アルはめずらしくはっきりノーと言った。

「現状のままでも面白おかしく暮らしていけるが、誰かがストレスを抱えたままイエスというのは今後、わたしたちにとってよくない」

 キースは礼を言った。

「でも、おれも自分の問題を解決すべき時なんだよ。前から気づいてた。カウンセリングを受けるよ。だから、イエスだ」


7月20日 フィル 〔調教ゲーム〕
 
 ロビンも言った。

「おれもそれほどイヤだってわけでもないんだ。ただ、よくわからないからさ。習えばなんとかなるかもしれない」

 アルはまた言った。

「不安があるなら、すぐここで決定しなくてもいい。しばらくセルにいてもらってから決めてもいいんじゃないか?」

 いやいや、とロビンは苦笑した。

「エリックが乗り気なんだ。大丈夫だよ。エリックとアルがいいなら、きっと大丈夫だと思う。おれもちょびっと興味出てきた」

 わたしはすかさずまとめた。

「全員一致。ひとまず引き取ろう」


7月21日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 かくして、ランダムは我が家に来た。

 アクトーレスのパウルは彼の生活様式を丁寧に教えてくれた。

 ほぼ、犬の暮らしだ。皿で食べ、シートに排泄する。お手と待てを覚えている。

「新しい訓練を施す時にはお知らせください。無理に立たせたりは絶対にしないで」

 と何度も言った。
 彼がランダムに愛情を抱いていることは好感がもてる。

 が、正直、キースではないがやりきれない気分がある。こんな目に遭っても、彼の目は青くて澄んでいて、好意でいっぱいなのだ。


7月22日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 それなりに手間はかかる。ランダムはトイレには自分で行くが、トイレットペーパーを使うことはしない。

 朝、彼にシャワーを浴びせ、髭をそってやる必要がある。フォークを握ることができないため、食事は犬喰いか哺乳瓶。そのたびに髪をまとめてやり、食後は歯を磨いてやる。

 そして、彼は直立できない。アクトーレスに言わせると、無理にさせると腰を痛めるので、必要なら専門家のリハビリを受けてくれとのことだ。

 だが、意外にもぼくたちはこの新参者がすぐ好きになってしまった。


7月23日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

「自分でも不思議なんだが」

 フィルが首をかしげて言った。

「彼を見ると、心がやわらぐんだよ。この青い目がきょろっと見上げると気持ちがやさしくなる。とくに、エリックを見てささくれだった心がな」

 そうね、とエリックが笑い、

「きみのその隙あらばやってくるイヤミも、彼がいるとまったくの無力だよ」

 ぼくにとっても意外に邪魔にならないことにおどろいている。彼はあちこち這いまわるが、ダメ、というときちんと聞く。

 たいがい機嫌がよく、ふりむくとうれしそうに見ている。


7月24日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

「ランダム〜。おでかけだよ〜」

 アルとエリックは毎日、彼をリハビリ訓練に連れて行く。

 指のトレーニングと立つ訓練だ。指がままならないと、彼はトイレでズボンをおろすことができない。今までは裸だったから問題はないが、エリックは

「いずれはCFでも遊ばせてやりたい」

 と準備をしている。

 ランダムはさすがにこの訓練は苦手なようで、部屋に逃げ帰ってしまう。足裏がすっかり弱っていて体重を支えられず、何度も転ぶらしい。


7月25日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 キースは心療内科に通いはじめた。アクトーレスは以前から勧めていたが、無視してきたらしい。

「今は幸せになったんだから、みじめなこと思い出したくなかった。こわかった。でも、もう準備ができたよ」

 時々、庭で黙々と草花の手入れをしている背中に、やつれた感じがする日もある。でも、彼は前よりいい、と言った。

「ランダムを見ても、前みたいに混乱しない。まだちょっとはあるけど、……彼がキッチンにいないとむしろさびしく感じるよ」


7月26日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 ランダムとの同居は誰にも問題ではなかったように見えた。ご主人様からたびたび連絡があったが、皆問題ないと答えていた。

 だが、彼らはロビンの顔がすっきりしないことに気づかなかった。

 ロビンはランダムの世話をよくする。だが、食事時や居間にいる時、どこか曇った感じがする。仲間を離れたところから見ているような、孤独なにおいがするのだ。

「大丈夫かい」と聞いても、問題ないという。

 でも、アルはぼくにドーナツの皿とコーヒーを押しつけ、

「話を聞いて来るんだ」

 と言った。


7月27日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

(なんでぼくが)

 こういうのは柄じゃない、と思ったが、ドーナツを持って、ロビンの部屋に行った。

「おやおや。ミハイル閣下がわたしめの部屋にご光臨とは」

 ロビンはふざけてドーナツを受け取った。

「そうだ。ぼくを雇うには日に1000ドルかかるが、特別にきた。さっさと白状しろ」

「ごめんよ。心配させて」

 彼はあやまった。コーヒーにドーナツを浸すと言った。

「すごくみっともない話で言えなかった。ケンカになったんだ。ランダムのことで」


7月28日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 彼は話した。

「言われたことはたいしたことじゃないんだ。仲のいいやつに『おれはああいうの苦手だから連れてこないでくれ』って。で、おれは急にものすごくそいつが憎くなって、派手にやりあった」

 柔道クラスで掴みあいになり、仲間に引き分けられたらしい。もう少しでCF退会の憂き目に遭うところだったのだ。
 でもなあ、と彼は嘆息した。

「わかるんだよ。やつが軽々しく、そういうこという気持ち。おれがそうだったからさ。――でも、言われるとこたえるんだよな」


7月29日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 ぼくは聞いた。

「ランダムがきらいなのか」

「いや」

 彼は首を振った。

「あいつはおれを慕ってくれてるし、迷惑はかけないし、そんなにいやじゃない」

 でも、好きってわけでもないのだとわかった。それが言えないことが、彼のストレスなのかもしれない。皆が愛情ぶかく彼に接しているのに、何も思わない自分が恥ずかしいのだろう。

「……おれって、冷たい、けちな人間だな」

 彼のため息は悲痛だった。

「本当はがっかりしているんだ。なんかおれたちの価値が半分になったみたいな気がして」


7月30日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 彼は言った。

「バカな見栄だってわかっているけど、おれは自分のチームをちょっと自慢に思ってるところがあったんだよ。

 うちのご主人様は最高で、おれの仲間もすごいやつばっかりだぜって。CFでも、『ああ、あの家の』って皆に知られてて、ちょっと気分よくしてたところがあったんだ。――恥ずかしいよな」

 それが、ランダムが来たことで『かっこいいチーム』から『お気の毒なチーム』に成り下がったと見られて、やりきれないらしい。

「結局、おれの虚栄心が原因なんだよ」


7月31日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 ロビンはぼくに軽蔑するか、と聞いた。

 軽蔑もなにもない。こんなに率直に自分の負の部分をさらけだせる正直さに驚嘆するだけだ。

 そして、ぼくにはどうしてこういう問題がないのか考えた。

 CFの美術クラスの連中がランダムを連れてこないでくれ、と言ったとしても、ぼくには怒りが湧かない気がする。感じない。まったくどうでもいい。


 だから、ぼくはロビンに言った。

「観客の意見なんか気にする必要はない。ぼくにとって、CFの連中は友だちでもないし、仲間でもない。彼らは畑のカブと同じだ」


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