2015年6月1日〜15日
6月1日  ウォルフ〔ラインハルト〕

 ふたりがおれを見た。

 うむ。いい気分。この役回りをやらなかったウォルフはバカだな。

「そう。ターゲットは、ルークじゃなかった。ルークには狙われる理由がない」

「ジョーンズにはあったっていうのか」

「ああ。あのボディガードは泥棒なんだ。アレキサンドライトを盗んだのは彼だ」

 ルークの顔から、表情がぬける。
 グウィンもきょとんとしていた。
 やっと言った。

「おめえじゃ、ねえのかよ」

 ルークはなんともいえない顔で、グウィンを見た。

「おれは、おまえがやったとおもっていた」


6月2日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 グウィンはかわいた笑い声をたてた。

「おれ? おれがやったと思ったのか? じゃ、なぜパムと寝た?!」

「そうしなきゃ、彼女がおまえを訴えるといったからさ! おまえみたいなクソアホでも、刑務所にやりたかないんだ!」

「あっは! おれを守ってたのか」

 グウィンは罵ったが、声は明るかった。

「おまえはおまえの使用人の尻をぬぐっただけだ。おれに恩を着せんな。マヌケ野郎」

 ルークはくやしげに額をこすった。

「そうだ。ジョーンズが来てからだ。近所の空き巣も――ああ!」


6月3日  ラインハルト〔ラインハルト〕

 ジョーンズというボディガードが泥棒であったことは、推理ではない。
 これは別事件からの情報なのだ。それはこちらには関係がない。

 それより、もうひとつ話しておくことがある。

「グウィン、おまえが言わないなら、おれは言うぞ」

「――待て」

 にわかにグウィンの顔がひきしまった。

「もうやめよう。おれは撃ってない。それでいいだろ」

「だが、言わないと、あんたが外にいたことを証明できない」

「いいよ!」

「いや、話す。あんたが誰にも見られずに動けたのは、変装していたからだ。ボーイに」


6月4日  ラインハルト〔ラインハルト〕

 ルークがハッとグウィンを見た。

「エレベーターとリネン室にあやしい小麦粉が落ちていた。その業務用エレベーターは、ルークの階にももちろん通じていた。誰かが、ルークの階に小麦粉を運ぼうとしてたんだ」

「小麦?」

「グウィンはボーイに変装し、リネンのワゴンを押していた。なぜ、小麦がパラパラ落ちるのかといえば、タオルにふりまいていたからだ。このタオルはルークの部屋に運ばれるはずだった」


6月5日 ラインハルト〔ラインハルト〕〕

 おれは言った。

「タオルを使うのは、ルークだけじゃない。シャワーを浴びたパムも使う。パムはクラッカーも食べられないような小麦アレルギーがあった。タオルから小麦を吸い込んだら、えらいことに――」

 いきなり、ルークがたちあがった。次の瞬間、グウィンは吹っ飛んでいた。

「殺そうと、したのか」

「……」

 グウィンはだらしなくラグの上に倒れている。

「グウィン!」

「殺す値打ちもねえよ。あんなメス豚」

 グウィンはあごをさすって呻いた。

「おれは好きなんだ。おまえを困らせるのが」



6月6日 ラインハルト〔ラインハルト〕

「おまえってやつは!」

 ルークは激昂のあまり言葉が出ない。あえいでしまっていた。

「おれはおまえに惚れてた。おまえはおれのスターなんだ。永遠に。だから、守りたかった。なのに、――おまえは最悪のクズだ」

 グウィンはあごをおさえ、大蛇のようにのたうっている。

「……なんでかな」

 グウィンは顔をおさえてわらった。

「みんな、そういうんだ」

 ルークは足音高く出て行った。
 おれも立ち上がった。

「護民官府は、今回、動かない。あんたは別のツテで後始末するんだな」


6月7日  ペドロ〔護民官府調査員〕

 マルコム・ウェリントン氏の犬の件が、予想外の大事になっていた。

 護民官とウォルフ、家令長と按察官、さらにミッレペダの上級職員がきて、内密の会議が開かれた。

「やーい。あわてろあわてろ」

 ジェリーははしゃいでいる。

「何が起こったの」

 キートンがニコニコと寄って来る。

「教えろよ」

「ミッレペダがやらかしたんだよ」

「どういうこと。例の刺青のやつは、エクソダスだった?」

「小僧は黙って仕事しとれ」

 そして、マルコム・ウェリントン氏が呼ばれた。


6月8日 ペドロ〔護民官府調査員〕

 マルコムが通されたのは、ガラスばりのウォルフのオフィスではない。
 護民官専用応接室。

 ラッキーにも、おれもオーディオ機器操作の名目で同席することができた。
 護民官は「予想外の事態が発生したため、ご説明させていただきたい」とかたい挨拶をした。
 マルコムはやや蒼ざめている。

「ハルは取り上げられるのですか――」

「その」

 護民官は咳払いした。

「デクリオンが説明いたします」

 ウォルフはテーブルの上に、クマ人形の残骸を置いた。


6月9日 ペドロ〔護民官府調査員〕

 マルコムは眉をひそめた。

「これは、預かりものなのに」

「肝心の部分は損壊していません」

 ウォルフは、プラスチックのカップを手に取って言った。

「ここに線がついているのが見えますか」

 カップの口周辺に、ごく細い筋が帯のように入っている。
 彼はそこにピンを添え、すべらせた。一瞬、奇妙な音がほとばしった。

「これはレコードと同じ原理。メッセージはこっちに書いてあったんです。ノイズを払ったものをお聞かせします」

 ウォルフはおれに目でうながした。おれはデッキのスイッチを入れた。


6月10日 ペドロ〔護民官府調査員〕

『カイン。おれだ。

おまえ、マッコイを撃ったな。
マッコイはダイヤを持ち逃げしてはいないし、おれを殺してはいない。

ダイヤはおれが持ってる。騙す気などはなかった。だが、事故にあって、連絡できなかったんだ。

このミスの償いに、ダイヤはおまえとマッコイのふたりで分けろ。
おれは引退する。結婚するんだ。

ダイヤは、タンゴとタンゴの間。おまえのハッピーデイだ。
わかるな。ふたりでわけろよ』


6月11日 ペドロ〔護民官府調査員〕

 マルコムはぼんやりしている。
 ウォルフは言った。

「ご主人様の犬は、レヴィ・ストークスという詐欺師です。彼はハル・オグデンという会計士のふりをして、宝石商と懇意になり、大量のダイヤを騙し取りました」

「……」

「単独犯ではなく、カイン、マッコイという泥棒といっしょでした。彼はダイヤを預かっていましたが、分け前を分配する前にアクシデントが起きた。彼は――」

 ウォルフは言った。

「ヴィラのミッレペダに拉致されてしまったのです」


6月12日 ペドロ〔護民官府調査員〕

 マルコムは愚鈍な子どものように口を開いていた。
 ウォルフは続けた。

「あわてたのが、仲間ふたりです。分け前どころか、レヴィもろとも行方不明。不幸にもカインは逮捕された。カインは、仲間のマッコイが自分を裏切り、レヴィを殺して分け前を独り占めしたと考えました」

「……」

「カインはおそらく刑務所のなかで、テレビを見たはずです。そこで一瞬、マッコイが、映画スターのボディガードとして映ったのを観た。彼は腹をたて、看守の服を自分で縫い、刑務所から脱獄したのです」


6月13日 ペドロ〔護民官府調査員〕

 ウォルフは続けた。

「一方、あなたのハル――レヴィは、新聞でカインの脱獄を知った。さらに最近になって、映画俳優ルーク・ノーマンのボディガードが撃たれたのを知った。新聞には打たれたボディガードの写真もあった。カインの勘違いを知ったわけです。そこで、彼を止めるべく、メッセージをあなたに託した。これが娘へのプレゼントの真相です」

 長い沈黙があった。
 マルコムは口をあけたまま動かない。息もしていないように見えた。
 やっと言った。

「結婚するって、ぼくとだよね?」


6月14日  ペドロ〔護民官府調査員〕

 護民官は清廉な会計士ではなく、詐欺師を売りつけたことを詫びた。

(本物のハル・オグデンは、精神病院を飛び出し、行方不明らしい)

 もちろん、意向があればプレタポルテ犬との取替えに応じるし、その上で慰謝料として同額支払うといった。
 が、マルコムはほとんど聞いていなかった。

「彼がぼくのものなら、なんの問題もない」

 カップを掴んで、ソファから立ち上がった。

「しかし、結婚か。――父を説得するのが大変だな」

 雲の上を行くように、オフィスを出て行った。


6月15日 ウォルフ〔ラインハルト〕

 ラインハルトがDVDか何かを見ている。

「何?」

「グウィン、あの賞をとったやつ」

 彼はつぶやいた。

「すごく面白い。彼の気持ちがひしひし伝わってくるんだ。やっぱ天才は、紙一重だな」

 グウィンはハリウッドに帰った。
 事件とは無関係とされ、名誉は回復された。

 一方、父親である名優レナード・バーロウの映画にパム・ブライトンが起用されたらしい。何があったかは推して知るべしだ。
 ラインハルトが言った。

「グウィンから電話があった。ルークとよりをもどしたってさ」


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