2015年 6月16日〜31日
6月16日 ウォルフ〔ラインハルト〕

「ルークはなんであの問題児に惚れるかね」

 ラインハルトは笑った。

「ルークが娼婦の息子だとか、盗癖があるとか、あれ全部デタラメ。ルークはふつうの中流の出だった。ウソばっか」

「――」

 おれは聞いた。

「なぜ、助けてやったんだ」

 ラインハルトは映画を見ながら唸った。

「なんでだろ。わかんないな」

「無実だと思った?」

「いや、――ただ、おれもたまには損をしないとね」

 おれは微笑んだ。
 ラインハルトは、たまにこういうところがある。だからおれは、こいつといるのだろう。


6月17日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 やってしまった。
 古いソーセージをなんのなんのと食べたら、大あたり。腹のなかが上へ下への大騒ぎだ。

 トイレから出られない。熱も出て関節が痛い。心配したマキシムが水と薬を差し入れてくれるが、あまりきかなかった。

(だ、だれか、正露丸……)

 息も絶え絶えになって寝ていると、マキシムが箱を持ってやってきた。

「ナオからだ」

 直人からそうめんの木箱と惣菜の瓶詰めが来た。
 小さな瓶も。開けてみると梅干だった。

「!」

 さっそく食してみたところ、吐き気がおさまった。
 あの方、神だ。


6月18日 キース〔迷宮のキース〕

 先日、トウドウ氏がナオからのおみやげを持ってやってきました。
 ナオが日本人の友人たちのために作った食材です。

 今回はおれたちにもプレゼントがありました。カラフルな写真でいっぱいのレシピ本や日本独特の調味料です。

「カツオブシだ!」

 アルが木片みたいなものを取って、騒ぎ出しました。
 おれたちは放っておきましたが、

「これニンジャフードなんだ。すごい栄養でがあって、携帯食料にもなる」

「!」

 とたんに、ロビンとエリックが欲しがって追いかけっこがはじまりました。


6月19日 キース〔迷宮のキース〕

 最近、我が家はカツオ出汁ブームです。
 ナオはカツオブシと専用のスライサーをプレゼントしてくれたので、みんながカツオブシを削りたがるのです。

「このスライサー、最高だな」

 エリックも芸術品のように薄く削れるスライサーが気に入っています。

「日本食の腕があがった気がする!」

 ランダムもこの作業が大好きです。毎晩、みんなのトウフにも大量のカツオブシが乗ります。

「これ、ピザに乗せてもうまいんじゃないか」

「チーズマカロニにも!」

 カツオブシ本体は急激に痩せてしまいました。


6月20日 ライアン〔犬・未出〕

 タクが大きな箱を抱えて帰ってきた。

「ラーメンラーメン」

 めずらしく興奮している。

「日本からのだよ」

 ラーメンならマーケットで手に入る。日本のものも。
 だが、彼はウキウキと湯を沸かしている。

「ライアン、食べるだろ?」

「もちろん」

 正直、今は熱いラーメンの気分ではないが、彼を興ざめさせることもなかろう。

「ハイ!」

 出て来たラーメンは熱くなかった。上にサラダが乗っていた。

「ヒヤシチュウカ」

 ひと口食べて、タクが笑った。

「うまっ!」

 なるほど感動的だ。えええ? これはうまい。


5月21日 巴〔犬・未出〕

 日本から帰ったおっちゃんが、おみやげを持ってきてくれた。
 うれしいのはなつかしいジャンク。

「おれには食わせるなよ」

 そういいつつ、おっちゃんがくれた箱には、レトルトカレーやカップ麺。駄菓子まであった。誰が選んでくれたのか、庶民の舌にはうれしいものばかり。

「こんなの好きなのか」

 おっちゃんがコーラグミを見て首をかしげる。
 そらもう。おれはうなずいた。

(あ。また――)

 だが、部屋に帰る時、思い切って言った。

「ありがとうございます」

 おっちゃんは笑ってうなずいた。


6月22日  アル〔わんわんクエスト〕

 ミハイルが聞いた。

「まだトウドウ家の新しい犬とゲームしているのか」

「しているよ」

「……」

 彼は少し面倒くさそうに言った。

「あいつは出てこないのか。CFには」

「来るとは聞いていないな」

「……」

「話したいなら、ゲームに入ればいい」

「レシピ本で意味がわからないところがあるんだ。ゲームじゃ日本語は打てない」

 彼はもの言いたげだったが、結局言わずに話を打ち切った。
 翻訳だけなら、家令やほかの日本の子に頼めばいい話だ。

 ナオのカツオブシに報いたくなったのかな。


6月23日  ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 久しぶりにCFに行った。
 腹はすっかり治ったつもりでいたが、まだ冷たいものは受けつけなかった。

 うっかり飲んだコーヒーフラッペが腸にこたえる。手のひらであたためても、さすっても機嫌を直さない。
 もうすっかり『おなか弱い子』になってしまったのか。

 しかたなく、トイレに駆け込んだ。個室でズボンをおろし、ため息とともに据わった時、おれは足の下の異変に気づいた。

 便意も痛みもひっこんでしまった。
 隣の個室から真っ赤な血が流れこんでいた。


6月24日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕 

 自殺未遂を起こしたのは、アメリカ人の小僧だった。

 衝動的ではない。
 おれが仕切りを這いのぼった時、個室のなかに水をいれたボールとカミソリを持ち込んでいるのが見えた。血が固まらないように、水に手首をつけてのリストカットだ。

 緊急ボタンを押して、その白い腕をしばっている間、なんともいえぬにがにがしい気持ちがした。きれいな、おとなしそうな男だった。

「止血してくれたのか」

 救急隊員はすぐ現れた。

「マーチン・アルマン。31歳、血液型はRh+O。急ごう」


6月25日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

「やあ、ヒロ」

 中庭で飯を食っていると、アルが来た。その後ろにセクシーじいさん、ルノーが続く。

「ちょっと相談があるんだ」

 おれは席を勧めた。
 このふたりと、アメリカ人のバートはこのCFでは世話役と呼ばれる人気者だ。友だちに頼れないやつは、彼らに困りごとの相談をする。
 ルノーがなごやかに切り出した。

「こないだ、マーチン・アルマンを助けたんだってな」

「ああ」

 マーチンは助かった。問題は解決したのか、あれからもCFに来ているようだ。

「あの子、またやりそうなんだ」


6月26日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 アルが言うには、彼は半分ウツ状態らしい。
 注意して見ていると、刃物を隠したり、時々、おかしな行動をとっているようだ。

「わたしとルノーが話しかけて、気をそらしたりしているんだけど、毎日は来れない。それに、彼は自分より大きい人間が怖いみたいなんだよね」

「バートは?」

「それなんだよ。バートは早めの夏休みでいないんだよ」

 おれは少しとまどった。

「そういうのはアクトーレスとかご主人に」

「した」

 ルノーが言った。

「相談した。結果、アクトーレスは無能。主人はクソとわかった」


6月27日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

(いいけども……)

 ふたりに頼み込まれ、おれはマーチンを見ていることになった。だが、まず報告だ。

「これは、世話役におしつけられたことだから! しかたなくてやるんだからな。ぜんぜん情がうつったとかそんなんじゃない! 断じて!」

「……」

 マキシムは言った。

「そんなに見苦しくいいわけしなくてもいい。ルノーから聞いたから」

 あ、そうなの。

 マキシムはそうめんを取りながら、

「バート、帰ってこないかもしれないんだって。もしかしたら、世話役足りなくなるかもな」


6月28日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 マキシムの話では、アルとルノーはおれに世話役を引き継いで欲しそうだということだった。

(冗談だろ)

 おれはあわてて、翌日、アルに会った。

「あの、今回きりだよ? いつも誰かしらの相談を受けるとかは、できないから」

 アルは、わかった、と言った。

「無理強いする気はないんだ。じゃ、今回は頼むよ」

 拍子ぬけするほど、あっさり引き下がった。

 まあ、引き下がられた以上、やるしかない。おれはマーチンの後をつけた。
 マーチンはバーベキュー用の炭とガムテープを買っていた。待てい!


6月29日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

「マーチン」

 おれは彼を呼びとめ、挨拶した。

「あの、困ったことでもあるの?」

「……」

 マーチンは壁でも見るような熱のない目で見た。
 きれいだが、31歳にしては覇気がない。少し老けている。べつに、と去っていこうとした。

「その、練炭自殺はけっこう苦しいよ? 霊能者のおばちゃんが言ってたけど、死後、ものすごい苦しみらしいよ?」

 マーチンは眉をひそめた。

「……じゃ、何だと苦しくないんだ?」

「……教えてやるから、その前に、話をしようか」


6月30日  ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 マーチンは中庭の端っこの席に座った。

「死にたいんだが、痛いのはイヤなんだ。痛くなくて、眠れるように死にたい」

「その前にわけを――」

「前、睡眠薬をためしたんだけど、吐かされた。あれは苦しかったから、もうやりたくない」

「――」

 理由を聞きたいのだが、そっちの話には興味がないようだった。

「あの、ご主人にいたぶられるのかい?」

 マーチンのからだに痣は見えないが、表面に見えないように痛めつける方法はいくらでもある。

「あ」

 マーチンは急に立ち上がった。

「じゃあ、これで」


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