2015年10月1日〜15日
10月1日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 おれたちはケイと別れ、被害者の家に向かった。
 車の中でおれはジェリーに聞いた。

「エリック・フォスターがルシエンテスを罠にかけたと思うのか」

「おれはなんも言ってねえよ」

 ジェリーはケイ・ミサワの名刺にキスした。

「いいにおいだったな。あの子」

「エリックはルシエンテスを助けたんだぞ。放火のあった時間は仲間と食事している」

「犬仲間の証言はあてにならん。ここの犬はヒマすぎるんだ。いくらでも凝ったイタズラができる。――まあ、それを利用したやつがいるかもしれねえけどな」


10月2日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 アマデオ・ルシエンテスは留守だ。おれたちはまず彼の執事に会った。

 トニーは執事にしては日焼けした、笑顔のさわやかなハンサムだ。
 彼はヴィラのスタッフではない。アマデオの家族員だった。

「あんたは、ボスの手下なのかい」

 ジェリーが組織員なのかと聞くと、トニーはにっこり笑った。

「そういうことです。ボスには敵が多い。ここには商売敵もいますからね」

「たとえば?」

「そいつはボスに聞いてください。わたしには守秘義務がある。わたしはここで尻軽犬を見張るために雇われた」


10月3日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ジェリーが眉をあげる。

「犬は、尻が軽いんですか」

「尻も軽いし、噛み癖もある。ボスがやつを抱いて眠り込んだ後、わたしはボスが寝首をかかれないか見張ってなきゃならない。男子が一生をささげるにふさわしい仕事ですよ」

「あんた、寝室で棒を持って見張ってるんですか」

「まさか。カメラがあります」

「犬と親分は仲が悪い?」

「親分はともかく、犬はよくない」

 犬と不仲。これはチェックだ。おれは聞いた。

「犬は、なぜ――好きな相手がいるんですか」


10月4日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

「それは知りませんが、あいつにはいつもワン公どもがくっついてきます」

 執事のトニーは手をひろげた。

「あまりに『お友だち』が多いんで、ボスはあいつにボディガードをつけました。どう見てもおれのほうが可愛いのに。ここは不思議な町ですよ」

 モテる犬らしい。おれは主人について聞いた。

「ご主人様がこの家を出られたのは、事件の前日の金曜日の晩だそうですね」

「ええ。夜の11時過ぎですかね」

「不審に思われなかった?」

「バーにでも行くのかと。よく地下街で遊ぶようですから」


10月5日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 おれは聞いた。

「丸一日連絡がなくても、何も思われない?」

「そう毎日寝に帰ってくるわけじゃないんですよ。ここは遊ぶ場所が多いので」

「ほかにいい子がいるようなことは」

「いるかもしれませんが、わたしは聞いてませんね」

 事件当夜のことを聞いた。

「事件の起きた土曜の晩、あなたはここに?」

「いました」

「犬も」

「ええ」

「ボディガードも?」

「いたはずです。使いには出していません」

 ほかに使用人はいない。家のなかに、にわかに人の気配がした。

「リアンが帰ってきたようです。会いますか」


10月6日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 噂の尻軽犬、リアン・バレットが入ってきた。

(これは――)

 一見、ただのチンピラに見えた。背が高く、細身。黒に近いダークブラウンの髪。首輪にさらにシルバーのアクセサリーをジャラジャラつけている。

 まだ若い。不定期の仕事か、それこそ運び屋のアルバイトをしているようなワルの小僧に見えた。

 だが、その青い目には不思議な静けさがあった。刃物の冷たさのとなりに、スフィンクスの謎があった。安っぽい小悪党の外見より危険なものだ。


10月7日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 つい生唾を飲んでしまい、ジェリーを見た。
 ジェリーはにんまり笑い、おれを見ていた。親指でもたてかねない。
 執事が紹介した。

「リアンです。リアン。こちらは護民官府の方がただ。ご主人様の件で話を聞きたいそうだ」

 執事はリアンに交代して、出て行った。おれは聞いた。

「ご主人は金曜日の晩に出かけられたそうだが、何か聞いていないか」

「いや」

「その晩はきみは何を?」

「部屋に。毎晩、夜は部屋にいる。ドアには外から鍵をかけられているんでね」


10月8日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 リアンは言った。

「少し前は、出歩いたりもできたんだが、執事が面倒がって鍵をかけることにした」

「なぜ」

「トラブルがよくおきる」

「どんな?」

「ケンカ。レイプ。浮気」

「浮気するのかい」

 リアンはきれいな指を振った。

「おれにとっちゃアマデオは恋人ってわけじゃない。気に入ったやつがいれば、好きにつるむさ」

「決まった相手がいる?」

「まあね。ちょいとウブだが、おれには悪くない。ただ、やつの飼い主がアマデオと対立しているせいで面倒ではあるがね」

「対立? ビジネスの?」


10月9日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 リアンは執事のように主人の交友関係を濁さなかった。

「ガンビーノ・ファミリー。元、シカゴを拠点に活動してきた古い組織だが、代替わりしてメキシコに出張ってきている。アマデオのなわばりに手を出して、揉めているらしい。

ボスのジャンニ・ガンビーノはここの会員だ。アウェンティヌス区に家を持ってる。おれは彼のペットのロベルトとつきあってるんだよ」

 おれはちょっとおどろいた。言葉によどみがなかった。情報が整理されすぎている。


10月10日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ボディガードのミカは、フィンランド人らしいシャイだった。

 金髪の大男で、でかい斧を持って神話に出てくるような堂々たる美形だったが、声は小さい。リアンが去ると、あきらかに居心地が悪そうだった。

「きみはリアンの恋人ロベルトのことは知ってるよな」

「……」

「CFで会うの?」

「……」

「きみはCFでいつもリアンのそばにいる?」

「……はい」

「じゃ、ふたりは見るよな?」

「……」

 おれがうなると、ジェリーが聞いた。

「おまえの監督責任は問わんよ。リアンについて教えてくれ」


10月11日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ミカは警戒したように上目でジェリーを見た。ジェリーが聞く。

「執事さんの話じゃ、リアンは旦那と仲が悪い。そうだな」

「……」

「リアンはここから逃げたいような話をするか?」

「……」

「話をするだけなら、罪にゃならんよ。――おまえとリアンの関係はどうだ。なかよしか」

 これにはうなずいた。

「じゃ、リアンの疑いを晴らそうじゃないか。質問に答えてくれ。金曜、土曜とあいつは確かにここにいたな」

 ミカは上を指さした。天井の隅にカメラがあった。
 バカ、ではないらしい。


10月12日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 助手席で端末を見ていたジェリーが頓狂な声をあげた。

「あの小僧、かましやがって! 悪党じゃねえ! FBI捜査官だとよ!」

「え? リアンか?」

 おどろいたが、納得いった。話し方に無駄がなかった。彼はこちらのほしい情報がわかっていた。あれは、捜査に慣れた人種のものだ。

「おいおい――ってことはよ。あいつはFBI捜査官の身で、麻薬カルテルのボスに飼われているってわけか。そら、仲良くはなれんわな」

「持ちこみか」

「ああ、そうだ」

「うわ、最悪だな」


10月13日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 客がヴィラに意中の相手を捕えさせ、自分の犬にする、そういうケースはままある。その場合、調教は特に念入りに行われ、徹犬は底的に牙を抜かれる。

 ――はずだが、どうもリアンに関しては、アクトーレスが間抜けだったか、審査員がいい加減な仕事をしたようだ。

「よ。ご苦労さん」

 被害者アマデオ・ルシエンテスはベッドから朗らかに笑いかけた。

 テーブルにはカクテル。新聞。本人は半裸で、隆々たる筋肉を見せ付けている。海辺のビーチチェアで日光浴でもしているようなくつろぎぶりだ。


9月14日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ジェリーが憮然と言った。

「お元気そうですな」

「ハハ。頭以外はすっかりいいね」

 麻薬カルテルの若いボスは白い歯を見せた。アマデオは華やかな男だった。ベッドにながながと伸びた大柄は鍛えられ、セクシーに日焼けしている。

 顔は小さく、細面だったが、金髪と色つきのメガネとたえず浮かべたチェシャ猫のような笑みのせいで、南国のオウムのように派手に見えた。

「うちの小僧には会ったかい。リアンには」

 その前に、とジェリーが渋面で言った。

「ベッドの下のやつに出てもらってくれ」


10月15日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 おれはぎょっとして、ベッドから離れた。

 出てきたのは看護師だった。ズボンを穿いていない。
 彼がそそくさと出て行くと、アマデオはケラケラ笑った。

「けっこう可愛い子がいるんだよな。つい長居しちまうよ」

 ジェリーは鼻息をついた。

「家では寝首をかかれる?」

「ハハ。かかれねえよ。腰もたたねえぐらい可愛がってやってるからな」

 アマデオはニヤっと笑った。

「どうだ。おれを焼き殺そうとしたやつは見つかったかい」


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