2015年 10月16日〜30日
10月16日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 おれは、紙片はいま分析室で調べている、と言った。

「おそらく指紋は出ないと思います。まったく思い出せませんか」

「ダメなんだなあ」

 アマデオは笑って首を振った。

「先週、仲間とポーカーしていたことは思い出せたんだが、その後はスポッと抜けてるねえ」

「最近、ジャンニ・ガンビーノと何か揉め事を?」

 ああ? とアマデオは高い声を出した。

「あのひよっこ。あのシカゴの骨董品一家か? こんなふざけた真似をしたのは?」

「いや、まだ――。何か揉め事を?」

「手ェ出したのはむこうが先だ」


10月17日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ガンビーノ家とアマデオは、コロンビアのコカ畑をめぐって争っている。

 アマデオが契約している農家に、ガンビーノ家の手先が勧誘にきて、コカを買い付けているらしい。

 アマデオはアメリカ政府に情報を流した。ジャンニ・ガンビーノには現在逮捕状が出ているという。

 ジェリーがぼさぼさの眉をしかめた。

「つまり、ガンビーノはあんたのせいで国に帰れない、といった状態ですか」

「洗礼だよ。ひとのサイフに手をつっこんだやつはこうなる。ルーキーにゃいい教訓になったろ」


10月18日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕〕

 ジェリーは聞いた。

「ガンビーノの犬とおたくさんの犬がつきあってることはご存知?」

「ああ。ドイツのな。花なんかよこしやがって。一度ボコボコにしてやったが、聞かねえだろうな。致命的に頭の悪そうな犬だったから」

「浮気は容認?」

「いや、次は殺す。ジャンニは何もできねえよ。せいぜい罰金でしまいだ」

 おれは聞きながら、暗澹としてきた。このオウムかロックスターみたいな中年男の敵リストが長くなってきた。

 犬のリアン。商売敵のガンビーノ。ガンビーノの犬。


10月19日 ペドロ〔護民官府スタッフ〕

 ガンビーノ一家の新しき首領、ジャンニ・ガンビーノはなかなかおれたちに会いたがらなかった。

「おれはここに高い金を払って、遊びに来ているんだぜ? インタビューの分、犬でもサービスしてくれんのか」

 でかい男で、シガーを咥えたまま不機嫌そうに睨まれると、咽喉がこわばってしまう。尻尾を巻いて帰りたくなる。

 だが、ジェリーは同じように不機嫌に言った。

「あんたがたが安全に遊べるよう、ヴィラは無駄金払って調査してるんです。先週、金曜日、どこにいました?」


10月20日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ジャンニは肉の厚い眉をしかめた。

「おぼえてねえよ。おまえ、昨日の晩飯だっておぼえてねえだろ」

「昨日はローストビーフサンド。覚えてないなら、秘書かなんか呼んでくれ」

 ジャンニはしけたものを食ってやがる、と笑ったが、秘書は呼んだ。

 秘書は犬のロベルトだった。
 すっぱだかで四つん這いで部屋に入ってきた。ロベルトはまっすぐにジャンニのそばにより、その靴にキスした。
 ジャンニはその赤い髪をむぞうさに撫で、

「おれの先週のスケジュールを言ってやれ」


10月21日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

「31日月曜日は二十時、モントジエ氏宅のパーティーにご出席。1日火曜日は」

 ロベルトは大企業の美人秘書のように、すらすらと唱えあげた。

「金曜日、とくになし。土曜日――」

「ちょっと」

 ジェリーが聞いた。

「金曜日は一日家にいたということか」

「いいえ。16時ぐらいからお出かけになっています」

「どこへ」

 ロベルトは主人を見上げた。ジャンニは片眉をあげ、

「按摩だよ。肩が凝って、頭痛がひでえんだ。犬の足とかいうサロンだ」

「何時に帰宅」

 ロベルトが言った。

「21時」


10月22日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ジェリーが聞き返した。

「五時間も揉んでもらってたんですか」

「いや、オーナーと話てたんだよ。一匹もらえねえか。いちいち通うの面倒くせえだろ」

「サロンを出たのは何時」

「わかんねえよ。ちょいと地下のバーでひっかけて帰ってきた」

 ほかにはどこにも寄っていないという。

 ロベルトは次に土曜日の行動を話した。土曜の夜もこの男は出かけていた。

「六時半から円形劇場にて観劇。十二時、ご帰宅」「誰かとごいっしょで?」

「アクトーレスとさ。こいつの」


10月23日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ジェリーはロベルトに言った。

「すまんが、メモ用紙か何かを持ってきてくれ」

 ロベルトは部屋を這い出て行き、メモパッドを口に咥えて持ってきた。
 ジェリーはそれを受け取ると、主人に言った。

「あんたの家令とこの犬のアクトーレスの名前を書いてくれ」

「自分で書きゃいいじゃねえか」

「つづりを間違う」

 ジャンニはさっさと書いて、メモをよこした。渡す時に、ジャンニはニヤリと笑った。

「なんなら、このグラスも持っていっていい。指紋も欲しいだろ」


10月24日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 おれたちは続いて、ロベルトにインタビューした。

 ロベルトは犬座りして、拳を前にそろえていた。おれは気になった。

「その手は」

「密着してます」

「ご主人を恨んでる?」

「いいえ」

 ロベルトは言った。

「風変わりな趣味ですが、ほかの客よりマシです。ぼくは地下にいました。このぐらいなんでもない」

「でも、愛してはいない?」

 ロベルトはおれを見た。

「きみは浮気してるだろ。アマデオ・ルシエンテスの犬と」

 ロベルトの精悍な顔が固くなった。


10月25日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 彼は言った。

「リアンとは友だちです」

「むこうはきみが好きだそうだよ」

「――」

 おれは少しジャブを入れた。

「きみはリアンといい仲だ。きみには彼の主人が邪魔だろう。そういえば、あいつに殴られたんだったな」

「――」

「あるいは、リアンはきみに泣きついたかもしれない。リアンは彼の主人を嫌っている。きみはリアンを助けたいと思ったかもな」

 ロベルトは退屈そうに目をそむけた。そうしていると、本当に犬のように見えてくる。

「きみは、金曜と土曜の晩、何をしていた?」


10月26日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 だが、ロベルトの答えは完璧だった。

「金曜も土曜も晩は家にいました。夜は部屋に鎖でつながれているので、家からは出られません」

 おれたちはロベルトに見送られ、部屋を出た。

 ふと、中庭を見つめ、ジェリーが立ち止まった。花壇の青い花を見ていたと思うと、ふいに鋭くふりかえってロベルトに何かを投げつけた。

「!」

 ロベルトは肩をすくめ、拳をあげた。当たったのは丸めた紙だった。

「捨てといてくれ」

 屋敷を出て、おれはなにごとか聞いた。

「あの犬の指、本当に開かないんだな」


10月27日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 車を出すと、すぐにイルカ御殿のある一角にさしかかる。ジェリーがつぶやいた。

「近いんだよなあ」

 近いが、ガンビーノもその犬ロベルトもアリバイがある。

 放火の時間は夕方、七時前後。ガンビーノはアクトーレスと芝居を見ている。
 犬は部屋に監禁。
 もうひとりの容疑者、FBIのリアンは、これまた家にいたことが、映像で証明されている。

 ジェリーは眉をしかめた。

「犬が抜け出したかと思ったが、あの手じゃなあ」

 ライターをつけるのも容易ではなさそうだ。


10月28日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 オフィスに戻ると、にぎやかな話し声が聞こえた。

 アクトーレスがキートンとしゃべっている。よくしゃべる男で、キートンが「じゃ」とか「そろそろ」と言って話を打ち切ろうとしても、「あ、そういえばさ」と話が続く。

「誰だ、あのおしゃべり」

 ジェリーが眉をしかめる。近くにいたやつが

「第五のアクトーレス。もう20分もしゃべってる」

ついにウォルフが出てきた。

「ニーノ。いつまで油売ってるんだ。もう戻れ。イアンに報告するぞ」


10月29日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ところがニーノは意に介さない。

「だって、どうなったか報告しないと、おれが客に叱られる」

「あとで電話させる。キートンは忙しいんだ」

「あ、知ってる! あの放火事件でしょ。被害者の犬の担当が言ってた。あの犬はくせもんだって。すごい知能犯らしいよ。元FBIでさ」

 ほう、とジェリーが話に入った。ニーノはよろこび、

「なんでもふたつの犯罪組織に、ニセ情報を流してお互いにつぶさせようとしたらしい。捜査官っていうより工作員だよね」


10月30日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ジェリーが聞く。

「アクトーレスがそう言ったのかい」

「あいつも客から聞いたらしいよ。その仕掛けられた組織ってのが、その客の下部組織なんだってさ」

「――」

 複雑な家庭のようだ。

「こまるよね。自分の組織をつぶそうとした捜査官を犬にするって。しかもベタ惚れなんだと」

「犬のほうはベタ惚れじゃなさそうだったぞ」

「そうなんだよ。調教は大変。そいつも金玉片方潰されかけたって言ってたな。直るまで、しばらく禁欲状態だったって」

「そのへんはどうでもいい。アクトーレスの名は」


10月31日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 おれたちが頼む前に、ニーノがアクトーレスに電話をかけてくれた。ところがなかなか代わってくれない。

「インゴ! 金玉治ったか?」

 からはじまって、

「こないだもらった頭痛薬、ありがとう。よく効いたよ。でも、めちゃくちゃ臭くてさー」

 と世間話が止まらない。ジェリーがその電話をもぎとり、スピーカーをオンにした。第一声は、

『いったいなんだ! 用件を話せ!』

 ジェリーが聞いた。

「こちらは護民官府だ。リアン・バレットはあんたの担当だな」


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