2015年 11月16日〜30日
11月16日 ロビン〔調教ゲーム〕

 フィルはケイに協力を頼み、JJの主人プロイ氏と会う約束を取りつけた。

 気さくな人でドムスに招待してくれた。面白そうなのでおれもついていく。
 道を行くにつれ、おどろいた。

「なあ、これ」

「ああ」

 JJのドムスは火事の家のまん前にあったのだ。おれたちが水とシーツを借りた家だ。

「やあ。ようこそ」

 JJについて、アトリウムに入ると、エキゾチックな神像が安置されていた。香が焚かれ、生花が供えてある。

「いらっしゃい」

 迎え出た主人はおれたちに気づいた。

「ああ、あの日の」


11月17日 ロビン〔調教ゲーム〕

 おれたちは涼しいアトリウムで話した。

「向かいの家の怪談はどこから伺ったのですか」

「あれは――」

 主人は浅黒い丸顔を傾けた。

「きみら西洋人には奇異に思うかもしれないが、われわれの国では目に見えない存在について大変ナーバスなんだ」

「――」

「人体にはクワンというエネルギーが宿っている。それが抜けると、元気がなくなり、健康を損ねたり、事故にあったりする。われわれタイ人なら時々、お寺にいってクワンを入れなおしてもらったりする。このクワンは場所にもあるんだ」


11月18日 ロビン〔調教ゲーム〕

 JJの主人はきまじめそうな目でひたとおれを見つめ、言った。

「クワンの抜けた土地では何をやってもうまくいかない。事故や災難が起こる。出入りしている人間にも不運がおよぶ。むかいの不徳な御殿は、まさにそういうマイナスエネルギーの土地なんだ。出入りしないことを勧めるよ」

 おれはふいに火事の日のことを思い出した。
 穴のそばでふんばっている時、何か悪意の塊のようなものが飛び出してきたような――。
 だが、フィルが聞いた。

「でも、人魚犬の話は、作り話ですよね?」


11月19日 ロビン〔調教ゲーム〕

「西洋人は信じたがらない」

 ご主人はなげかわしげに言って、JJにお茶をもってくるよう頼んだ。JJが去ると言った。

「JJもそうだ。ピーの話も霊験あらたかなプームの話も、真剣に聞かない」

「いや、しかし、あの家の前の持ち主はピンピンしているって話ですよ」

「そこはどうでもいい」

「え?」

「要は悪い場所に入っちゃいけないよ、という話だ。空き家には悪いピー、精霊が住む。近寄らないにしくはない」

「……」

 おれたちは目をしばたいた。フィルが言った。

「つまり、嘘なんですね」


11月20日 ロビン〔調教ゲーム〕

 タイ人のご主人は精霊やら呪いやら、言を左右にして認めたがらなかったが、どうも空き家にイタズラ小僧がうろつくのを避けたかったらしい。

「以前もあそこでキャンプごっこをやる連中がいた。クワンの抜けた空き家から火が出るとしたら、ピーのしわざか男の子のしわざと決まっている」

「だとしたら」

 フィルはやや疲れて言った。

「オバケ話は逆効果でしたな」

 オバケ屋敷こそ、男の子の大好物だ。

 おれたちは夕食の招待を辞して、帰った。帰り際、主人はおれに妙なことを言った。


11月21日 ロビン〔調教ゲーム〕

 フィルは帰りに言った。

「現場、見れないかな」

 イルカ御殿は通りの向かいだ。入り口には立ち入り禁止の黄色いテープが貼ってある。
 止めるより前に、彼はそのテープを跨ぎこして、中に入っていた。

(よくないんじゃないの?)

 中庭まで抜けた時、やはり、でかいスキンヘッドのハスターティ兵が出てきた。

「何をしている。ここは立ち入り禁止だ」

「現場検証だ。放火の手がかりがないかと思ってね」

 フィルは言った。

「ここにいるロビンは元警官なんだ」

(おい!)


11月22日  ロビン〔調教ゲーム〕

 だが、こわもてのハスターティはうさんくさそうに目を細めた。

「おまえら、ワン公だろ」

「犬になる前は、彼は優秀な刑事だったんだよ。ああ、あの穴だね。予想よりでかい」

「待て、待て」

 ハスターティはあわてて止めた。

「勝手に入るな。元刑事でも元CSIでもダメだ。出て行け」

 フィルは無駄口たたきながら抵抗したが、結局追い出された。

「フィル。おれはただの巡査だぞ。それによけいな足跡つけたら、ここじゃなくったって大目玉食らう」

「建物を見ておきたかった。犯人が何を考えるのか」


11月23日   ロビン〔調教ゲーム〕

 帰り道、フィルはまた何か考えこんでいた。

「なんかわかったかい」

「地下も見たい」

「もうダメ。エリックに不利になる」

「それくらい」

「おれたちは被疑者の関係者なんだよ。自重しないと」

 フィルは笑った。

「弱気だな。ロビン。クワンが抜けてるから?」

 おれは唸った。JJのご主人がおれに言ったのだ。

『きみのクワンが一部抜け落ちている。たぶん悪いピーに触れたんだろう。不運に見舞われるかもしれない。今度、いいお守りをあげるからおいで』

 フィルは笑った。

「あんなもの。与太だ。気にするな」


11月24日 ロビン〔調教ゲーム〕

 クワンが抜けていることでは、夕食の席でもからかわれた。

「まずいな」

 アルが言った。

「クワンがない。ゾンビ化がはじまる徴候だ」

ミハイルも言った。

「ただのナンパだ。行ったらダメだぞ」

 行くつもりはないが、気持ちはよくない。それより、とおれはフィルに聞いた。

「あのおっさんは関係なかった。つまり、エリックは偶然あそこに行ったってことだろ。犯人は何を考えてたんだ?」

「関係ないとはいいきれない」

 フィルは言った。

「彼が本当の話をしているかわからないし、何か隠してる気もする」


11月25日 ロビン〔調教ゲーム〕

 フィルは手を振った。

「犯人と確信しているわけじゃなくて、可能性の話だ。ただ、彼はもっとも家が近く、噂の出処であることは確かだ。そして、彼のアリバイは犬のJJの言葉だけ」

 ミハイルが聞いた。

「そのタイ人が犯人なら、なんのために」

「それはわからない。ただ、タイも麻薬に縁の深い国だし、なんか関係があるのかもしれない」

「推測だな」

「そうだ」

 フィルは言った。

「動機に関しちゃ、リアンのほうが濃厚だ。リアンはあきらかに主人と仲が悪い。それに彼は頭のまわる男のようだ」



11月26日 ロビン〔調教ゲーム〕

 フィルは言った。

「ぼくたちがJJに話しているところへ、あいつは呼びもしないのにやってきた。主人のライバルのガンビーノ家の話をした。しかも、やつはそこの犬と恋仲なんだ。ガンビーノが疑われて、極端な話、処刑されればその犬は解放される」

「……」

「ただ、わからないのは、呼び出した日と火事の日が一日ズレていることだ」

 フィルは眉をしかめた。

「なぜ、その日に火をつけなかった。その一日に何があった? 被害者の麻薬王はほんとうに何も覚えてないのか」


11月27日 ロビン〔調教ゲーム〕


 フィルの問いにおれはハッとした。

 被害者の記憶喪失がウソだとしたら、被害者が犯人を知っているとしたら? 
 彼が言わない理由はなんだ? 

 フィルは言った。

「もうひとつ考えていることがあるんだが、地下を見ないとそれは言えない。ケイに助けて欲しいのに――あいつは何をやってるんだ?」

 ケイの帰りが遅かった。電話があって出ていったらしい。
 おれはエリックの顔色に気づき、おどろいた。エリックの目が幽鬼のように据わっていた。
 そして、となりのキースもまた沈んでいた。


11月28日 ロビン〔調教ゲーム〕

 おれはキースの部屋をたずねた。

「きみ、どうかしたのか。エリックはわかるが、きみも変だぞ」

 キースはおれをじっと見つめた。

「おれは怪奇現象とかは信じないほうなんだ」

「ああ」

「でもな」

 彼はひじを抱え、黙り込んだ。ひどく言いにくそうだ。

「さっきのタイ人の話じゃないけど、 悪霊があそこにいた気がするんだよ」

 おれは友を見つめた。何を言い出すのかこいつは。

「火事の時、エリックの登るシーツを支えていただろ。あの地下室にたしかに彼のまわりに黒い影がふわふわうろついていたんだ」


11月29日  ロビン〔調教ゲーム〕

 おれは口をあけて、キースを見た。

「ひとがいたのか」

「ひととは思えない。あいつはおれを見て、ぶわっと飛び出してきた――」

 その時、燃える部屋の記憶が蘇った。

 熱くて息苦しかった。シーツを支えている時に、キースのからだに何か衝撃がぶちあたった。
 だが、まさか。

「あの時、まわりに有毒ガスが出てたろ。それで幻覚を見たんだよ」

 すると、彼は腕を見せた。腕には3センチほどの傷が紫色に不気味に盛り上がっていた。

「膿んじゃって、まだ治らない」

「……」



11月30日  ロビン〔調教ゲーム〕

 キースの話は気持ちが悪かった。
 しばらく寝つけず、ようやくうとうとしたと思った時、怒鳴り声が聞こえ、目が醒めた。

 開け放した窓から下の声が聞こえていた。
 エリックとケイの声だ。おれは部屋を飛び出し、階下に下りた。

 キッチンでふたりは掴みあい、歯を剥いて睨みあっていた。

「エリック、よせ」

 おれは剣闘士のほうを掴み、応援を呼んだ。

「誰か。ミハイル!」

 ほかの連中もすぐ降りてきた。

「何やってんだ」

 こいつを、とエリックは怒鳴った。

「こいつを日本に送り返せ。とんだ売女だ」


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