2015年12月1日〜15日
12月1日  ロビン〔調教ゲーム〕

 ケイもわめいた。

「この男は頭おかしいぞ。妄想にとりつかれやがって。病院へいけ」

「妄想じゃない。おれは見た!」

「じゃあ、眼科だ」

「おまえはあいつの車に乗った。あいつと寝てきた」

 おれたちはぎょっとして、ケイを見た。

「はああ?」

 ケイは引き攣れた声で笑った。

「おれがあのメキシコ野郎に、おれが――」

「ああそうだ。おまえはあいつのリムジンに乗り込んだ。あいつは言ったんだろ。ご主人様をよこすか、おまえが来るかしろって」


12月2日 ロビン〔調教ゲーム〕

 ケイは蒼ざめたままエリックを凝視していた。エリックはわめいている。

「あいつはおれに言ったんだ。ミスター・タカトウはいないのか。ああいう男と寝てみたかった。ぜひ会いたい。この件で懇ろに礼が言いたいって。そしておまえは今日、あいつと出かけてきた。そして午前様。言う言葉は、示談だ。おまえはあいつと寝て」

「エリック」

 ケイは震えかけていた。

「おまえ、本当に、頭がおかしい。ちょっと殴ったほうがいい」

 その拳が飛びかかった時、キースが叫んだ。

「悪霊のせいだ!」


12月3日  ロビン〔調教ゲーム〕

 キースの頓狂な叫びに、ふたりはさすがに止まった。

「悪霊だよ! うちはめちゃくちゃじゃないか。あの地下から飛び出したやつが、おれたちの家をぶち壊そうとしているんだ!」

 まて、とフィルが入った。

「待て。とにかく三人とも待て」

 キッチンにはランダム以外の人間が集まっていた。全員、大なり小なり混乱している。
 アルが冷蔵庫から牛乳を出した。

「ひとり一杯。飲んだら、ダイニングに移動。話し合いはそれからだ」


12月4日 ロビン〔調教ゲーム〕

 牛乳の成分はわずかにエリックを落ち着けた。

「ロビンが入院した時、おれはアマデオのほうも見に行ったんだ。そしたら、やつはもう起きてて、この件で話し合いたいから、ご主人様を連れて来いって言ってたんだ」

 ものを言いかけたケイを制し、フィルが言った。

「それがどうしてケイが寝技をつかったってことになるんだ」

「今日、CFから帰った時、リムジンが家の前に停まっているのを見た。中にあの金髪があった。そこへケイがさっさと乗り込んだのを見た」


12月5日 ロビン〔調教ゲーム〕

 ケイは額をおさえ、目をとじていた。フィルが聞く。

「ケイ、どういうことだ」

「あきれちゃって、口もききたくない」

「そういうわけにはいかん。ちゃんと説明しろ」

 ケイは苛立たしげに息をついたが、言った。

「やつと会ったよ。話がしたいというから、会わないわけにいかんだろ。おれは代理人なんだから。で、やつは言った。おたくのワン公のイタズラを大目に見てやってもいい、示談にしてもいい、代わりに周防グループの関連会社にやつの傘下の警備会社を入れろってな。おれがお断りしたら」


11月6日 ロビン〔調教ゲーム〕

「おまえのボスを会員身分停止処分に追い込んでやることもできる、って。それとも――。たしかに言ったよ。一晩過ごせば、チャラにしてやるって」

「!」

「だが、チャラにしてもらう理由はない」

 ケイは言った。

「エリックは火元になるものを持ち込んでないし、あの家はあの男の持ち物じゃない。不法侵入はお互い様だ。むこうは勝手に事故にあった。エリックには関係ない。言いがかりだ。迫ってきたから、おれは運転手に下ろすよう言った。運転手はちゃんと停めたよ。疑うなら聞いてみろ」


12月7日  ロビン〔調教ゲーム〕

フィルが聞いた。

「で、こんなに遅くなったのは」

「サー・コンラッドと飲んでたから。おまえらにこんな話したくなかったし、サーは情報通だから、アマデオについて聞けるかと思ってさ。

 ――ったく、おどろくよ。ボスがおまえらと遊ぶ夏の間、休暇返上で働いたあげく、やっととれる夏休をさらに取り上げられてアフリカ出張。そのあげくこの仕打ちだ。ビッチ呼ばわり。何やってんだ、おれはここで。情けなくて涙も出ねえよ」

 エリックも怒鳴った。

「おれだっておまえに来て欲しくなかった!」


12月8日 ロビン〔調教ゲーム〕

エリックはわめいた。

「ただちょっとしくじっただけだ。取るに足らない、ただの遊びだ。毎日毎日ぐちぐち言いやがって。罰金ならおれが稼いで返す。それでおさまらねえなら、おれがあいつを始末する!」

「何十億セスになると思ってんだ! 稼げるわけないだろう!」

「おまえには関係ない!」

「そもそもおまえがやらかしたからこうなったんじゃないか。そこの反省はないのか」

「関係ないんだ! おまえはおれの主人じゃない。出て行け!」

 そこまで、とフィルが止めた。


12月9日 ロビン〔調教ゲーム〕

「ふたりとも牛乳をもう一杯飲むか、水をかぶるかしろ」

 フィルが言うと、アルは本当に牛乳をついでよこした。フィルが言った。

「ケイ、サー・コンラッドはなにか言ってたか?」

「……持っている情報は護民官府に全部供出して、情報を集約すること。あとは、真相解明に困ったら、護民官府のフォン・アンワースに任せろと」

 それはいい、とフィルは引き取った。

「それには及ぶまい。で、キースはいったいどうしたんだ?」


12月10日 ロビン〔調教ゲーム〕

 キースの話を聞いて、みんなは一様に口を開いたまま固まった。
 だが、フィルの捉え方はおれとは違った。

「つまり、別の人物がそこにいたってことか」

「いや、物質的なものじゃない。あれは」

 キースはかたくなに言ったが、フィルの耳には入らない。

「地下にひとがいた――? 地下に誰かがいて、あの場から逃げた。アマデオは誰かといっしょに閉じ込められていたのか。――ケイ、あそこにコンドームと犬のボウルがあったと言っていたな」


12月11日 ロビン〔調教ゲーム〕

 朝飯を食っていると、ケイが降りてきた。

「おはよう」

 ケイはサーバーのコーヒーを注ぎ、パン籠からロールパンをひとつとった。昨日のこともあってか、空気が曇っている。
 おれは今日はどうするのか聞いた。

「フィルと護民官府に行く。その前にイルカ御殿の地下を見に行く」

「もう開放されてんの?」

「一応立ち入り禁止のテープはあるけど、現場検証は終わっているから、いいってさ」

「おれも行っていい?」

「もちろん」

 その時、エリックがダイニングに入ってきた。

「おれも行っていいか」


12月12日 ロビン〔調教ゲーム〕

 ケイは「もちろん」と答えた。

 さりげない、そっけないぐらいの返事だったが、おれはふたりの和解が成立したのを感じた。

(エリックめ)

 本当はきちんと謝るべきだ。
 ケイは日本の大会社のプリンスで、ここには代理人として来たのだ。寝技を使って示談をとりつけたなど、サムライソードで斬られても文句はいえない侮辱だ。

 だが、ケイはもう責めない。エリックの情けない気持ちを理解しているのだろう。
 エリックだって苦しい。シュレックであったっけ? 許すのが友だちだもんな。


12月13日 ロビン〔調教ゲーム〕

 おれたちはぞろぞろとイルカ御殿に入った。
 黄色いテープは貼ってあったが、警備のハスターティ兵はもういなかった。

 だが、珍客がいた。
 フィルは名を覚えていた。

「プロイさん」

 JJの旦那のタイ人だ。

「ああ、きみらか」

「何しにここへ」

 タイ人はあいまいな微笑みを浮かべ、

「壊される前に一度見ておこうと思ってね。水槽を」

 フィルは聞いた。

「ここは悪霊の巣では?」

 大丈夫、とタイ人は言った。

「わたしには強い『プラ』がある」

 彼はベルトにつけた象牙色の四角いお守りを示した。


12月14日  ロビン〔調教ゲーム〕

 タイ人はすぐに引き上げた。彼が去った後、フィルが回廊を歩きながら首をかしげた。

「なにか前、こんな景色を見たことがあったな」

「こないだ来たじゃないか」

「……」

 フィルはそのまま進み、中庭に面した大広間に入った。煤けた水槽が取り囲み、中央にエレベーターの穴がある。

 エリック、と彼は言った。

「よくもこんな大穴の開いているところで、ぼくたちを脅かそうなんて思ったな」

 エリックは大丈夫だとおもったとか、ごにょごにょ言った。


12月15日 ロビン〔調教ゲーム〕

 フィルは階段を探し、地下へ降りた。

「地下牢を改築したんだな」

 ドアは開放されている。
 中に入ると、エレベーターの穴から光が差し込んでいた。壁にはあまり可愛くないイルカの絵が踊っている。
 フィルはひとりそれを見つめ、突っ立っていた。

「なんかわかった?」

「この部屋はどうでもよくなった」

「は?」

「思いついたことがある。さっさと護民官府に行こう」

 おれたちはあきれつつも、屋敷を出てバスに乗った。


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