「ありがとう! 来てくれてうれしかったよ。ありがとう!」

 犬はおれたちを抱きしめ、小娘みたいにキスしてくれた。

 セルを出た途端、若いクォンが動かなくなった。彼はいきなり声をあげて泣き出した。
 キーレンがいやな顔をしてさっさと廊下を歩いていく。ほかの連中はとまどって、自分の荷物をごそごそしはじめた。

 おれはクォンになんと言っていいかわからなかった。
 ここは過酷すぎる。
 やつらはちっぽけなプレゼントによろこびすぎる。子どもみたいに無邪気にハグしてくる。

 やつらは裸だ。さむざむしたセルにひとりぼっちで待っていた。人がちょっと抱きしめただけで、その顔が痛々しいほどやさしくなる。そのみじめさがよけい浮き立つ。

(こんなことやるんじゃなかった)

 おれはしょんぼりした。キーレンの言うとおりだ。同じ犬のくせに、こんなことわざわざやるなんてどうかしている。

 おれはサー・コンラッドが来ないクリスマスを、もっと前向きに過ごそうと思っただけだった。いいことをしようと思った。でも、本当はほかの犬のことなんか、まじめに考えてなかったのだ。

(カードなんか書いて、なんになるってんだ)

 クォンはオーバーのそでに顔をおしあて、ベトナム語で何か言って、泣いた。やがて、それに英語がまじった。

「おれ、感謝してもらったの、はじめて。ここで、はじめて」

 ――?

 おれたちは彼を見た。

「ずっと、ここじゃ、おれ、何もできない人間。でも、今日は、感謝してもらった。おれ、いい人間」

 クォンの黒い星の瞳が泣き笑いしていた。濡れた目に誇りが光っていた。
 船長がうなずく。

「プレゼントを渡したら、もっとうれしいプレゼントをもらったってわけだ。クリスマスらしいやね。じゃ、行こうか」

 クォンは袖で顔をごしごし拭くと、荷をかついで走り出した。おれも続いて走った。
 走りながら、変な気がした。

 ――おれ、勘違いしてたのかな。

 ぐるんと天地がひっくりかえったような気分だ。哀れむどころじゃない。

 急にセルの犬たちが大きくなったように感じた。裸の哀れな連中ではなく、慈悲深い聖者のように思えてきた。

 ――もっとも小さき者にしたことが、わたしにしたことって、こういうこと?

 とりあえず、足がさっきより軽くなった。


 



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