蝶たちの苦悩  ギイ様作品



コーヒーを飲み始めたハルを見て、俺はそろそろ話をするべく話題を調節する。

「なんたって、人間の基本は『食う・寝る・遊ぶ』だからな」

「えー、それって『衣・食・住』じゃないの?」

「生活に必要なものじゃなくて、人間の基本欲求の話だ」

「『遊ぶ』っていうのは何ですか?」
 ハルに続いて章夫も、いまいち理解できないと質問してくる。

「もちろん『セックス』だよ」
 俺の言葉にハルの動きが止まる。

「性欲っていうのは大事だぞ。まぁその部分だけ暴走しちまったのがヴィラだけどな」

「ドクター」
 章夫は黙り込んだハルを心配し、俺にSOSを出す。

「ハル・・・自分でもわかってるんだろ?いつまでも逃げてたって、その恐怖から抜け出せない。お前の心の問題だ。自分が引き起こしてる症状で自分を苦しめてるんだ」

「エンリケ・・」

「ハル、お前は助かったんだ。章夫だって居る。1人じゃないんだ。怯えてるだけじゃ何も変わらない」

「わかってる・・・でも怖いんだ」

「何が怖いか具体的に言ってみろ。俺が聞くことで、何か解決法を見つけてやれるかもしれん」

「具体的にって言われても・・・」

「じゃ、俺が質問するから答えて」
 俺の言葉にハルが頷く。

「セックスするのが怖いか?」

「・・・少し」

「相手がアキオでも?」
 ハルが首を振る。

「あきだって分かってたら怖くない。・・でも、途中で訳が分からなくなってくると、記憶が混乱して怖くなる」

「なるほどな。いちよう試してはみたんだ」

「日本に戻ってすぐの頃に・・でも毎回春樹がパニックを起こすので、もう少し落ち着くまでよそうと・・」
 章夫が、しょんぼり下を向くハルの背中をたたいてあやす。

「快楽と苦痛は紙一重だからな・・」
 俺は暗く沈んだ2人を見て考える。

「記憶の塗り替えをするか」

「記憶の塗り替え?」

「今のハルにとって、セックスはヴィラで受けた苦痛とつながってるんだ。要するにイヤな記憶でしかない。でもそれを新しい記憶に変えてしまえってこと」

「新しい記憶に変える・・って、どうやって?」

「簡単。アキオと気持ちいいセックスをするんだ。セックスが愛する人とする気持ちいいものだって記憶を塗り替える。というより、元に戻すって事だな」

「元に戻す?」
 ハルの言葉に俺は頷く。

「ヴィラの調教によって、イヤなものに塗り替えられたセックスに対する恐怖を、本来の恋人同士がするスキンシップって考え方に戻すんだ」

「すごく怖いのに戻るかな・・」
 ハルが不安そうにつぶやく。

「本気で戻す気があるなら手伝ってやる。でもこのままセックスレスでいいって言うなら強制はしない」

「俺はハルに無理させるつもりは・・」
 章夫はハルを気遣う。

「今ですでに三ヶ月だ。たぶん時間が解決する問題じゃない。ハルの心に傷として残ってる以上、セックスしようとするたび記憶が蘇ってパニックを起こすだろう」

「・・・」
 俺の言葉に2人が黙り込む。

「どうする?これは2人の問題だ。2人が出した答えに意見するつもりはないよ」

「手伝ってくれるって・・どうやって?」
 ハルがぼそっと方法を尋ねる。

「2人のセックスを横についてサポートする。アキオとするセックスが気持ちいいって、ハルの体に覚えさせる為に横から援護射撃する。もちろん2人でするって言うなら説明だけするから、俺が帰った後に2人で励め」

「春樹・・どうする?俺は前のようにお前を抱きたい。でも春樹が辛いなら我慢は出来る」

「僕だって・・僕だってあきとしたいよ。怖いままじゃ辛すぎる」

「じゃ、いいんだな?」
 章夫はハルに俺の提案を受け入れる確認を取る。

「ドクターお願いします。本当は2人で試してみるべきなんでしょうけど、春樹がまたパニックを起こすと俺はお手上げなんです。情けないお願いですが、引き受けてくれますか?」

「もちろん。じゃハル、とりあえずお前はシャワーして来い。その間にアキオに注意点や必要な事の説明をしておくから」
 ハルは頷き、不安そうに浴室へ消えた。


「ハルがポルタ・アルブスに運ばれて来た時、アクトーレスから渡された資料に、どのような調教がハルになされたか書いてあったんだ。それによると、鞭や電気などの拷問的なものは初日に行われただけだった。失神したハルをアクトーレスが風呂に入れた時に、例の白粉彫りを見つけて、調教が薬などを使った快楽責めに切り替えられたんだ」

「薬・・ですか?」

「薬と言っても麻薬とかじゃなく、媚薬の類だ。ヴィラには調教用に色々な催淫剤がある。それらを使用すると、自分の意思とは関係なくペニスは勃起し、射精を求めて体が乱れる。刺激を求める体を放置されたり、刺激を与えられているのに射精を禁止されたり強制的に止められたりすると、狂ったように発狂する事になる。パテルはあの白粉彫りが見たくて、ハルを焦らしに焦らしまくってたらしい。バイブを入れたまま一晩放置なんて事もあったみたいだ」

 俺の話に章夫は眉間に皺をよせ険しい表情をする。

「だから今後のセックスで、ハルの射精を禁止するのはタブーだ。『まだイクな』って言葉を使うと、おそらくフラッシュバックが起きる。だから我慢させずに達かせてやること」

「わかりました。他に注意することは?」

「四つん這いでバックから挿入しない事。ヴィラの犬は裸で四つん這いが基本だ。それにバックからだと、相手の顔が見えないから意識が飛びかけた時にパニックを起こす可能性がある。だから体を密着させて、正常位でも騎乗位でもハルをギュっと抱きしめて、常に「好きだ」「愛してる」とアキオの声を聞かせてやれ」

「はい」

「あー・・あと快楽責めの他に、パテルの趣味でかなり水遊びをして泣かされたみたいだ」

「水遊び・・・?」

「そのままだよ。水を使った遊び。つまり浣腸だ。退院前にハルが嫌がったのはその記憶によるものだ。ヴィラではアナルを使うので調教前はだいたい洗腸はするんだが、それとは別でプレイとして浣腸をされてたみたいだ。お湯の他に、牛乳やワインとかを大量に注がれて出すとこを見られる。あと擬似卵を入れられて産卵されられたりもする。今度は逆に下剤を飲まされてるのに排便をなかなか許されず、激痛に耐えさせられていたとも書いてあった。そのせいで、浣腸や排泄にもかなり恐怖心が残ってるんだ」

「そんな事を・・・」
 章夫は苦しそうに眉を寄せていた。

「だからしばらくはセックスの前のケアも、指の届く範囲を自分で洗うぐらいで許してやった方がいいだろうな」

「わかりました」

 一通り説明を終えたが、ハルが浴室から出てこない。

「ハルの奴、まだ上がって来ないな・・きっとお湯で中まで洗えなくて困ってるはずだ。アキオも入って入り口付近だけ洗えばいいと言ってやれ」

「はい、そうします」

 章夫が浴室に消えたあと、10分ほどしてバスローブ姿の2人が出てきた。



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