リレー小説 ファビアン  ACT11前編 担当 タク様&フミウス


 意識の上のほうを風がすべっていく。 

 ――ファビアンが。
 ――ファビアンは。

 何かをしろ、と言われている。からだが抱えられる。だが、意識がついてこない。からだから皮膚だけ持ち運ばれるようだ。

 ファビアンと名づけられた抜け殻だけが、人形のように彼らに従う。

 〔これよりタクさま〕

 ご主人様方のしばしの休息。しかし、ファビアンに休息のあろうはずもない。
 ゆっくりと近寄ってきたアクイラのバーテンダーが、カップを差し出しいっそ優しく言った。

「さあ、ここにミルクを出しなさい」

 疲れきったファビアンが動けずにいると、遠慮もなしにペニスを摘み上げ擦った。そして平然と精液をカップに受けると、

「たったこれだけか。自分では出せないというのなら、搾乳機にかけるという手もあるのだが。まあ、しかしパトリキの皆様のお楽しみの邪魔をしてもいけない。足りない分は、牛から搾った分で我慢していただこう」

〔ここまで〕

 無理に精をしぼりだされ、肉体は本当にへばってしまった。最後の一滴まで奪いつくされた。

 もはや這うことすらできぬ。頭を床から引き上げられず、昏い眠りに吸い込まれていく。

 だが、すぐに鉤をかけられるように魂が引き戻された。
 なじんだ肉体の感覚が手足に戻る。意識がこの次元にぴたりとおさまってくる。
 ふしぎと疲れが消えていた。

 おれは目を開いた。
 まだあの部屋だ。まだ続いていた。
 食器の音が聞こえる。「彼ら」は食事休憩らしい。

「顔に血の気が戻ってきた」

 フミウスがつぶやく。「なんですか? ブドウ糖?」

「仙豆」

 外科部長がおれの腕に何かを注射している。「ちょい大目にしとくか」

「そのほうが親切でしょうね。あっちもうなぎで精力つけてるし」

 ゆるんだ脳味噌にもその相談の意味はわかった。食器の音にまじり、「彼ら」の笑い声が聞こえる。
 おれはうんざりと唸り、家令に言った。

「裏切り者」

 フミウスは眉を釣り上げた。

「わたしがですか」

「ミミズを口に詰めてやればよかった。おまえとはこれきりだ」

 こいつを責めるなよ、とレガテスが言った。

「ファビアン。われわれは仕事で来ている。上からの命令でだ」

「按察官のご命令だとでも言うんですか」

「もっと上だ」

 レガテスが苦笑した。「プラエトル(総督)だ。――身に覚えはないか」

 プラエトル。
 おれは気づき、愕然となった。

(――まさか)

 肺がこわばり、皮膚のなかでからだが浮き上がった。

「ま、待ってください」

「きみというやつは」

 レガテスの目はもはや笑っていなかった。

「大胆不敵な盗人だな。Cナンバーの調教中に色目は使う、勝手に落札させる。プラエトルの手元に落ちてきたパトリキにも手を出していたそうだな。ずいぶん調子にのったもんだ」

「あれは――」

「なぜ、許されるとおもった? ここが法治国だとでも思っているのか。このヴィラ・カプリで、プラエトルの不興を買って、無事でいられると思ったか」

 おれは咽喉をひき攣らせ、あえいだ。
 プラエトルに知られていた。彼はおれの不正を見ていた。見て、黙っていた。

 パトリキにいくら権勢があろうと、気まぐれにスタッフをもてあそべるわけがない。この罠はプラエトルの意志なのだ。

「ペニスを切り取られて、殺されても文句は言えないところだ。犬にされるのはまだマシな処分だとは思わんか」

 頭蓋骨のなかに割れ鐘が響くようだった。

 不正を犯した。目の前の高貴な生贄に恋をした。いつか報いを受けることはわかっていたはずなのに、自分を抑えられなかった。

 ――だが、犬になるのは。

 おれは身を起こし、レガテスの膝をつかんだ。

「おゆるし、お許しください」

「わたしにその権限はない」

 レガテスはすげなくおれの手を払い、立ち上がった。

「それができるのは、あの方たちだ。彼らに媚びるがいい。マイスナー。奉仕しろ。きみをどうするか、審判をまかされているのは彼らだ」

 食卓の人々がしずかにおれを見ていた。




 食器の音が止まっている。
 男たちが面白そうにおれを見ていた。

「どうした。顔が蒼いな」

 さい様がわらう。「部長に元気にしてもらったんだろ? またふてくされて見せたらどうだ。それとも、なんか事情が変わったのか」

 男たちがニヤニヤ見ている。これほどの端麗な男たちが、妖魔のように不気味に、残忍に見えるのはどうしたことだろう。

「かわいいな。ふるえているよ」

 ヴェスタ様の言葉に、からだが小刻みに振れていることに気づく。手に力が入らない。指先が震えていた。
 手で腕をおさえたが、瘧のようにガタガタふるえた。

 プラエトル、という言葉におれは浮き足だってしまった。
 このこぎれいなグールどもに助けてもらわなければ、おれは人間から転落してしまう。

 おれは床に手をついた。
 人々が小さく息を詰めるのがわかる。
 床に手をつき、ひざと手で這った。ばかばかしい犬の姿勢。だが、そのまま、一番手前にいたおサル様のもとまで這っていった。

 白い指が鼻先に伸びる。おれはその優美な指にキスし、

「ご主人様」

 と言った。
 おサル様を見上げ、訴えた。

「どうか、わたしを可愛がってください」

 おサル様は仲間を見渡し、やや困ったように微笑んだ。
 おれは彼の靴に口づけた。すねの上にキスをのぼらせ、膝の内側に唇をつける。

 しかし、内腿に触れようとした時、おサル様はおれのあごを剥がし、したたかに頬を張った。
 顔をはじかれ、おれは思わず見返した。

「なぜ、わたしのところへ?」

 彼の眼は冷ややかだった。「わたしは甘やかしてくれると思ったのかい? わたしがきみのファンで、おちゃらけ者だから? きみはまだ全然、犬になっちゃいないね、ファビアン」

 ヤマ様も言う。

「いたぶれば泣きもするし、言いつけに従いもする。だが、結局のところ、うまくやりすごしてこの場を逃げることしか考えてない。計算高い犬だ」

「ヤマ様、おサル様!」

 おれはうろたえた。「お許しください。わたしは、不慣れで――」

「もっと主人を楽しませたまえよ」

 ゼット様がフォークを浮かせて言う。「犬は自分の都合で媚びるものではないだろう」

「どうすれば」

 おれは必死にすがった。「どうすればお喜びいただけるのかわからないのです。なんでもいたします。いったいどうすれば」

「Dominusさま」とゼット様が呼んだ。

 そちらを見た時、おれは妙なモノに気づいた。
 Dominus様の隣に犬がいた。ゴールデンレトリバーが長い舌をだらりと垂らして、喘いでいた。二匹、いた。

(あれは)

 あれは彼のペットではない。ヴィラで飼われているものだ。
 おれは畏れて、ゼット様を見上げた。ゼット様はデザートの皿から顔をあげず、言った。

「ショーだ。ファビアン」
 



 犬は禁忌だ。うなぎとは意味がちがう。
 おれはすでにキリスト教徒ではなかったが、それでも獣にからだを開くことは恐ろしかった。

「お願いです。なんでもいたします。犬だけは」

 必死にすがったが、Dominus様はおれの首に鎖をつけ、床に留めた。

「この子たちは初心者用に訓練されている。いきなり瘤までつっこんで引き抜くような無作法な真似はしない。安心していいよ。――っと、これはきみのほうが詳しかったな」

 ヴィラには訓練された犬がいる。おれもムセイオンで扱いを習った。
 だが、他人のからだでだ。わが身にけだものの性器を受け入れるのは話が別だ。
 興奮したレトリバーが近づいた。そのペニスはすでに毛皮から赤く突き出ていた。

「わッ――」

 濡れた鼻面が触れた瞬間、おれは思わず犬を蹴り飛ばしていた。
 犬が甲高く鳴き、男たちが笑う。

「こら。動物を虐待するな」

 彼らは食卓から立ち上がり、おれを囲んだ。からだを押さえつけ、尻を突き出させようとする。
 おれはガチガチに歯を食いしばってふるえた。

「いい子にしろ」

 誰かが尻たぶを無理にひらく。犬のせわしない息が触れ、薄い舌がぺろりとなめた。
 おれは電気に触れたように、はじけ、暴れていた。 

 ばかげたことだ。いやがったところで許されるはずがない。彼らをいっそう煽るだけだ。

 だが、生理的な恐怖のために体がひらかない。あらゆる筋肉が骨組みをかたく握り締めて、ほどけなかった。

「ファビアン」

 G様の怒りをふくんだ声がして、股間がこじあけられる。ペニスをつかまれ、髪が逆立った。握り潰される痛みと恐怖に、脳髄が白く灼けた。

「頑固だな。――K様は?」

「ここだよ」

「さっきの小道具貸してくれないか。あのサック」

「もっといいのがある」

 K様がわらった。「ペニス用の鉄の処女だ。もっとも、使った後のことは責任もてんがね」

 鉄の処女とは、あの鉄の処女だろうか。無数の串でからだを突き通す。ペニス用だと? 

「おふたりとも、待って」

 小柄なからだがおれの頭を抱えた。リンデンの香りが鼻をかすめる。wakawa様だ。

「こんなにひきつっちゃって。かわいそうに。――ファビアン。リラックス。リラーックス」

 小さな手がからだを撫でまわす。
 ユキマロ様の声が、脅すよりいいことがある、と言った。

「coco様、来て」

 coco様らしいひざが近づく。

「かわいいcoco様。この子のために、先に犬になってあげてくれないかな」

「もう――。ユキマロさま」

 笑い声がして、答える。「噛んでもいいの?」

 不穏な言葉にぎくりとこわばる。

「噛んじゃだめだ。やさしくマッサージしてやって」

「――いいよ。ファビアン。cocoが先に犬になってあげるね」

 忍び笑う声がした、と思うと、湿ったあたたかい息が股間に触れた。濡れたものがペニスをかすめる。

(あ)

 ペニスの先を細い舌がちろちろと触れていた。蛇を思わせる、細い、淡い愛撫に、はらわたが浮く。
 敏感な先端が、小さなあたたかい唇に含まれる。

 おれは苦しく目をとじた。なじみの甘酸っぱい感覚が早くも疼きはじめる。今日、どれだけ射精したかしれないのに。

 ――じゃあ、これ、と部長の声がする。これで限界だから。これ以上やると死ぬ。

「ちょっと」

 coco様が不意に笑い声をあげた。「集中できないじゃないか」

 だれかcoco様に触れているらしい。

「ビタもリラックスさせたげたい。ビタのファビアン〜」

 じたばたと騒ぐ気配がする。

「ビタさま、ここがあいてるから」

「ホントだ」

 不意に腕をどけられ、ひとの頭が胸に飛び込んできた。
 乳首にぬめったものが吸いつく。

「アッ――」

 小さな電撃に思わず声をあげると、からだの上で男たちが笑った。

「いい身分じゃないか。ファビアン。パトリキふたりに奉仕されて」

「授乳する母犬みたいだぜ」

 頬が熱く火照った。
 乳首にはビタさまが仔犬のように音をたてて吸いつき、ペニスもすっかりcoco様のあたたかな口にふくまれている。

 男たちの目がすぐ近くにあった。男たちが取り囲む下で、おれは快楽に煽られ、喘ぎ、身をよじっていた。

「ハッ――アッ――」

 coco様の頭をどけたかった。もう逐情してしまう。だが、身じろぎするといくつもの手が押さえた。

(アッ)

 尻の間から細いものがするりと入ってくる。それは肛門に侵入した。

「やわらかくなったよ」

 とーる様だろうか。こどもっぽい笑い声が言い、肛門をねっとりとえぐった。
 冷たい。大量の潤滑剤がまきついている。
 指は湿った音をさせ、内から執拗に責め立てた。

 なにか変だ。
 ひどく心地よい。ひどくじれったい。粘膜が快楽にとろけ、ただれるようだ。欲しい。もっと欲しい。

 不意に、ペニスから口が離れた。胸からもビタさまがどく。

(?)

 おれはたじろいだ。からだは熟れきっている。ペニスは腹につくほどに突き立ち、うるさいほど脈動している。
 wakawa様の手がいきなり目をふさいだ。

 小さい足音がしていた。
 おれはバネのように跳ねかかった。途端に多くの手がからだを押さえつけた。

「や――やめろ。――ッ」



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