リレー小説 ファビアン  ACT3後編 担当 wakawa様


茶番が再開された。
 指示された床に座り、私は、今自分に割り振られている役柄について考えた。
(あのとき…!気をつけろ、とイアンに言われた、あのとき。クソッ、もっと詳しく聞いときゃよかった)
 抵抗すべきだろうか?
「喉、渇いてない?」
「はい、ご主人様」
「はい、って?」
「…水を下さい、ご主人様」
 犬の姿勢を取らされるでなく、皿を床に置かれるでもなく、普通にグラス入りの水が差し出される。受け取ろうと伸ばした腕を一人が後ろ手に捻るなり、すかさず別の人物がグラスを口元にあてがう。素晴らしい連携プレイだ。
(シナリオがある)
 不意にそのことに気付いた。さもなければこの人数はまとまらない。
 押し込まれる水が喉にむせる。治まると氷の小片を与えられた。口腔に広がる冷たさが旨かった。
「大切な台詞を言わせ忘れていますよ、ご主人様方」
 奥に腰掛けていた家令どのが悠然と口を挟んだ。「お礼は?アクトーレス」
(アクトーレスと呼ぶな!)
 これをひとつの芝居と考えてみる。台本、テーマ、演出。――テーマ。
 プライドの高い、優秀なアクトーレスを貶めること。
「ありがとうございます」
「聞こえない」
 3度言わされたおかげで、演技することを覚えた。従順なだけではいけない。抵抗のスパイスがいる。
(いけるかもしれない)
 慢心は禁物だが、勝算はあるかもしれない。上手な役者になればいい、難しい役柄ではあるけれども。
「ファビアン、あそこを見てごらん」
 言葉に人垣が開く。見慣れた器具と床のセッティングに、次に起こることを察知する。
「…いやだ…」
 我知らず口走っていた。下腹に力が入る。
「なぜ?」
「…お願いです、どうか」
 絶望を顕わに懇願する。一部は演技でなかったかもしれない。
「引き摺って行かれたい?怪我するよ?」
 左右を挟む加虐者らが腕を取ろうと構えている。
「自分で、行きます」
「そう?では這って行きなさい」
 のろのろと獣の姿勢を取りながら、心の楔を確認する。彼らの目的は私の陥落、だが肉体の服従だけが目的ではあるまい。すなわち、心が墜ちなければ私の勝ちだ。
「安心しなさい、私は慣れている」
 耳元で囁かれ、唇を噛んで目を閉じる。体に力が入るのは仕方がない。
 恐怖を覚えるのも構わない。だが溺れるな。
 這う姿勢のまま、肩を押さえつけられる。長い指が局所にゼリーを塗りつけ、続いて注射器の鈍な先端が入り込む。一気に。
(力を抜け…!)
 直腸が痙攀する。犬はこういう風に感じるのか、とぼんやり考える。重い液体がゆっくり挿入される。私は大きく息をつく。
「…ウッ……」
 先刻の通電の名残で、肛門は液体を完全に留めておくことができなかった。内腿を流れていくぬめりが気持ち悪い。腰が無意識に注視から逃れようとする。捕らえられ、足が大きく開かれた。
 入れたら出るのは当然だ。肉体の欲求が耐え難くなれば、生理的な涙もにじむ。バカバカしい。そこに卑猥な意味を読みたいなら、ご自由になさるがいい。
「お願いです、もう…」
「いいよ、どうぞ」
 社会が隠せと命じるその行為。幼少より植え込まれた不浄の概念。彼らが見たいのは、それらに乱される私の姿。
 ならば見せてやろう。総て台本に描かれた演技の一部だ。
「あまり残っていないね、さっきの失禁のせいかな?」
 体力の消耗は予想以上だった。しばし演技を忘れて休息する。尻にこびりついた残液の感触と、周囲に広がる臭いが不快だ。
(せめて拭いてくれ…)
 不潔な調教は嫌いだ。犬の健康に無駄なリスクを負わせる。
 気持ちが通じたわけでもあるまいが、傍らで手袋をつけ、アルコール布を広げる者がいた。
「……ッ」
 大腿、内腿、尻の周囲から、陰嚢。独特の冷たさに、身がすくむ。2度目の清拭は温布を使って下さった。指が戯れに触れる。暴挙にさらされた肛門は悪戯にも敏感に反応する。気持ちが悪い。腰が揺れる。
「中途半端はイヤか?」
 黙って成り行きを見ていた支配者が、酷く嬉しそうに私を見下ろす。狡猾な表情に一抹の不安が生まれた。危険な罠の存在を肌で感じる。
「では、いいものをあげよう。――おいで」





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