リレー小説 ファビアン  ACT7後編 担当 七瀬様


俺の尻に、原液のままワインを注入しようとしたパトリキの行動は、俺を危うくパニックに陥らせた。
ファンタとはわけが違う。アルコール度数8%の液体なのだ。
胃壁とは根本的に役割の違う直腸は、俺の肝機能の限界などお構いなしに、たちまちアルコールを吸収するだろう。
「冗談だよ、冗談」
からからと笑ったパトリキの声に、俺はぞっと身を震わせた。
絶対、冗談ではなかった。
シルル様がストップをかけてくださらなければ、彼らは確実に……大体、外科部長が真っ先に止めるべきではないのか。
いや、彼にそういう期待は無駄だろう。そもそも、この部屋でまともなモラルを求める方が間違っているのだ。
不意に、「最後の砦」という言葉を思い出した。
ああ、シルル様。今は貴方が俺の最後のとり……
「ワインは50%、2000ccくらいまでが限界です、皆さん」
俺は、自分の耳を疑った。
30%、300ccの間違いではないか。
「結構入るもんなんだねぇ」
「さすが頼りになる。シルル卿」
「これは?」
「ああ、それは1滴でお願いします。2滴入れると彼が帰ってこられなくなりますから」
これ、というのが何なのか分かっているような気もしたが、詳しく考えることを俺の脳が拒否した。
「じゃあ、まあ最初は控えめに、50パーの1500くらいで……」
控えめじゃない!!
早速とばかりに押し当てられた注射器の感触に、今度こそ俺は本気で身をよじった。
「やめろ!嫌だ!嫌だぁあああっ!!!」
「うーん、いい声だ」
「許してください……!許してください!ご主人様!!お願いです!」
最後はすでに悲鳴のトーンだった。
必死にアナルを締めるが、そんなことが無駄だと誰より知っているのは俺自身だ。
涙が、通常の重力下ではありえない道筋を通って流れ落ちた。
「嫌だっ……あっ、くぅ……っああっ……」
一度浸入を許してしまえば、後はもう拒むことは出来ない。
ぬるい液体が体を逆流する感触が、俺を苛む。
恐ろしいことに一気に1500ccを突っ込もうとしたパトリキに、俺は必死で訴えた。
「少しずつです!ご主人様!!しばらく止めて、それから……」
「ふーん、指図するんだ」
「聞きようによっては命令にも聞こえるねぇ?」
「…………!」
その声で、俺は悟った。
一気に入れようとしたのは、わざとだ。だから今度はシルル様も止めなかった。
許しを請おうとした俺は、急激に体中から力が抜けていくのを感じた。
強張っていた足首からも、力が抜けていく。
全身で間接がきしむ音がしたが、体がとても楽になった。
(ア……アルテナ、か……くそ……)
外では別の名前が付いているが、ヴィラではそう呼ばれている催淫剤だ。
どれだけの量のワインが入ったかは分からないが、唐突に注射器が抜かれた。
「とりあえずこれで。こぼしたら……どうなるか分かってるだろうね、ファビアン」
「はっ……ああっ……あっ……」
虚ろになりかけた意識の中、俺はどうにかアナルを締めた。
腹が張って苦しいはずが、今の俺にはそれさえも官能を呼び起こすスイッチにしかならない。
返事をすることもできず、規則的に息を吐くたびに、耳をふさぎたくなるような声が漏れた。
どんな不感症の人間でも、この薬に逆らうことは出来ない。
本当に1滴で済ませてくれたのだろうか。スポイトで入れるあの薬は、慣れない者がすると、間違って沢山入れてしまうこともある。
「参ったな。もともと逆さまになっているから、勃っても変化がわかりにくい」
「でも、確かにほら、硬くなってきている」
つ、と陰茎をなぞられ、俺は体中を駆け抜けた、暴力とも言える快感に悲鳴を上げた。
「ひっ……!」
「あれ?」
もう一度、同じ動きでなぞられただけで、俺はもう限界だった。
「あっ、やめ、ああっ……」
びくん、とペニスが脈打ち、俺は殆ど触れられてもいないのに達していた。
自分の放った白濁は、大部分が腹を伝ったが、一部は俺の顔にかかった。
「ああ……君の黒い肌には、この色が本当によく映えるね」」
もう、消えてしまいたい。
居たたまれなさに俺は声を殺して泣いた。
その間にも、新しい欲望が頭をもたげかけていた。
「お尻からこぼすまいとするあまり、こっちに気を抜いていたんだね」
「これは……お仕置きかな」
お仕置きという言葉を聞き、体の芯がじんと甘くしびれるのを感じ、俺は愕然とした。
おかしい。いくらアルテナでも、ここまで狂った効果があるはずはない。やはり量を間違えたのか……
「それにしても一人でイってしまうとはね。随分よく効く薬だ」
「流石はヴィラ・カプリ」
「ありがとうございます。臨床段階に入った新薬がお役に立ったようで、嬉しいですよ」
とんでもない言葉を聞いた気がしたが、俺の頭はすでにその意味を考える能力を失っていた。
「我慢の出来ない子にはお仕置きだ」
コックリングを嵌められ、俺の欲望が堰きとめられる。
行き場を失くした拷問のような快楽が、凶器となって全身を内側から蝕んだ。
大きく開かされたままの脚の内側を、無防備なわき腹を、すっかり硬くなった乳首を、沢山の手で一度に撫で回される。
「ふぁっ……あぁあっ!あっやっ……!嫌だぁああっ!も、やめ……ひぁっ……うあああぁあっ!!」
もう、誰の手かなど分からない。
泣き喚く俺は、身を捩りながらも必死で尻穴を締めた。
それが、主人達を恐れたためなのか、快楽の薬が入ったワインを逃すまいとしたためなのかは、俺にももうわからなかった。



気を失った一瞬に、ワインをこぼしてしまった。
硬い腹筋は、俺の意思を離れた途端に、本来の形に戻ろうとしてワインを押し出したのだった。
体中を伝うワインのあっさりとした感触に、異物が混じっていないことを感じた。
もう、俺の腹には何も入っていない。空っぽだ。
さっきの鰻のランチが消化されるまでは、これからどれだけ腹を洗われても、異物が混じることはないだろう。
それを好む主人も多いが、物足りなく感じる主人も同じくらい多い。
彼らの中にはどちらが多かったか……鈍った頭では考えることは出来なかった。
ワインを舐めようと俺に群がった数人を、すかさず別の男の声が制した。
「ああ、皆さん。そのワインは舐めちゃ駄目だ」
「どうして?もったいない」
「く・す・り・入・り」
言い聞かせるように、一字ずつ区切って発音する声は、ひどく官能的だった。
「そうだった……うっかりしていた」
「けど、もったいないですねぇ……」
「じゃあ、今度は混ぜ物無しでやりますか」
俺の体制では彼らの顔などろくに見えるはずもないのに、にやりと笑った顔が見えた気がした。
パトリキ達は俺を囲んで、また短い相談に入った。
彼らは大人数だが統率がとれていて、恐ろしく息がぴったりだった。
アクイラでどれだけ親密な時間を過ごして来たかがうかがい知れた。
あっという間に、相談はまとまった。
ワゴンの上には、まだヴィンテージのボルドーが何本か残っている。
俺は彼ら全員分のワインをはき出すまで、散々下の口からワインを飲まされ続けた。




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