リレー小説 ファビアン  ACT8前編 担当 かおる様


 直接直腸から吸収したアルコールによる酩酊と、媚薬で高められ続けた疲労で朦朧としていた俺は、拘束を解かれて転がされた床の上より、視界の隅に緩やかに立ち上がった人影を捕らえた。あれは……Kと名乗っていたパトリキか。先程からずっと、頬を僅かに紅潮させ、落ち着かぬげにスーツのポケットからミント・タブレットのケースを取り出しては中身を掌に落とし、口腔へと放り込んでは噛み砕いていたのは気付いていた。苛烈な責めを好まない東洋人と聞いていたが、以前Cナンバーを付けて服を脱がせてみれば、ボディピアスなぞを着けたM気質の男で、ヴィラに現れるのは、時折熱病のように沸き起こる、サディスティックな衝動を収める為だと言っていた。静かに道具類の置かれた場所へと向かう、俺から見ればかなり小柄な彼を、周囲はあまり気にしていないようだ。
 彼はワゴンを覗き込み、そこに納められた小道具を物色していたが、ふと気付いたように内線電話を取り上げ、何かを注文始めたようだ。こんな場所でお気楽にも軽食でも摂る積もりなのだろうか。電話を切ると、幾つかの道具を取り上げ、銀のトレイに乗せて棚に向かう。その後姿を見ながら、これで一時の休息が取れると喜んだ俺の期待は、その僅か後に裏切られる事となる。
 棚に向かったK様は、一本のしなやかな乗馬鞭を手にした。それは割と軽量の物で、皮膚が少しくらい裂けようと、筋肉や内臓までも傷つけるほどの破壊力は無いものだった。彼は手にした鞭を一閃し、ヒュンと空気を切り裂く音を立ててその感触を確認し、ゆっくりと俺の方へと歩いてきた。この頃になって漸く、この少し前のワイン責めで意識を飛ばしかけた俺に一時興味を失っていたような他のパトリキ達も、彼の動きに注意を向けたようだった。
「起きて。もう意識は戻っているのだろう?」
 のろのろと身を起こした俺の目の前に置かれたトレイには、小振りのローターが幾つかと、細身のバイブレーター、潤滑用のゼリー、サージカルテープが乗せられていた。こんな小さな物を入れられた処で、今更さほどのダメージも感じないだろう。そうして、もう一方の手には、華奢な乗馬鞭と、ある程度の長さのある鎖で繋がれた革の足枷。鎖の長さは、普通に歩く程度の歩幅なら問題ないが、走ろうとすると足を取られる長さの余裕。今更こんな物を着けられなくても、これだけの人数を振り切って逃げきれるだけの体力は、私には残っていないだろう。
「いつぞやは、楽しませてもらったね。ありがとう。今日は僕からそのお礼を……」
 俺の目の前に膝をついて座ったK様は、嬉しそうに笑って足枷を装着した。さほど締め付けられもせず、この状態では不自由も感じない。そうこうする内に、先ほど内線電話で注文したらしい品が届けられた。ロックアイスが山になったアイスペールと、ボトル入りのミネラルウォーター、それにグラスは一つ。そして何故かタバスコの小瓶。ピザだかパスタだか、何を注文したのかは知らないが、料理はまだ届いていないようだ。K様はロックアイスをカラカラとグラスに入れると、ミネラルウォーターを注ぎ、暫くグラスを揺らして涼しげな音を楽しむと、一口含んで嚥下し、美味しいと微笑んだ。喉が渇いただけなのか? 何だか良く訳の分からない奴だ。
「ねえ、犬の務めって何だか分かっているの? まずご主人様達を楽しませる事だろう? 自分ばかり気持ち良くなっていて、どうするの? 犬が犬らしくなるための躾が必要だね。まずは……犬は犬らしく芸をして見せて。そうだ……ちんちん!」
 K様がグラスをトレイに戻して俺を見据え、命令した。この程度で今まで以上に俺のプライドを踏み躙れると思っているのか? 馬鹿馬鹿しい。その程度の事ならば、流石に喜んでという訳には行かないが、してやるさ。俺は疲労で重くなった身体をゆらりと動かし、ぺたりと尻を床につけて、膝を立てた脚を引き寄せ、軽く握った手を肩口へと持ち上げて、犬の芸の真似をしてやった。全く以って下らない。
「お利口だね」
 K様の手は俺の頭を撫で、そのついでというように額を強く押した。力の入らなくなってきている俺の身体は、情けなくもゴロンと背中を床につけて仰向く体勢で転がってしまった。
「そのまま……もうちょっと膝を開いて」
 開脚を促すように、俺の膝の内側に軽く乗馬鞭が当たる。それは強い痛みを感じさせない程度の接触で、単に開けと促しているだけの物。鞭の振り幅に合わせるように開いた膝に満足したか、K様は鞭を置いた。そのあまりに無防備な姿に、俺を取り囲むような人垣が出来上がった。
「そう。その姿勢のまま動かないでね」
 この姿勢では、下肢の奥まで丸見えだろう。幾度も色々な物に蹂躙されて紅く熟れ、しっかりと閉じることが出来なくなった後孔まで、全てが視線に曝される。普段の俺なら屈辱に震えたかも知れないが、こんなにも、自分でも嫌になるほどの醜態を晒し続けた今日に限っては、もうそんな羞恥心も気力も鈍っていた。
「ねえ、SとMは紙一重の裏表、って本当かな。君はこうされて気持ち良くなっているんじゃないの? ねえ。こんなに嬉しそうに涎を零している」
 傍らでK様のする事を見ていたぱすた様が、堪え切れなくなったように手を伸ばしてきた。指先で俺のペニスの先端を突くと楽しそうに笑い、指先を濡らした蜜を舌先で舐め取った。まだ媚薬の作用の残る身体は、この程度の刺激でも過敏に快を覚えてしまう。
「犬の分際が、ご主人様達の前で、はしたないだろう?」
 K様はニッコリと、芝居じみている程に優しげな微笑を浮かべると、スーツのポケットに手を入れた。取り出された物は、紅い革製の、ご丁寧に内側にびっしりとピラミッド型の鋲が埋め込まれた、先端が露出するタイプのペニスサックだった。それを一頻り見せ付けるように俺の目の前で揺らした後、楽しそうに装着を始めた。既にかなり痛めつけられたペニスは、内側の鋲の先端が当たっただけで重く疼き、奥歯を噛み締めてもくぐもった呻きが零れてしまう。K様は口角だけで笑んで、ベルトをきつく締め上げて、装着を完了した。そこまでの作業を完了すると、どうぞ、と言う様に周囲にいたパトリキ達へと上向けた掌を差し出し、滑らせるようにした。幾つもの手が無防備な犬の姿勢で床に転がる私に伸ばされた。甚振られ続けて色づいた乳首を、抓るように引っ張られ、新たな痛みと快にくぐもった呻きが零れてしまう。
 心臓が鼓動を刻むごとに、ペニスも疼く。気持ちの悪くなるような苦痛に眉を寄せている俺に、K様が危険な甘さを孕んだ声で話しかけてきた。
「辛い? 舐めてあげようか?」
 彼は俺の股間に顔を埋めると、締め付けられたために色を変えたペニスの先端を、差し出した舌先で舐め始めた。チロチロとした舌先の動きに煽られ、甘い快が腰を満たして行く。奇妙な涼感を覚えたのは、奴が先刻から噛み続けていたミント・タブレットの名残なのだろうか。その不思議な感覚の刺激に、悲しい性で反応してしまった物は、きつく巻きつけられたサックに阻まれ、重い苦痛をもたらされる。
「動くなと言われただろう?」
 快と苦痛の狭間で痙攣するように動いてしまった俺の足裏に、七瀬様の振り下ろした鞭が当てられる。皮膚が裂かれるほどのダメージは無いが、的確に痛点を狙われたため、それなりの激痛が走り抜けた。その激痛から逃れようと、無意識に動いた足の裏をもう一度鞭打たれる。反射的に竦んだ身体は、肩口に留めていた手を強く握り、痛みから庇うように背が丸まった。その握り締めた指先、爪の際に鞭が飛ぶ。
「ぅあぁぁぁッ!」
 爪が弾き飛ばされたのではないかと思うほどの激痛に、掠れた悲鳴が迸るのを止められなかった。恐る恐る見れば、爪はまだ俺の指先にあり、ただ、その根元が赤く腫れているだけだった。神経の集まった場所だけに、感じる痛みも大きいという訳だ。しかし、身体が苦痛に竦んだせいか、下腹部を満たす疼痛は僅かに軽くなったようだ。
「もう一度言うよ。その姿勢のまま、動かないで」
 K様は俺の下腹部から顔を上げると、濡れた唇を舌先で舐めながら、ゆっくりと静かな声で命令を繰り返した。その手が氷水のグラスを取り上げ、また一口含んで嚥下すと、good、と呟いてまだ中身の残ったそれを掲げた。
「ヒッ!」
 氷水がペニスの先端に降り注ぐ。ミントの刺激の残った其処に、突き刺されるような冷たい痛みが走り抜けた。痛みへの反射で丸まろうとした俺の身体。その足裏と手指にまた鞭が一閃する。思わず閉じた瞼裏に、華やかな閃光の幻影が見えるようだった。
 K様の手はグラスをトレイに戻し、氷と水をその中に補充すると、今度はタバスコの瓶を取り上げた。指先が小さな蓋を外す。それを何に使うのか、嫌な予感を覚えた刹那、彼はその中身を自分の舌の上へと落とした。辛そうに眉が顰められ、見ている俺の方までその辛さが連想されて、同じ表情が伝染する。
 K様は舌の上にタバスコを乗せたまま、暫く唾液と絡ませて、再び俺の下腹に顔を埋めてきた。痛いほどに冷たく冷やされたペニスの先端に、暖かな感触が這う。
「ヒッ…グ……」
 暖かい、などと暢気なことを考えられたのは、ほんの数秒の事。直ぐに激痛とも言って良いほどの熱感がペニスの先端を灼き始める。
 既に痛めつけられた過敏な粘膜は、新たな唐辛子の刺激に悲鳴を上げていた。痛い……痛い……。そこを庇うように身体が丸められる度に、足裏と手指に容赦なく、けれど大きな傷にはならない程度に鞭が振り下ろされた。
 K様は俺の尿道口にタバスコ混じりの唾液を塗りこめると、顔を上げて先ほど注ぎ足した氷水を含み、舌先を洗うように僅かに口元を動かしてから嚥下した。そして……またミントのケースを取り出すと、誰か、というようにそれを掌に載せて差し出し周囲を見回した。そのケースを、理解したとばかりにビタ様の指先が優美に摘み上げた。カラカラと軽やかな音を立てて、小さなタブレットがビタ様の掌に落ち、口腔へと放り込まれた。『ずるい。僕も』とシルル様がそのケースを奪い、同様にタブレットを振り出して口腔へと放り込んだ。
「うぁぁ……ッ!」
 二人がミントを口腔へと放り込むのを待って、K様はアイスペールのロックアイスを一つ摘み上げると、オレの乳首に押し付けてきた。微細な無数の針を刺し込まれるような激痛と言っても良いほどの刺激が、神経の集中した小さな突起に集中し、いつの間にか堪える事を放棄してしまった悲鳴が、喉を軋ませて迸り出た。何時しか氷はぱすた様の手に移動していた。両方の乳首に押し付けるようにロックアイスを擦りつけ、冷え切ったそれがツンと尖ったのを見て、満足そうに溶け残った氷をトレイに直に転がした。そうして……まだ濡れたまま、色づいて尖り勃っている冷たい乳首に、ビタ様とシルル様の唇が下りてきた。刹那感じた体温は、直ぐにミントの冷感へと摩り替わってゆく。突き刺すような冷たい錯覚は乳首から背筋へと走り抜けるうちに甘い快へと変わり、灼けるような痛みに竦んでいたペニスをも脈打たせ……。再び肉に食い込んだ鋲に、俺は新たな苦痛を齎されて奥歯を噛み締めていた。
 トクン、と脈打った途端鋲が肉を食み苦痛を生み、けれど零れた蜜が塗り込められたタバスコを僅かに流し……。尿道口の苦痛が僅かに弱まるごとに、乳首を冷たく感じる舌先で舐められる快がペニスをも満たし、それ故に鋲がその幹を苛む。快と苦痛の狭間で揺れている振り子のような無限連鎖……。達する事の出来ない身体は幾度も痙攣し、その度に俺の意思とは関係なく、跳ねるように蹴り上げられる足指裏に、七瀬様の鞭が飛び、枷を繋ぐ鎖が軋んだ音を立てた
 交代しよう、と言うようにK様が乳首に舌を絡ませていた二人に合図を送り、蜜を滲ませて震えているペニスにもう一度氷水を滴らせた。灼けつくような激痛が錐を刺されるような冷たさで一気に流された。
与えられた冷たさが消える前に、ビタ様とシルル様は口腔にもう一度ミントを放り込むと、俺の下腹に競って顔を埋めた。冷たい刺激が尿道口からペニスを突き抜けて行く。敏感すぎる場所を刺激され続けたペニスは、否応のない快に息衝き蜜を零す度に重苦しい疼痛が其処を満たし、更に快を煽るように、零した蜜を二人の舌先が愛を交し合うように濃密に絡んで舐め取って行く。
 同時に、俺の乳首には氷水が落とされ、もう一度タバスコを補充したK様の舌がその後をなぞった。今度は乳首に灼熱の痛みが訪れる。考える間もなく、反射的に塗りつけられた唾液を拭おうとした俺の手の、爪際の薄い皮膚に、七瀬様の鞭が落とされた。迸り出た軋んだ悲鳴は、もう誰のものかも判断出来ないほどに惑乱していた。
 この頃には無数の手が伸び、俺の身体を這い回っていた。タバスコ塗れの舌が絡んでいない方の乳首は、その刺激でジンジンと痛んだまま、摘み上げられ、捻られ、抓られ続けた。
「ヒァっ!」
 既に幾度も蹂躙された後孔に触れた、ぱすた様の滑る指先に、知らず短い悲鳴が零れた。そろそろ触れられただけで痛みを感じるほどに腫れた襞を宥めるように塗り広げられ、更に体内へと挿し入れられて内側にまでたっぷりと塗り込められた。悪戯な指はわざと前立腺を強く擦り上げ、狂おしいほどの快を引き出そうとする。同時にペニスが歓喜して脈打ち、鋲が肉に食い込む苦痛に嫌な汗が滲む。散々悪戯を仕掛けた指が引き抜かれるのと入れ替わりに、ぬるりと小さな硬いものが押し込まれた。トレイに乗せられていたローターの一つだろうと見当は付いた。さほど大きなサイズの物ではなく、俺の身体は難なくそれを受け入れていた。
内壁が異物を認識して、反射的にそれを押し出そうとざわめく。其処に、新たなローターが押し込まれてきた。僅かに圧迫感が増した。



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