リレー小説 ファビアン  ACT9前編 担当 さい様


――いくら常人超えのファビアンだって不死身ではないんだから。

 鼓膜をくすぐる己の名に、霧散していた意識が反応する。
 耳に馴染む心地の好い声――外科部長?

 ファビアンって『超人超え』なの?
 『常人』って言ったんだよ。
 どちらかって言えば『鉄人』のが良くない?
 鉄人ファビアン?
 ムロフシ?
 
 くすくすくす。

 複数の男達の話し声が膜を隔てたようにどこか遠く聴こえる。
 暗い洞窟、ランプの灯りの下でひそひそと密談するノーム達の姿が浮かぶ。
 人ではない者達の会話は禁忌。
 人の身である自分は触れてはいけない――

 この世との隔離を決め込んでいた意識は、肉体の苦痛にあっさりと引き戻された。
「……な――」
「あ、気が付いたファビアン?」
 視界に飛び込むたくさんの情報に脳の処理が追い付かず、しばし呆然とする。
 広げられた脚の間にいる男と目が合った。
 それが誰なのか、置かれている状況が、その状況の異常さが、酸素と血液に満ちた脳に染み渡り、途切れた記憶を呼び起こす。
 ぱっと視界に捉えられるだけで20人は下らない数の男達。
 手を伸ばせば届く距離にいる者、一歩引いている者、部屋の隅で椅子に腰掛けてゆったりと眺めている者……

 グールだ。ノームなんかじゃない。
 こいつらは俺を喰らう食人鬼達だ――



「おや、顔色が優れないようだね。まだ寝てるといい」
「一体何を……」
 一糸まとわぬままの俺の脚の間に入るパトリキに尋ねた。
 想像はつく。ロクなことじゃない。尋ねるのも馬鹿馬鹿しい。けれど黙って享受する気にはなれない。展開が読めないのは何よりも怖い。
「何ってカテーテルだよ。君いつ意識が戻るか分からなかったし。いい大人が寝たまま粗相はしたくないだろう?」
 オムツしても良かったんだけど、それじゃあファビアンのイイトコロが隠れてしまうしねと、端にいた何人かがくすくすと笑っている。
 子供じゃあるまいし寝小便などするかと苦々しく思いながら、「もう目覚めましたので……」ダメ元で言ってみる。カテーテルの挿入はまだ途中のようだ。
「気にしない。黙って寝てていい」
 パトリキの手は止まらず、萎えたペニスを鷲掴みにしたままシリコンの管を押し込んでいく。あまりの痛みに俺は飛び上がりかけた。
「ペニスが立派なのはいいけど、尿道が長くてこーゆー時は大変だねぇ」
「痛くないの?」
 痛いに決まっている! 今までそんな所に物など入れたことなどないのだから。大体その太さは何だ!? 28Fr.? 否、それ以上だ! まず普通使うサイズじゃない!
「キシロカインゼリー塗ってるから大丈夫だろ。ほら、滑る滑る」
 今まで挿入されていたカテーテルがいきなり引きずり出された。パトリキは上下に抜き差しを繰り返す。ゼリーの滑りがあるとはいえ、尿道を限界まで押し広げるサイズの管に内側の粘膜を激しく擦られる。そこから真っ二つに裂かれてしまいそうな錯覚に、俺はたまらず悲鳴を上げた。
「やっぱり痛いんじゃないか?」
「いや、気持ちいいのかも知れない」
「それじゃあ違うのが出ちゃうかもね」
 周りを囲むパトリキ達が好き勝手なことを言い合う。G様とビタ様だ。
「尿道を傷付けてもいけませんし、その辺で」
 coco様が苦笑しながらやんわりと止めに入った。
「そうそう、そっちだけで楽しんでないでくれよ」
 直接輪には加わらず、部屋の端で見物を決め込んでいるパトリキからも声が上がった。
「いや、済まない。ウチのだと無茶出来なくってつい」
 自分の犬には出来ないことを俺には遠慮なくするってことか。
「だから犬は若くて丈夫なのにすればいいのに」
 たとえばスポーツ選手――サッカーとかいいよねぇと、ユキマロ様がうっとりと恍惚に浸る。
「いや、情の問題でしょ? 基本的に性格はSなのに、どーゆー訳か自分の犬にはその手腕が振るえずにいらっしゃる」
 くつくつと笑うのは七瀬様だ。
「耳に痛いことを。けどウチのは基本的にMではないんだよね」
 カテーテルを手にしていたパトリキが照れ臭そうに笑う。俺だってMではない。ましてや犬でもない。だがそれを叫んだ所で笑われるだけなのは十分分かっている。

「失礼、では始めましょう」
 パトリキはカテーテルの挿入を再開した。俺はただ奥歯を噛み絞めるしかない。体を拘束されている訳ではないが、今俺に出来ることはただ耐え、この人ではない者達の饗宴――もとい狂宴が終るのを待つだけだ。
「頭が下がってると気持ち悪いよね」と、ヤマ様がご丁寧に枕をかってくれた。ありがたすぎて涙も出ない。お陰様で己の痴態が良く見えるようになった。
 体内を潜るカテーテルは前立腺の抵抗を抜けると、後は意外にも簡単にするすると滑りこむ。膀胱に入ったらしい。すぐにカテーテルの中を温かな淡黄色の液体が流れ出す。パトリキは尿器の代わりにかおる様の使っていたグラスに管を差した。
「結構出るね」
「さっき水飲んだし」
 何気なく交わされる会話、数百ドルはするグラスを湯気をたてて満たしていく己の排泄物を目の当たりにし、俺の顔は熱くなった。
 自分の意思ではどうしようもないと分かっていても羞恥は拭えない。
 今更と何度思ってもそれは変わらない。
 生きる上で当然の行為とは言え、本来排泄は秘匿するものであり、強制されるものではない。ましてや食器を穢すなんて食という尊い行為に対する冒涜でしかない。
 ――何を今更。
 もう何度目かも忘れた感情に俺は目を閉じた。

「ここから赤虫入れたら楽しそう……」
 ぽつりと聴こえた恐ろしい言葉に俺は飛び起きた。バルーンを膨らまして抜けなくなったカテーテルをきれいな指先でなぞっているRay様が声の主のようだ。
「赤虫って何?」
「イトミミズのことじゃないか?」
「赤虫はボウフラ。イトミミズとは別。どっちも熱帯魚の餌だけど」
「ミミズって言えばアレはエグかったよなぁ」
「風呂ね」
 不安の的を射抜いた言葉に俺は冷や汗をかきはじめた。
「暫く麺類食べられなかった」
「だよね? それで帰りのスカマーク・エアラインズでは『ぱすたでスカ』だろ? トラウマになるかと思った」
「ミミズでエグい風呂って何?」
 顔を顰めながら言葉を交わすかおる様、とーる様、舞火様におサル様が小首を傾げて尋ねた。
 股間のピーちゃんとスーパーひとし君(蛍光色)も同様に首を傾げている。
「おサル様知らないの!?」
「ってゆーか、おサル様ってCナンバー調教受けてないんじゃなかった?」
「そうそう! ヴィラ始まって以来唯一で、絶対無二のおサル様伝説!」
「いや〜照れる」
 感嘆の声を上げる3人の視線を一身に浴び、おサル様は恥ずかしそうに頭を掻く。
 ――そーだ……おサル様は俺の調教を受けてないじゃないか。
 それなのにちゃっかりとこの場に、Cナンバー調教の恨みとばかりの連中に紛れ込んでいるのか!? いや、アレでも古参のパトリキだしなぁ……それともCナンバープランを何度も実行出来ずにいる恨みか!?
 もし視線がレーザーなら、おサル様の頭部には煙を上げて無数の穴が開いているだろう。
 それ位の眼力で俺はおサル様を睨みつけた。だが本人は蚊の刺す程にも感じていないらしい。ぽりぽりと、時々後ろ頭を掻く姿さえ憎らしい。
「おサル卿と違って無傷って訳じゃないけど、私もミミズは知らない。さっきも話に出たけど一体何?」
 その声に続いて何人もが頷いた。そうだ、強情なパトリキばかりではなかった。
 素直で従順であれば惨い目に遭わずに済んだのだ。
「ミミズ風呂って言うのは――」
 3名の説明におサル様をはじめ、聞き分けの良かったパトリキ達が耳を傾ける。
「へぇ――それは確かにエグいなぁ」
「考えただけで鳥肌立つ」
 説明を受けたパトリキ達は顔を顰めたり身震いをした。
「けど……面白そう」
 黙っていた一人が口を開いた。
「ここにはあちこちに水槽あるし……ねぇ?」
 好奇心は瞬く間に伝染する。
 弱った獲物を集団で襲う狩猟本能にも似た――もといそれを凌駕した加虐の焔だ。
 体の内側にぬめぬめと蠢く小さな蟲を入れようと言うのだ。さっきのウナギのぬめりを思い出して俺は総毛立った。
「水と一緒に入れればすぐは死なないだろうね」
 俺の頭から再び血の気が引いていく。ウナギは大きい代わりに水から上がったり絞めつけられたら弱った。だが今度は違う。
「もう、悪い冗談は止めてよ。ファビアンがまた気絶しそうな顔してるじゃないか」
「そうそう。思い付きで行動すると計画は破綻する」
 じゅら様が俺の頭を胸元に掻き抱き、G様が冷静に諭す。
「ついでに申し上げるとヴィラで使用のミミズは無菌養殖物です。熱帯魚の餌まではそうはいかないのでどうかご勘弁下さい」
 申し訳なさそうにフミウスも口を挟んだ。どこか頼りな気なフミウスに困った顔をされると、さしものパトリキ達も大人しくなる。
「そー言えば日本人はミミズ煮て飲んだりバーガーにしたり、尿をかけてペニス増大させるって本当?」
「ア、アンタ、何さらりと失礼なこと言ってるんですか――!?」
 フミウスが口を開いたのがきっかけか、外科部長も口を開いた。フミウスは血相を変えて突っ込む。
「あー、地竜湯のことですか? 熱冷ましに効きますよ。バーガーはそんな都市伝説ありましたけど、実際考えればコスパ悪いし、ペニス増大は……知りませんねぇ」
 あるパトリキが平然と、丁寧に答えた。
「じゃあミミズは置いといて、元はと言えば計画だ。破綻も何もこの辺詳しく知らされてないんだが。さい様曰く『強制排泄』って、まさか導尿止まりってことは……ないよねぇ?」
 良く通る声が意味深に語尾を上げる。ゼット様だ。
「ご安心を。これからですよ」
 今まで黙っていたさい様が歩み寄ってきた。ヴィラ内では比較的珍しくない医療プレイ好きの一人だが、どこか歪んでいる。
「これなーんだ?」
 さい様の手にはてのひら大のアルミパックが二つあった。
「……10秒飯?」
「10秒飯? ――ああ、ごはん1杯分のカロリーのゼリー飲料ね」
 小さなどよめきが起こる。国柄もあるが、豪勢な食事が常であるパトリキ達の中にはそれを知らない者も多い。
 そう言えば初めここにいたのは日本人のパトリキだけだったのに、いつの間にか他国の人間達まで部屋につめかけ、調教プログラムとしてはありえない人数になっていた。
「大体正解。正確には外科部長監修、ぱすた様プロデユースにより開発されましたヴィラ特製のゼリーです」
「ゼリーって言っても、正しくは寒天なんだけどね。カビや雑菌が繁殖しないよう無菌の寒天ベースでね……」
 エヘンと、外科部長は意味もなく胸を張る。
「商品タイトルはまだ未定。『ぱすたでスカ』を超えるネーミングが浮かばなくて」
「ひどーい、何コソコソとやってたのさ」
 最近僕のこと放ってると思ってたらそんなことしてたんだと、ぱすた様の言葉にシルル様は小さな唇を尖らせて頬を膨らませた。
「いや、シルル様のプリ尻は変らず魅力的で1日中でも撫で回していたいけど、商品開発って楽しくて……」
 慌てて甘い声でご機嫌を伺うぱすた様をよそに、
「これ食べても平気?」
 説明の途中でwakawa様がまだ未開封のパックを手に尋ねた。
「全然問題なーし」
 外科部長が即座に返事をする。外科部長が絡んだ品を疑いもせずに口にするとは見かけによらず剛の者だ。食欲魔人の異名は伊達ではないらしい。そう思ったのは一人や二人ではないだろう。フミウスなど必要以上に汗をかいている。
「あ……!」
 wakawa様の上げた小さな声にフミウスは顔面を蒼白にした。
「美味しいですか?」
 フミウスの不安を余所に、ランチ様が無邪気に尋ねた。フミウスはと言えば、その細腕には似付かわしくない力で外科部長の襟元を締め上げている。外科部長が「お花畑が見える……」と小さく漏らしても「埋まってしまえ!」と暴言を吐いている。
「なるほど……ふふふ」
 濡れた唇を舐めながらwakawa様が意味深に笑う。
「で? それをどうするんだい?」
「これをね、こーする訳」
 さい様はアルミパックの口をカテーテルに差し込むと、思いっきり握り潰した。

 ぎっちりと尿道に食い込んだカテーテルの中を、冷たいゼリーが流れて行く。
「……ひゃっ! ぅあ、ああぁ――――!!」
 体温を奪う半固形の冷気の逆流。チューブを抜けた中身は空になった膀胱をジュブジュブと重く満たしていく。
 今まで味わったことのない感覚、誰も触れたことのない体の中、温かな未開の地を、冷たい軟体動物に侵されていく。
 怖気て背筋が痺れる。たまらずに俺は仰け反った。両肩を押さえられていなかったら飛び起きたに違いない。
「や、冷たい――――」
「はい、これで終わりだから我慢ねー」
「えー、もう終わりー?」
 2つ目のゼリーを入れてる最中に、外野から不満気な声やブーイングが上がる。
「これでも300ml以上入ったんだけどねぇ」
 さい様が苦笑する。缶ビール約1本と考えればかなりの量だ。現に俺は尿意に襲われ始めた。無意識に内股同士を擦り合わせる。
「あれ? 何をもじもじしてるんだ?」
 俺の変化に気付いた目敏いビタ様がとぼけた声を上げた。
「どうしたのファビアン?」
 意図は瞬く間に周囲に伝わる。
「……漏れそうです……出させて下さい……」
「何が? 大丈夫、漏れないよ。ちゃんと留めてあげるから」
 カチカチと、鋏の形をした鉗子を鳴らして弄んでいたパトリキの一人に、体内まで差し込まれたカテーテルをしっかりと挟み留められてしまった。これではどう足掻こうと出すことは出来ない。
「お願いします――外して下さい! 熱い!」
俺は声を荒げた。冷たいゼリーに満たされた腹の中が今度は燃えるように熱くなった。膀胱の粘膜を内側から焼かれているようだ。内側から粘膜を刺激する尋常でない冷涼感――それはすぐに灼熱へと変った。
「熱いって……何かいいモノ入ってるの?」
「別に。ただのメンソール」
 さっきも散々味わったんだし何を今更と、にべもなく言い捨てられた。
 媚薬の類いではないらしいが、それすら救いにはならない。
「熱い、ああ!」
「――だってさ。どーするの?」
「そのうち慣れるよ」
 尋ねられたさい様はただ笑っている。
「……まだ何かあるんだね」
「私も300って量が気になるんだよね」
ヴェスタ様の言葉は俺の懸念でもあった。確かにかなりの尿意を感じるが、人体の構造としては本当の限界と言う量ではない。それを知らない訳ではないはずだ。
「秘密主義も過ぎると嫌らしいよ」
ぱすた様と目配せして意味深に笑うさい様に敏様がわざと拗ねてみせる。
「それでは山田君ー、例のアレ持って来て〜」
 ぱすた様の声に、赤い着物姿の男が現れ、大きなガラスボウルを手渡すと、素早く消えて行った。
「……今の何?」
「影武者かなぁ」
「それにしては随分派手だったよ。真っ赤だったし」
「赤影って奴じゃない?」
苦しむ俺を余所に、パトリキ達の意識は謎の男に集中した。
「はい、山田君に興味のある方は後でフミウス様にご相談ってことで。まずはこちらをご覧あれ」
 ぱすた様はさい様にボウルを持たせると、パンパンと手を叩いた。
「それ何?」
手前にいたナルシスもかくやと言った美麗のパトリキが訝しげに覗く。その言葉に注意を向け始めた一部のパトリキ達から驚嘆、次いで笑いが漏れる。
 ガラスボウルの中にはオレンジや緑、白に黄色と言った色とりどりの、ゴルフボール状の何かが山盛りになっていた。

「あー、ご存じないかなぁ。玉こんにゃく」
「コンニャク?」
「イエス! ジャパニーズナチュラル&ヘルシーフーズ!」
ガラスボウルの中身は――この場にいるパトリキ達の多くの関係国である極東の島国でしか馴染みのないものだった。
「コンニャクは知ってるけど……私が懐石で食べたのはもっと薄くてぴらぴらしていた」
「刺身コンニャクね」
「私も食べたことある! アスファルトみたいな色の三角で、もっと大きかった! 卵やデビルフィッシュと煮てた!」
「あー、おでんかな?」
 声を上げたのは欧米の名高いコングロマリッドの総帥と、黒豹のような年若い石油王だった。その言葉に日系のパトリキ達は微笑ましく目を細める。
「色形は違えど皆同じね。コンニャクは食料輸入大国の日本が自給で賄える数少ない食料です。中山間地農業の産物でね、原材料は芋なの。ただこの芋が食べられる大きさに育つまで三年以上かかるって代物。元々の原産地は東南アジアなんだけど、生産性悪いし、下処理に手間かかるし、食べる所は日本を始めごく僅か。けど食物繊維は豊富だしローカロリー。昨今のデトックス流行りとかメタボ対策として注目されます」
 実は『ぱすたでスカ』もある種のコンニャク麺なんだと、ぱすた様は楽しそうに続ける。
 今の陶酔具合、ちょっと外科部長に似てたねーと言う外野の言葉は聞こえなかったらしい。
「はいはい! 知ってる!『お腹の山アラシ』!!」
 引き合いに出された外科部長が勢い良く声を上げた。
「『砂あらし』でしょ。針ネズミをどーするんですか」
「……『砂下ろし』ですってば」
 ツッコミたくてもそれ所の状態ではなかったが、同郷の仲間内から訂正が入った。
「二段オチはいいからそれで?」
「……もう知ってるくせに」
 皆様意地悪だなぁと、黙ってやりとりを見ていたさい様はボウルの中身を1つ取り出すとペロリと舐めた。赤い舌が滑らかな表面を意味深に這う。
「大丈夫? グリセリンとか混ぜてないの?」
「大丈夫ですよ。今回は使ってません。後でちゃんと食べさせたいから」
「確かに。食べ物は大切にしないとねぇ」
 色々な物が食べられて良かったねファビアン――通常なら何てことのない台詞一つ一つの裏に残酷な好奇心が見え隠れしている。
「ファビアンあーん」
 パトリキの一人がボウルの中身を1つ、俺の口に押し込んだ。
「……!?」
 ツルリと口に入り込んで来た物に俺は眉をしかめた。下顎から唾液がぶわっと噴き出す。
 それはきれいな色の見た目に反し、味がなく生臭かった。葡萄の実やゼリー菓子と言った甘さを想像していた頭を殴り付けられたような衝撃だった。
 瑞々しく滑らかな表面に歯を立てれば、生ゴムのような弾力で押し返す。そこを思い切って力を入れればザクリと、潔く実は割れ、得も言われぬ食感が襲う。
 飲み込みことも吐き出すことも出来ず、俺は沈黙するだけだった。
「どうやら上のお口はお気に召さないようで」
「――じゃあ下のお口で」
 沸き立つパトリキ達が見えなくなる程に、俺の視界は暗くなった。
「じゃあ入れやすい姿勢取らせないとね」
「やっぱりワンワンスタイル?」
「あ、なら私いい考えがある!」
 そう言ったのは誰か……名前が思い出せない――なぞのご主人様だ――
 なぞのご主人様は俺のペニスに差し込まれたカテーテルを止めている、鉗子の指を入れる部分に紐を結わくと、その端を四つん這いになった俺の太股に縛り付けた。紐は短く、股関節を曲げていないと、容赦なくカテーテルを引っ張り、激痛に苛まれる。俺は完全に動きを封じられた。


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