You are still the master. 〜revenge2〜  第2話


 男は、その様をずっと見ていた。
 壁面には鏡が張り巡らされ、ドーム状の天井にはキリストの受胎告知の壁画。
 その天井から吊された金の鎖と繋がれた腕。全体重が両手首の革の枷で空中に縫い止められ、それが皮膚を引きつらせて皮膚だけでなく肩に痛みをもらたす。
 だが、その痛みさえ、陰部を隠すことができないようつま先がわずかに着く足を広げ、足首に巻かれた革で床の鎖に固定された状態のまま、鞭で打ち付けられる衝撃のほうが、瞬間はるかに上回る。
 悲鳴を上げないようにかみしめた唇はとうに切れ、唾液とともに血が流れている。
 ヴィラの遊びはよく理解していた。だが、従順になろうとすると、あなどっている、嘘つきだといわれ鞭を受けた。
 その様を、アクトーレスの他3人に調教されている様を部屋の片隅で、男は、首輪の付いた自分を見つめていた。

<お前が主人ではなく犬なのは、今までの結果だ>

 胸の奥にある暗闇のなかよく知った声がこだまする。
 そうか。
 かすれた声で返すが、同じ言葉が繰り返される。
 何の結果だ。私は最前言われた家令の忠告に従わなかっただけだ。そして、私は自分の言葉に責任を取る。だからこそ、こうして犬になるべく調教を受け入れている。
 なのに・・・

<お前が主人ではなく犬なのは、今までの結果だ>

<お前が主人ではなく犬なのは、今までの結果だ>

<お前が主人ではなく犬なのは、今までの結果だ>

 繰り返される言葉に不安が呼び起こされる。
 不安に呼応するように、暗闇に霧が立ちこめ風が舞う。
 鞭打たれる度に、霧が脈打ち、風が強く吹き荒れる。
 あの仔も、フィルもこんな気持ちだったのだろうか。
 自分の身体以外なにも持たないことが、どれだけ不安なのか。
 「犬」というフィルターを通してしかあの仔を見てこなかったこれが結果なのか。

 冷水を頭に浴びせられ、目が覚める。
 鼻に入った水にむせた。

「勝手に寝やがって」

「強情にもほどがあるぜ?」

 変わらず鎖で繋がれている。鞭痕が水にしみて痛む。

「せっかく温まった身体が冷えちまったなぁ」

 そう言いながら背後に回った男が平手で尻を叩いた。

「っ・・・」

「せっかく口は自由にしてやってんだから、イイ声きかせろって!」

 何度も尻をはたかれる。どうしてか、男たちを楽しませる声は上げてないらしい。
 衝撃がやみ、目を開けると2人の男がアクトーレスに指示を出していた。
 アクトーレスはワゴンからチューブと、・・・電極を持ち出した。そして背後に回り膝を折る。尻たぶが開かれ、後蕾に強引に指を突き立てられ冷たい潤滑剤が塗り込められる。4人の視線がそこ集中するのを感じて、羞恥心がわき出す。

「こっちはきれいなもんだが、処女にして淫乱、か?」

 下卑た笑い声が響く。奥まで入れられる指が好き勝手に動く。

「ああ、どうせなら腹ん中綺麗にしてやってからのほうがいいな」

 手際よくアクトーレスが準備し、尻穴にチューブが繋がれた。

「おい。お前の尻が汚くて汚れた。綺麗にしろ」

 潤滑剤で濡れた指を口の中に突っ込まれる。
 嫌悪感に思わず吐き出したい衝動に駆られるが、自ら舌を動かすより早く口腔内を指がなぶった。


 その後、注がれた水で立ったまま排泄を強いられ、汚れた身体を洗われた後、肛門に電極を突き立てられた。
 身体を突き抜ける電流に、ついには堰を切ったように涙を流し悲鳴を上げた。
 再度気絶する前に、鎖が下ろされ抵抗できなくなった身体を3人で思うさま貪られた。
 一巡した後は、床に下ろされ様々な格好で犯された。
 前に触ってもらえず、ようやく懇願の悲鳴が出たところで気を失った。


「外に出る方法は、今夜開催されるオークションで媚びることです。10億2000万セステルティウス以上値を釣り上げることができればあなたは明日の朝解放されます」

 浅黒い美貌をもつアクトーレスは物憂げに眉をよせて言う。
 自分を貪った3人の男は部屋にいない。

「値を釣り上げられなければ、支配人の犬となります」

 男たちが出て行った部屋で、ぬるま湯をかけて身体を洗われている。今朝まで私は主人だった。
 急に笑いがこみ上げてきた。

「10億2000万に達したら、ヴィラのものがあなたに最高値をつけて落札します。その男には今夜一晩抱かれてもらいますが、それは我慢して下さい」

 私の愛する犬たち。皆このようにして私のもとへやってきたのだ。
 あるいは、このようにして私が躾けたのだ。
 幾夜も経て犬になった、私の愛する犬たち。
 仔犬から手がけた仔、成犬から手がけた仔、このようにして羞恥と戦い孤独を乗り切って私に安らぎを見いだしてくれた。
 今、身をもって体感させられている。
 犬を犬と見ていたのは私。主人だ犬だと線引きしていたのは私。
 よくフィルに愛などと言えたものだ。
 タオルで身体を拭われ、ゲージに入れられた。

「オークションまであと数時間あります。少しの間ですが、食べて休んで下さい」

 まだ、犬になりきれない私は、主人たちから見ればただの仔犬だ。
 今朝まで当然と身にまとっていた全てのものの残滓がまだ色濃く残っている・・・。


***


 リードをひかれ、4つんばいでステージに引きずられる。
 ステージ中央の大きなワゴンに、大柄の黒人スタッフに抱き上げられる。
 強い照明に目を焼かれ、薄暗い客席がよく見えないのは幸いだった。
 背後から顎を取られ、膝を開かされて陰部をさらす。
 視線が圧力となって肌を突き刺す。
 スタッフが耳元で何か囁いている。

「高い値」

 それだけが聞き取れた。
 だが、頭の中では「主人」としてまた明日からヴィラを歩きたいのか。そのために自らを差し出すということがどういうことなのか。あるいは戻る道などないのかもしれない。
 思考が煩悶し続けていた。

(どっちにしろ、一度犬にならなければならない)

 それだけは変わらない。
 ヴィラではどんな些細な遊びであっても、真剣に行われる。
 あのアクトーレスの言葉は、これがゲームの一環であることを臭わせた。
 だからこそ、全てが現実であり、犬になるゲームを自ら背負い込んだのだと気づかされた。
 ようやく覚悟が決まる。
 思考を意識を飛ばし、乳首に触れられた黒い手に手を重ね、ため息をもらし、スタッフに身体を押しつけ空いている手で愛撫をねだるようにすがりつく。
 膝を閉じないよう添えられていた黒い手が、内股を淫猥に動き出し茎が擡げる。
 腰を浮かせると心得ているというように、後蕾が客席に見えるよう尻たぶを広げられる。
 数時間前広げられた後蕾が空気に触れてわなないた。指が潜り込んできたとき嬌声を上げた。
 会場がどっと沸いた。
 自分の一挙一足を見られている。
 10億以上の値がついた仔犬はしばらく噂になる。
 しばらくは大手をふって歩けないかもな。
 その羞恥心さえ今は自分を追い上げる。

「10億3000!」

 あと数時間で昨日の今朝まで自分に戻れる。
 そのとき、それを決して疑わなかった。

 そして、それは完全に犬なりきれない自分の傲慢さを自覚されられた瞬間だった。 


         
 ←第1話へ        第3話へ⇒





Copyright(C) FUMI SUZUKA All Rights Reserved