――――−…[マツカナ カジツ]
オムライスも悪くはない。
だが、今日の喉は、何故だか酸味を欲していた。
外…戦場はほぼ荒野と化していて、出た所でそれが見つかるとは思えなかった。
もちろん、それも承知での外出なのだが。
彼はそれを口実に、戦中での強烈な記憶を少しでも薄らげるつもりで出ているに過ぎないのだ。
しかし、彼は少々困惑した。
遠くに、オモテの目的である果実が見えたのである。
自然のものではない。 物売り(しかし、何故街に行っていないのだろう)の板の上だ。
遠目から見ても、少年であるとは分かった。 浅黒く、日に焼けている。
彼は好奇心からさらに少年との距離を縮めた。
肌の所為だろうか、目は白く大きく誇張され、愛らしい顔を、更に愛らしく思わせている。
縮れた髪を砂まじりの風に揺らせ、板の上のリンゴを見下げていた。
奇妙である、そして「ぼんやり然」としている印象があった。
一際大きな風が吹いた。 真っ黒な縮れ毛がさらわれる。 その時、気配に気づいたか、ゆっくりと少年は彼へと振り向いた。
彼も初めて少年を真っ直ぐ見据えていた。
最初の印象は気のせいでなかった。 やはり、どこか、「ぼんやり然」としている。
彼はそれに恐怖を覚えたと思い、慌てて打ち消していた。
その時だった、少年が動いたのだ。
物欲しそうにでもなく、媚びるようでもなく、ただ「ぼんやり然」とした目で。
ふらふらと近付いてくる少年が、売買目的で来ている訳でない、っと彼は確信した。
売ろうという意思が感じられない。
体が一瞬震えた。 間違いない、少年に恐怖している。 彼自身もそれは認めざるをえなかった。
彼は、思わず後退していた。
少年は、その分前進する。
急いで、否慌てて彼も後退する。 ピントのあってない視界の中、赤い玉が微動した気がした。
果たして、その板の上の林檎は揺れていた。
少年が追いつこうとすればする程、彼も少年を拒否するわけだ。
彼は少年から逃げるように後退し、少年も「ぼんやり然」と前進する。
林檎が揺れている。
彼の意識は少年に、視界は果実に支配されている。
林檎が、揺れている。
『いたちごっこだ。』
林檎が、揺れている。
ぼくは、
林檎が、揺れた。
『弱虫ィ!』
黒い虹彩に縁取られた中、男が怯えている。
青い目を歪ませ、その奥へ、逃げるように後退している。
あれは、
アレは…
『弱虫!!弱虫!!弱虫!!』
ちがう、
ちがうちがうちがうちがう
ちがうぅううううぅうう!!!!!!
ほぼ衝動的に。
彼は少年を射撃用の的と重ねていた。
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