悪党クラブ  第12話

 あれきりデミル先生を抱いていない。
 アンソニーたちは野外プレイに懲りだし、夜、よく先生を連れ出しているらしい。
 おれは参加していない。

 といって、先生を忘れたわけではなかった。
 離れると決めると、デミル先生の姿がやたらと脳裏にちらついた。

 ――きみが一番嫌いだ。

 あの最後の晩をくりかえし思い出す。丸いデリケートな尻や、骨のかるい体。うるんだヘイゼルの眸が夜毎、刻み込まれるように思い出された。
 わずらわしいことだ。

「だからさ」

 おれは下級生の肩を引き寄せ、耳元にささやいた。

「またなかよくやろう、ジョアン。ふたりで夜散歩したりさ」

 ジョアンはふくれつらしているが、立ち上がらなかった。肩を抱いていた手を背にすべらせ、腰をなでる。

「もう」

 ジョアンは身をゆすり、おれの手を剥がした。校庭にはひとが多い。
 彼は可愛くにらみつけた。

「ドクは好きな子いるんでしょ。その子とこの間、更衣室でやってたんでしょ」

「だれがそんなことを」

「みんな言ってます」

「――その子にはふられちゃった。ジョアンがいるだろって」

 ジョアンの目が揺れる。おれはまた彼の腰を抱き、足の付け根に指を差し入れた。
 うぶな少年の頬がピンク色に染まる。

「やめてくださいよ」

「何言ってんだ。おれが誰だか知らないのかい?」

「え?」

「ドクター・ハンサムだ。ハンサム専門の医者だ」

「なにそれ」

 そういいつつ、笑ってしまっていた。おれがさらにその腰を撫で、約束を取り付けようとした時だった。

 ジョアンはハッとおれを突き飛ばした。
 彼の目がおれの肩越しを見て、うろたえている。ふりむくと、校舎の入り口にデミル先生が立っていた。
 彼はすぐに校舎のなかに入った。

(見てたのかな)

 授業中、おれはぼんやりデミル先生を見つめた。
 先生は板書しながら、ラテン語で古代ローマの不正裁判について説明している。

 やはり均整のとれた綺麗な体つきをしている。少し痩せたが、彼特有の澄んだ気品はかわらない。

 なにかが顔に飛んできた。アンソニーがすまして前を見ている。机に落ちた紙くずをひらくと、

 ――いやらしい目で見るな。

 とあった。

 ――舐めてやろうか。

 と書いて、投げ返す。

 デミル先生がちょうどその時ふりむいた。じっとおれを睨み、英語で、

「コンラッド・バリー。学ばないなら、ハウスに帰りなさい」

 と叱った。

「すみません。先生」

「――二十五ページの『カティリナよ』から読みなさい」

 おれは少しおどろいた。夏休みからこっち、先生が授業中におれたちを指すことはなかった。

 おれはキケロの演説を読み上げ、すぐにつっかえた。適当に続けると先生は言った。

「もうけっこう。次の授業までに二十六ページ最後まで暗誦できるようにしてきなさい」

 宿題である。これまた異例のことだった。
 おれは先生を見つめた。

「発音がわからなかったら、先生に聞きに行ってもいいですか」

 ヘイゼルの目がはっきりとうろたえた。頬がみるみる赤くなる。

「だめだ。自力でやりなさい」

 彼はまた授業をつづけた。

 ――何考えてんだ。こいつ。

 あわてて板書をつづける先生を見つめ、おれは面白く思った。
 ふと、ふりむくと、アンソニーがおれを見ていた。疑いにまみれ、目が糸のように細くなっていた。




 おれはデミル先生の部屋に宿題を抱えていった。

「やあ、ひさしぶり」

 先生は怯えつつもおれを入れまいとした。

「ここはだめだ。帰ってくれ」

「少し会わないうちにおしゃべりになったね」

 おれは彼の腕を掴み、中へ押し入った。これみよがしに上着を脱ぐ。
 先生はあとじさった。

「アンソニー・メイスフィールドが、きみはもう来ないと――!」

「だから、今度はおれをいじめることにしたのかい」

 おれは彼の腕をひっぱり、寝室に連れ込んだ。

「いやだ」

 かまわずベッドの上に押し倒す。その四肢をおさえつけ、見下ろした。
 おれはおもわず生唾を飲んだ。

 金色の目が大きく瞠き、揺れていた。
 きれいだ、とおもった。この眸が見たかった。前よりさらにはかなく美しく見えた。

 本当は抱くつもりはなかった。少しからかって帰るつもりだったが、からだが熱くなってしまう。頭からずるずる理性がずりおちていく。

「どきなさい……」

 先生はふるえる声で言った。

「きみは――生徒なんだ。きみは――」

 美しい目がうるみ、濡れていく。

「きみはこんな……」

 おれは彼に口づけた。もぐりこみ、舌をからめとる。

「んんっ」

 先生はまだ逃げようとする。だが、もがきかたがひどくよわよわしい。
 おれは唇をふさぎながら、彼のベルトに手をかけた。せわしくひらき、ズボンを剥ぎ落とした。

 この日はおむつではなかったため、下着をおろすのは容易だった。

「ア」

 ペニスに触れると、その身がたじろいですくむ。ついカッとのぼせ、その足をかつぎあげようとした時だった。

「こまるな。協定を守ってもらわないと」

 ふりむくとアンソニーが寝室の入り口に立っていた。憮然と睨み、

「おまえは権利を放棄したはずだぞ」

 おれはしかたなく身を起こした。上着をとって、部屋を去った。



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