悪党クラブ 第14話 |
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だいぶ明るくなっていたが、森には白い霧が立ち込め、先が見渡せない。 湿った草を踏んで歩くと、きれぎれに人声が聞こえた。 「やめ――やめてください――」 デミル先生の悲鳴だった。何か争う気配がした。 ――アンソニーではない? 先生はメンバーには逆らわない。 おれは慄然として、近くに落ちていた木切れをひろった。 白いもやのなかで暴れるからだが見えた。木から片足を吊るされているようだ。人影が彼にしがみついている。 「やめてください。おねがいします! おねがい――」 メンバーではない人間だ。おれは逆上した。 「おい。何やってるんだ!」 怒鳴り、木切れを掲げて駆け出す。人影はぎょっと先生から離れた。 「誰だ。貴様」 丸い人影がころがるように走っていく。おれは木切れを投げつけた。 だが、白いもやが影を押し包み、すぐに見えなくなった。 先生は恐怖に目を瞠き、あえいでいた。その股間がぬれている。 「だれだ。あれは」 先生の目からどっと涙が落ちた。 「マクドネル校長……」 『酔っ払ってたんです。よくわからないんです』 『だれに飲まされたんです? そんなに』 『忘れました。なにもおぼえてないんです』 『嘘をついてはいけませんよ。デミル先生。あなたの足もとには、ボールが落ちてた。あれはあなたのお尻の穴に入っていた。ちがいますか』 『……やめてください』 『だれか、あなたに卵を産ませたがったやつがいた。あなたはその人物に逆らえない』 『……』 『生徒ですね』 『知りません。本当に知りません。昨日はレディングのパブで――』 『あの追っかけてきた生徒ですか』 『知りません! どうかもう』 『スコット。わたしは助けてあげようというのですよ。何があったか言いなさい。ね』 『……え』 『わたしにまかせなさい。あなたはとてもかわいらしい』 『やっ、いやです! ぼくにさわるな!』 『スコット』 『もうたくさんだ! 辞める。もう辞めます! それでいいでしょう!』 『――では、わたしは告訴の準備をするまでです。わが校の生徒が淫行教師に傷つけられたとあっては、放っておくわけにはいきませんからね』 デミル先生の泣きくずれる声が聞こえる。窓の下でおれは頭を抱えた。 妙な事態になった。 結果からいえば、おれたちに呼び出しはなかった。デミル先生は誰の名もあかさなかった。 しかし、マクドネル校長は弱みにつけこみ、彼を犯した。 校長はもともと手癖の悪い男だ。木に吊られたデミル先生のあられもない姿を見て、獣性がおさえられなくなったらしい。 彼は味をしめてしまった。 その後もデミル先生を呼びつけ、あるいは先生の部屋に押しかけた。おれたちにとって代わってしまったのだ。 メンバーも校長にマークされるわけにはいかず、デミル先生に近づけずにいる。 「ハルが窓からのぞいたら、ヒイヒイ言わされてたらしいぜ」 スタンがしかめっ面して、おれにいちいち知らせてくる。 「完全に後釜に座ってくれてるよ。どうしたらいいかね」 楽しみがなくなったという以上に、彼らは不安だった。 デミル先生はいまは口をとざしている。だが、そのうち校長に狎れて、打ち明けるかもしれない。校長がおれたちの悪行を知ることになるかもしれない。 彼らは校長に知られるのを畏れた。 誘拐で、レイプで、恐喝だ。放校処分になるだろう、と思っている。 するとこれまでの不毛な勉強時間、苦労したスポーツの功績、すべてが無駄になる。 大学に進学するのもむずかしくなる。 親も事情を知れば驚愕するだろう。たいへん気まずいいいわけをしなければならない。 「腹をくくるんだな」 おれは馬に乗り、スタンからマレット(ポロのスティック)を受け取った。だが、スタンが手を離さない。 「ドク。おれはまずいんだ。ああいうのが知れると。親父は頭が固いからさ。勘当されるかもしれない」 「おれにどうしろってんだ」 「……」 しかたなく、考えとくよ、と言って、フィールドに馬を進めた。 おかしな話、悪党どもは警察に知られるより、パパに叱られるのを怖がっていた。 親は激怒するだろう。遺産相続からはずされるかもしれない。そうなると、人生は台無しだ。 対策がないわけではない。 校長もいまや同じ穴のムジナだ。写真の二三枚もとっておけば、けん制になるはずだ。 だが、彼らにはそこまで堕ちる覚悟がなかった。校長相手に脅迫するのは気おくれするのか、顔を出したくないのか。誰かが猫に鈴をつけてくれるのを待っている。 ――おれがやるしかないだろう。 損だが、しかたがない。 仲間の保身はともかく、おれはデミル先生を解放しなければならなかった。 校長のおもちゃになどさせておくわけにはいかない。もう、誰のおもちゃにもしてはいけない。 この遊びを終わらせる。全員にそれを承知させた上で、引き受けようと思った。 だが、アンソニーは別のやり方で終わらせようとしていた。 メンバーはアンソニーを恨んでいた。 あの日の放置はアンソニーの遊びだった。ひどく脱出の難しい状態で放置し、迎えにもいかなかった。 校長の朝の散歩コースに吊るしたのも、彼の不注意だ。 「あわてなさんな。諸君」 アンソニーはしれっと言った。 「おれにはアイディアがある。きみたちの名誉は守るつもりだよ」 彼は一同をみまわし、 「スコット・デミルをヴィラで飼う。校長も警察も手のとどかないところさ」 おれは耳をうたがった。 ヴィラ・カプリに連れて行く――? 「それが一番いいと思うんだよね。ヴィラは守秘義務が徹底しているしさ。なんか変な噂が出ても、警察も調べないし。マクドネル校長なんか絶対手出しできない。ニンジャみたいな連中がさっとさらって、連れてってくれるから、おれたちが疑われることもない。簡単に解決だ」 ひとりが気づいて言った。 「あとで、返してくれるのか」 「無理だろ」 アンソニーはわらった。 「彼はこれからアフリカで暮らすんだ。もう一生戻らない」 パパ・クラレンスが言った。 「おまえの親父のドムスでか」 おまえの犬になるのか、と聞いた。 アンソニーは肩をすくめ、 「クラレンスがほしいなら、話し合ってもいいよ。でも、クラレンスはでかい犬が好きなんだろ。おれが引き取るのが一番いいと思うんだよね。ほかの客にさわらせて、スコットに怖い思いさせたくないしさ」 おれは思わず彼の前に出た。 「反対だ。彼を一生拘束するなど許さない。そんな話じゃなかったはずだ」 「きみの許しを乞う立場じゃないんだ。おれは」 アンソニーも昂然とあごをあげた。 「事情が変わったんだ。おれたちは後始末しなければならない。コンラッド、きみは出て行った人間だ。あれこれ指図するのはやめてくれ」 |
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