悪党クラブ 第15話 |
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(アンソニーのやつ、これを狙ってたんだ) おれは急ぎ、家に電話をかけた。 「リョウを、リョウタローを呼んで」 アンソニーの提案はじつにタイミングがよかった。だれもが、彼の意図がどこにあるかわかっていたが、反対できなかった。 いまや先生はメンバーにとって地雷だ。 ――そのうち、馴れ合うんじゃないか。校長と手を組むんじゃないか。 悪党たちは不安だった。自分たちの悪事がバレるより、どこか遠くへいってくれたら、という気分になっていた。 (あいつはこれを狙ってたんだ。だから、わざとバレるように仕向けてたんだ) 『やあ、コンラッドぼっちゃん。またどうしました』 東洋の召使がのんきに出た。 「ヴィラ・カプリに先生が誘拐される。助けるにはどうしたらいい?」 召使は絶句した。 おれは事情を説明した。この元泥棒の召使には、ゲームのはじめから影で手伝わせている。理解は早かった。 『放っておきなさい』 リョウはそっけなく言った。 『できることはありません。ヴィラのミッレペダが動いたら、雷が落ちたようなものです。あきらめなさい』 「おれがヴィラの会員になれないか?」 はっ、と東洋の召使があきれた。 『あんた資産どれぐらいもってるんです? ただのすねかじりじゃありませんか』 彼は、たとえ資産があろうとも、ヴィラがやすやすと会員を増やさないこと、審査待ちの富豪が列を作っていることを教えた。 『その先生はご運が悪かったんです。アンソニーにあげなさい。子どもがかかわることじゃありません』 「それはできない」 おれは言った。 「あのひとを助けたい。いやなんだ。アンソニーのものになるのは」 『……』 「おまえが教えてくれないなら、自分でやる。どっかで銃でも見つくろってなんとかするよ。バイバイ」 コンラッド! と召使が鋭く呼んだ。 おれは少し沈黙した。召使が苛立った日本語で何かブツブツいっている。 「まったく若旦那のわがままは洋の東西おんなじですな! 知り合いに聞いてみますから、少し待っていなさい。いいですね、コンラッド。待つんです。待つ、というのは勝手なことするという意味じゃありませんよ」 とはいえ、何もしないわけにはいかない。 外出日、おれは近隣のレディングに出て武器になりそうなものをもとめた。警察に匿名の電話をかけて、警戒を呼びかけた。 おれもできる限りデミル先生を見張ってはいた。 だが、くそ――。 学生の身にそんなにヒマな時間などありはしないのだ。 警備員にも見回りを頼んだが、聞いてはくれない。彼らはイタズラ小僧に騙されすぎて、絶対に生徒を信用しなかった。 グリフィス先生を使うべきか、と悩んだ矢先だった。 フランスの観光会社の社員だという人間が学校を見学にきた。彼らは写真を撮るといって、校舎内を歩き回った。 (『偵察』ではないか) 不気味なタイミングだ。金庫破りをする前に、泥棒は『偵察』に来るものだ。 (だとしたら、Xデイは二、三日中か) リョウの連絡は遅かった。積極的に動いていないのかもしれない。彼はこのことがおれになんのメリットももたらさないことを知っている。もたもた引き伸ばして、先生が誘拐されたほうがバリー家にとっても都合がいいのだ。 「デミル先生」 ついにおれは先生を呼び出した。 「今夜から部屋に帰ってはだめだ。おれの部屋にきてくれ」 先生はうつろにおれを見た。 「そんなこと、できないのはわかっているだろ」 「マクドネル校長は一日や二日放っておいたって、あんたをクビにはしない。ここ三日でいい。おれのところがいやなら、町のB&Bでもいい。もっと遠いところでも」 おれはわけを話した。しかし、荒唐無稽な話だ。ホモ専門の人身売買組織の話など。 先生はにぶい目をして聞いたが、信じなかった。 「わかった」 とおざなりに言った。 やむなし。 おれは夜、消灯と同時に、教師楼に出向いた。 デミル先生はちょうど校長の部屋に行くところだった。 「すみません。ちょっとだけ話をさせてください」 外に連れ出すと、おれは問答無用で彼を縛り上げた。そのかるい体をかつぎ、走った。 しかし、先生はなかばノイローゼ状態だった。 また森にやられると思ったのだろう。走るとヒイヒイ泣き出し、マスのように暴れた。胸を何度も蹴られた。 「おとなしくしてくれよ」 駐車場まで来て、おれは彼をおろした。だが、おろした途端、彼は駆け出した。 タックルして地面に引き倒す。もみ合い、おれは彼の肩を掴んだ。 「おれのこと、妄想狂と思っていいよ。無事にすんだら、嗤っていい。だから――」 その時、先生の目が一点を見つめ動かないことに気づいた。 おれはふりむいた。 先生の宿舎の窓辺になにかがいた。 黒いシミが動いている。戦慄した。 先生の宿舎の窓から黒い影が這い出ていた。 人間の塊だ。 ひとり。ふたり。音もなく、重さすらないかのように、窓からすべりおりてくる。 その下にもぼんやりと人影が蠢いていた。 まるで、この世のものではないかのようだ。 ひどく静かで、煙のように気配がない。亡霊に似ていた。幽鬼が地から湧いて、赤ん坊をさらいにきたかのようだ。 窓辺に四つほどの影が集まった。やがて彼らは教師楼の裏へと消えた。 おれは言った。 「校長の部屋へ探しに行ったんだ。今のうちに行こう」 咽喉がカラカラだった。 車のなかで、先生はしばらく口がきけずにいた。 目を瞠いたまま、殴られたようにぼう然と暗い道を見ていた。 ようやく、かすれた声で言った。 「彼らはマクドネルを殺したんだろうか」 「それはないと思う」 おれはバックミラーを見やり、 「彼らは人さらいだ。それに、人目につきたくないはずだ。パブリックスクールの校長が殺されたら事件になる」 先生ははっとふりむいた。 「ビル・グリフィスは?」 「グリフィス先生には関係ないよ。アンソニーが欲しいのはあなただけだ」 おれは言った。 「アンソニーの家にいた裸の男をおぼえてないか。首輪だけをした。あれがそうだ。彼はイタリアの会計士かなんかだ。ヴィラに誘拐されて、いまはメイスフィールドさんの犬だ」 先生は小さく頭を振った。なにか言おうとしたが、声にならなかった。 「先生。こういう世の中なんだ。テレビのニュースには出てこない世界があるんだよ」 「――」 先生はそれきり、黙り込んだ。 やがて、窓にもたれ、眠るかのように目をとじた。彼は泣いていた。 おれには言葉がなかった。 今日、この時から彼は仕事をうしなった。国から逃げなければならない。名前すら変えなければならない。 金持ちのガキどものいたずらのせいで、一切をうしなったのだ。 |
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