頬の下はコンクリートのようだった。
暗くてまわりが見えない。手は背後で縛められていた。枷のようだ。ヴィラで使う犬用の枷だ。
(どこだろう)
空気がすこし生臭い。水の近くらしい。テムズ川の近くか。
(!)
突如、鉄の軋む音がして、闇のなかにドアが開いた。数人の影が中に入ってきた。
ひとりがなにか言ったとたん、蛍光灯がまたたいた。眼が光をきらって反射的にとじる。
「おお――」
明るい声が言った。「よだれが出そうな光景だね。『囚われのお姫様』だ」
薄く目をあけたが、ぼやけてよく見えない。眼鏡がなかった。
「ごきげんよう」
人影がわたしの前にかがんだ。いきなりわたしのネクタイをつかみ、引き上げる。
「ようこそ。マクスウェルくん。愛の隠れ家へ」
鼻に尖った鼻が触れた。フクロウのような丸い目が面白そうに見ていた。
わたしは気づき、眼を瞠った。
「サットンさん――」
サットンの顔がピエロのように笑みくずれた。
「また会えてうれしい。アメリカに息子を迎えに行った時から、いや、あの日、ヴィラで会った時から、きみとこうして会いたかった」
笑った眼に刃物のような憎悪が光っていた。
わたしはあっけにとられた。
――殺意。
この男はわたしを殺す気だった。ここで。
「きみはマゾヒストだってね」
片手がわたしの腹をつかむように撫でおろした。
「痛い目に遭うと欲情する? それなら、愉しんでもらえるかもしれんな。きみを許すことはできんが、ほんの少し、わたしの良心も救われるというものだ」
いきなり股間をわしづかみにする。
「あ、クッ」
痛みに身を丸めたとたん、彼はネクタイを掴み上げ、噛みつくように口づけた。いがらっぽいにおいの粘膜がはりつく。睾丸を揉み潰されそうな痛みに、わたしはもがいた。
フクロウの眼が嗤った。
「これがきみの最後だ。楽しめ」
彼はわたしをつきとばし、首をうしろにねじむけた。
「チョウジ、シロ」
ふたりの東洋人が近づいた。ひとりがぱっと跳ねたと思うと、いきなりわたしの腹を蹴りつけた。
靴が臓器がめりこみ、息がとまる。衝撃波が肋骨を被った。ショックから抜け出さないうちに二打が入った。
苦痛にからだが痺れあがった。
ふたりは手際よくわたしの手枷をはずし、上着を脱がせた。ベルトをはずし、下着ごとズボンを足から抜いた。裸に剥こうとしていた。
「――やっ、やめろ」
「恥ずかしがることはない」
サットンは少し離れた木箱の上に腰をおろした。「きみは犬に掘らせるのが好きだ。この子たちは犬だよ。そういや、あの日、会ったな。チョウジ」
「ハイ、ご主人様」
男は答え、いきなりわたしの頬に重い平手を喰らわせた。往復で打たれ、頭蓋骨が首からもげそうになった。
(なんだ、これは)
ワイシャツがボタンを跳ね飛ばして裂かれる。アンダーシャツが引きちぎられる。
罰か。わたしが今までなしたことの罰か。後ずさりした途端、神は怒り狂い、罪人を滅ぼしはじめたのか。
「よせ」
わたしはあわてて首をふった。だが、男たちはわたしの髪をつかみ、咽喉をさらすと、太い首輪を嵌めた。首輪には数本のチェーンがじゃらじゃらとついていた。
チェーンをぐいと引かれ、顎を床に叩きつけられる。痛みとともに、歯の間にじわりと血の味が染みた。
「サットンさん――」
手首を背後に捻じ曲げられ、わたしは怒鳴った。「こんな形で復讐するのですか。ビジネスで負けて、暴力で報いるのですか」
「おかしいかね」
サットンは葉巻をとりだし、火の上であぶった。「ビジネスで負けて自殺する男もいる。不愉快を暴力で解決するのは、自然の反応だろう」
「上品ぶるのはやめたんですか。わたしを金の奴隷だといい、薄汚いと罵っておいて、あなたはならず者になりさがるのですか――クッ」
右足首が背中へと高くねじ曲げられていた。足枷が嵌められ、首輪のチェーンが括りつけられる。左の足首も同様に首輪につながれた。
「……ッ――」
わたしは目を剥いた。首輪が気管を扼していた。足をのばそうとすると、首輪が引かれる。わたしのからだはハープのように海老ぞりにつながれていた。
男たちはわたしを引き起こし、膝立ちに立たせた。首をまともに起こすことができない。腹を突き出し、身をそらさないと息もできなかった。
わたしは恐怖にあえいだ。
反りきった腹筋が早くも悲鳴をあげていた。太腿がビクビクと痙攣している。わたしの骨組みは硬い。弓なりにそらされ、たわんだ背骨が折れそうになっていた。
「――ならず者に? どうしてなってはいけない? わたしの息子はテロリストだそうじゃないか。親父のわたしがなぜ聖者でなきゃならないんだ。マクスウェル」
サットンがわたしの前に立っていた。彼は葉巻の煙を吐き、
「引退させられ、汚名をきせられ、社交界からも追い出された。友人たちも去っていった。なぜ、わたしだけがルールを守らねばならないんだ?」
彼はわたしの目の前に細い鞭を揺らしてみせた。眉をあげると、いきなりをそれをわたしに叩きつけた。
悲鳴が咽喉でつまった。
胸がぱっくり裂けたかのように燃えている。痛みに身が跳ね、同時に咽喉が強く引かれた。わたしは口を開いたまま痙攣した。
ならず者か、と彼はさらに鞭を叩きつけた。
「グッ――」
からだがたわみ、また咽喉がつまる。逃げ場のない痛みがそのまま胸腔に響いた。髪が逆立った。肋骨まで折られるようだ。
「きみは、腐ったリンゴだ」
頬を打たれ、わたしは横に倒れそうになった。背後の男に引き戻される。
「自分だけでなく、まわりも腐敗させていく。箱ごとダメにする。きみはペストだ」
サットンは呪詛し、鞭を浴びせ続けた。
打撃が食い込むたびに、からだが弾み、咽喉が潰された。胸と腹は血まみれだったが、腰のほうがつらい。反り返った背骨は、何かの拍子に腰でふたつに折れてしまいそうだった。
「ヒグッ――」
はりつめた横腹を打たれ、ぎくりとからだが爆ぜた。右の股関節に激痛が走る。腱がちぎれたと思った。
わたしはパニックを起こしかけた。
「もうやめろ、やめてくれ」
途端、細い鞭が鋭くペニスを斬りつけた。
目の前が真っ白になった。のけぞり、血を噴くように絶叫した。
すぐに後ろから大きな手が口をおさえた。再び、ペニスに激しい鞭が落ちる。
からだの芯を鋭い杭がつきぬけるようだった。わたしは首が絞まるのも忘れてあがいた。
押さえられ、括られ、ペニスは切り刻まれた。苦痛はゆるめられることなく全身に響く。涙だけが悲鳴のようにあふれた。
「泣いているのか。マクスウェル」
サットンはわたしの前にしゃがみ、口から葉巻を離した。
「みっともない。許しなんか乞うな。皮膚の痛みなんざたわいないもんだ」
彼は葉巻の先をわたしのペニスに押し当てた。
全身が凍った。一瞬おいて、激痛が神経に突き刺さった。
「ガアアアアアッ」
わたしはのたうちまわった。泣き叫び、ガタガタと身を揺すった。
「おお」
サットンがわらって退く。
背後の男たちもたじろいだように身を離した。
水音がしていた。ペニスがいつのまにか放尿していた。尻穴からも重いものがどろどろと抜け落ちていた。
開かれた股の間から、勝手に大便がこぼれ落ちていく。ペニスはホースのように尿を流しつづけた。
「ヒイ……イッ……」
止めたくても、止め方がわからなかった。ショックでどこかが弛緩してしまっていた。
サットンは冷笑した。
「汚いハラだ」
脳天が焦げつくようだった。垂れ流しながら、わたしは恥辱に泣きわめいた。だが、声が出ない。のどが引き攣れ、小動物のようにキイキイ鳴るだけだった。
「こわいか」
サットンは新しい葉巻を取り出し、くわえた。
「せがれの仇だ。きみにはもっと恐れおののいてもらいたい。きみの死が心地よい思い出になるように、もっといい声をきかせてくれ」
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