わたしは床に伏せ、ぼう然とあえいでいた。弛緩した筋肉の痛みと鞭のショックでまともに考えられない。涙だけが血のように流れ落ちる。
目の前にかわいたコンドームが落ちている。注射器もあった。
ここはどこなのか。
周囲にはダンボールが詰まれ、崩れ、朽ちたボートが打ち捨てられていた。使われない、古い工場か倉庫のようだった。
なぜか工事用の小型クレーンがふたつあった。若い東洋人が乗り、その重機を動かした。
クレーンは、わたしをはさんで配置された。いまひとりの男が足枷に長い鎖をとりつける。
「いや……や、やめてくれ。やめてくれ――」
わたしはふるえ、むせび泣いた。クレーンのモーター音とともに鎖がさらさら音をたて、引かれる。足が吊られ、からだが床から引き剥がされた。
わたしは両足を股関節いっぱいに開かれ、つり橋のようにぶら下がっていた。陰嚢が裏返り空気に触れている。尻穴もとじられないほど股が大きく開かれていた。
若者は重機をおりると、ひとの股の前にきて、クスクスわらった。
「かわいい、穴」
無遠慮に指を突き入れてくる。わたしは恐怖に歯をくいしばっていた。秘所をなぶられ、わめくこともできなかった。
彼は指をうごめかしながら、つたない英語でサットンにたずねた。
「ご主人様、先、ファック? オーケイ?」
「だめだ。シロ」
サットンは木箱に腰をおろし、けだるく葉巻をふかしていた。拳をかるくにぎり、
「手が先だ」
拳をつきあげるのを見て、わたしは細い悲鳴をあげた。
「ヒッ、いや、いやだ」
若い男はすぐに、ひらいた股間を押さえつけた。肛門をこじあけ、数本の指がもぐりこませようとしていた。
「いやだッ、やめろ、やめろ!」
わたしは暴力に怯え、魚のように身を跳ねた。身をねじり、頭を振り、男の足に噛みつこうとした。破壊される恐怖で痙攣していた。
だが、すぐに、腹の前に片割れの東洋人が立った。その靴先が舞い、いきなりみぞおちに叩き込まれる。はらわたが凍りつき、次の瞬間、咽喉から苦いものが噴き出し、鼻と口からあふれた。
「か、かハ――ひイッ」
脱力した瞬間、狭い穴にたくさんの指が無理やりねじこまれた。
「いっ、やめろ――」
筋肉を押し分け、大きな拳がぐいぐい押しつけられる。薄い膜が破れていく。
「ああッ――アアアッ!」
からだがふたつに裂けていた。ありえない大きさの塊が肛門をこじあけていた。激痛が背骨をつらぬく。火花のような痛みに、わたしは慄き、わめいた。
「ヒッ、いアアッ、アアーッ」
ビリと筋肉がちぎれ飛んだ。おおきな塊が容赦なく体内にはまりこむ。
(!)
脳天が白く燃えた。わたしは狂ったように泣き叫んだ。腹のなかに巨大な異物が突きこまれていた。男の拳が完全におさまっていた。
「ギャアアアッ! アアアッ」
「いい声だ」
サットンの憂うつな声が笑った。「それに素敵な格好だ。具合はいいか。――シロ。もっとよろこばせてやれ」
若い男はケラケラ笑った。
「泣かない。泣かない。ほら、いい気持ち」
拳がずしんと内臓を殴りつけた。わたしは目を剥き、口をあいたまま硬直した。臓物がすべて咽喉から出そうになった。
「どう。ほら」
男は笑いながらはらわたを打ちはじめた。胃が、心臓が衝撃にこわばっていた。腕が動くごとに肛門が破れた。
「ハハ、あなた、うれしい?」
咽喉からけものじみた金切り声がほとばしっていた。内臓を搗きくだかれる恐怖に正気が吹き飛んでいた。
(死ぬ。殺される)
わたしはくもの巣にかかって暴れる羽虫だった。
むしられ、生きながらはらわたを喰われ、断末魔の悲鳴をあげていた。
わめき、さけび、わたしは愕然と目を瞠いた。
目の前に黒い死神がいた。大鎌をかつぎ、歯に葉巻をひっかけ、紫煙のむこうで獲物が落ちてくるのを待っていた。
死神は紫煙のなかで微笑んだ。
――どうした。レスリー?
死神の頭蓋骨がかたむいた。
おまえはこの時を待っていたんだ。おまえは人生に倦んでいた。ずっと肉体が邪魔だった。打ち壊されたくて、ひき潰されたくてうずうずしていた。断崖のさきに身をのりだし、深淵の闇によこたわる永遠の沈黙にあこがれていた。そうだろう? レスリー。
冷たい霧のような恐怖がからだを包んだ。わたしは絶叫していた。
「ちがう。いやだ。ちがう! だれか。だれか助けて」
「ご主人様」
東洋人が主人の傍らに立つ。その手には泡のこぼれるビールボトルがあった。サットンは軽く手を振った。
「全部飲ませてやれ」
東洋人は異語で、わたしを苛んでいる相棒に何か言った。
若い相棒はようやく腕を抜いた。巨大な異物がごそりと抜き取られる。
だが、すぐに冷たいものが腸を刺した。肛門から大量の水が流しこまれていた。冷たい刺激に腸がおどろいてよじれあがる。
ヒヤリとした流れは、いきなり燃えはじめた。熱い。腹が炭火のように赤く灼けている。
わたしは顎に力をこめて首を起こした。
へその上をあふれた水がすべっていた。泡だった。ビールの壜が尻穴に差し込まれていた。
(ああ)
絶望が心臓を締め上げた。
腸から吸収したアルコールからは逃げられない。急性アルコール中毒で死ぬ危険もあった。
「いやだ」
わたしは畏れ、むせび泣いた。まだ死にたくない。まだなにも得ていない。
「やめて、くれ。サットン。おねがい。おねがいです。助けてください」
サットンは目を細め、微笑んだ。
からだは発火していた。こめかみがドクドクと波打ち、息苦しくなった。血管が砂嵐のようにざわめいている。
わたしは奥歯を噛みしめた。
(死にたくない。このまま死にたくない)
尻から、腹からあふれた泡がすべり落ちた。泡はホップのにおいをさせ、顎から髪に冷たくつたった。涙と洟がそれにまじって落ちていく。
壜が抜かれると、男は指で肛門に栓をした。
腹がつき破られそうだ。だが、もう、のたうつこともできなかった。筋肉が重くゆるんでいた。関節がアルコールに支配され、開ききっている。痛みさえ鈍磨していた。
「フンスイ」
若い男が甲高く笑った。
尻から激しく水を噴いていた。汚れたビールが流れ落ちる。尻を汚し、背を流れ落ちた。
さらに数本、ビールがそそがれ、腹が洗われた。わたしは尻からビールを垂れ流しながら、胃液を吐いた。眩暈と吐き気で苦しかった。ゆるしてくれ、と哀願し、ヒイヒイ泣いた。
いつのまにか、わたしはコンクリートの床に身を伏せ、尻をつきあげていた。
尻が男の手につかまれる。大きく広げられ、ただれた肛門に熱いものが押し当てられた。
(アア)
熱い塊がたわいなくからだの中に飲み込まれた。男は芯の硬いペニスをえぐるようにわたしに突きこんだ。
「あ……ヒ……」
酒でふくらみきった脳髄にかゆみのようなあいまいな快感が点滅する。わたしは強姦者を押しのけようと手を舞わせた。
「やめっ……ろ……」
ろれつさえ回らない。さらに、男が腰をつきあげると、わたしの声は根からもぎとられた。
熱く膨張した体内をペニスがえぐるたびに、脳のなかから力がぬける。
(あ、ああ……)
アルコールに浸かった神経は狂った信号を走らせた。男が突き上げるたびに、尾底骨に、ペニスに、熱した蜜が凝り固まっていた。脈打ち、疼き、狂おしく騒いだ。
「は、ア……」
わたしはコンクリートの床をかきむしり、情けない声をあげた。
「い――いや、アア、――はア、イイッ、アアッ」
快楽と苦痛が濁流のようにからだを襲った。男がかきたてるたびに、意識が宙へ跳ねあがる。
わたしは泣いていた。床に爪をたて、蹂躙され、死のてのひらに揉み潰される悦びに泣いた。
死だ。
待ちかねた死だ。これでおわりだ。
「アハ、はははッ」
背骨がはずんだ。わたしはケタケタ笑い、殺せ、とわめいた。
ばかばかしい生涯だった。なにも得られなかった。地球上を駆け回り、結局、なにもつかめなかった。時間ぎれだ。
揺すられるままに咽喉が勝手に吼え、おめいた。男たちはかわるがわるわたしにまたがっていた。もう何をされているのかもわからない。
小さな痛みにまぶたを開けると、腕に注射針が打ち込まれていた。
「きみは目をもう醒まさない」
どこかで声がした。
「マクスウェル。きみはここで死ぬ。きみは今日、ここで男を買い、ご乱行が過ぎて、酔っ払って眠った。火事が起きるが、酩酊していて気づかず焼け死ぬ。おわりだ」
わたしは何か言ったようだった。声がまた言う。
「CCTV(監視カメラ)には何も映らない。きみのからだからもこの薬は検出されない――警察はきみのからだに虐待の痕を見つける。腸から男の精液を発見するだろう。ここできみが男に乱暴されたことがわかるが、途端に、きみの事件は隠蔽されてしまう。きみもわたしもヴィラの住人だ。裏で問い合わせられ、被虐がきみの趣味だとわかる。ヴィラの親切でスキャンダルは上から塗りつぶされる。CCTVの映像からもきみは消えてしまう。きみの事件はよく調べられず、事故として葬り去られる。――きみの死を不審に思う者はいるだろう。だが、誰もきみのために調べないだろう。きみには友だちはいない。きみは誰も信じない。ひとりぼっちの独裁者だ。マリウス・ベネットはきみの最後の友だちだったが、きみは彼を笑い者にして追放した。きみにはもう誰もいない」
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