犬を手に入れたのはよかった。
わたしの生活はめまぐるしい。会社を世界のトップに叩き出すために、世界中の競合他社に喧嘩を売っている。買収。謀略。裏の怪物たちとも渡り合わなければならない。
ジェット機内で会議中、知らせが入った。
「アイスランドのスター・モバイル、成立です」
重役たちがわっとはしゃぐ。「乾杯だ。シャンパンを出せ!」
アイスランドで一番大きい携帯電話事業者の買収が成立、ブランド名を変更させた。
毎日、宙を駆けるようだ。時々、めまいがする。
「これでアイスランドが手に入った」
「市場シェア44パーセントか」
「やった! 総加入者数でブラックを抜いたぞ」
重役たちとシャンパングラスをぶつけていると、ベネットから電話が入った。
「――やあ、ベネット。アイスランドがわが領土となったよ」
『それはおめでとう。――聞け。こっちも朗報だ。例のカーディフに面白い男を見つけた』
「だれだ」
『不満分子。そいつが寝返るかもしれない』
「だれだ」
『COO、エリオット・オルセン』
「セッティングしてくれ。すぐに会いたい」
ベネットは電話を切った。
浮かれた重役たちをながめ、わたしはつい妙な気分にかられた。
(フィンがここにいれば)
あのセックスの塊のような雄々しい肉体。火の腕。ずしりと重いペニス。
すぐにも彼をトイレに連れ込みたい。狭い個室のなかで彼に押さえつけられ、突き入れられ、声をあげて泣きたい。
忙しくなればなるほど、フィンのペニスが恋しくなる。疲労困憊していながら、からだの芯が熟れ、ただれてくる。
ベネットは正しかった。わたしには24時間待機のご主人様が必要だ。
成功というばけものは、わたしをすっかり狂わせてしまった。成功すればするほど、墜落し敗北したくなる。ばからしさ、卑猥さ、愚劣さが恋しくなる。レザーの枷で縛られなければ、この身が彼方へ飛んでいきそうだ。
(ああ、こなごなになるほど激しく抱かれて、泣き叫びたい)
「レスリー?」
重役がこまったように笑いかけていた。わたしはなにかの問いに答えなかったらしい。
「――ん。いま天啓が来た」
「なんのです?」
「天使が――北米はおまえのものだってさ」
重役たちがどっとわらった。
「北米は苦戦しますよ。ユダヤ人たちと戦わなけりゃなりません」
わたしは微笑み返した。
北米は手に入れる。だが、その前にあの子のペニスだ。
「またちんちんをでかくしてやがる」
フィンは足指でわたしのペニスを踏んだ。鋭い痛みに飛び上がりそうになる。
わたしは彼の足元にひざまづき、主人の一物に奉仕していた。
後ろ手に縛られ、尻の中では大ぶりのバイブを咥えている。マゾヒスティックなスタイルに、わたしのペニスは糖蜜のようなよだれを垂らしていた。
「ッ……おゆるし、を」
「ホントにあんたはいやらしいなあ。ほら、続けろ」
痛みにあえぎながらフィンの仔豚のようなペニスをほおばる。頭の芯が真っ白になり、冷や汗がつたった。
(ああ……)
苦しい。だが、ゾクゾクする。わたしは倒錯を愉しんだ。残酷な奴隷にとらわれ、虐げられ、無理やり奉仕させられる主人。
わたしはみじめな性奴だ。淫らな牝犬だ。尻尾を振って、もっと責めを求めてしまいそうだ。
わたしの湿った愉悦は彼にも伝わっていた。彼は不意に、
「やめだ」
とわたしの頭を引き剥がした。
「立て」
言われるままに立ちあがると、彼は天井から鎖を引きおろし、わたしの首輪にとりつけた。さらにわたしの突き立ったペニスの根をぐっとつかんだ。
「イッ――」
彼はペニスの付け根をリングで締め上げた。快楽がくびられ、せき止められる。わたしはうろたえた。
「フィン……、意地悪しないでくれ」
「淫乱なご主人様。ケツを締めな」
彼はニヤリと笑った。「ダンスだ」
尻のバイブがいきなり跳ね上がった。背骨が踊りあがる。無骨な性具は尾底骨を叩き、ふくれあがった前立腺を殴りつけた。
(ク……)
荒々しい愛撫にたちまち射精感が突き上がる。下腹が灼けた石と変わり、全身がふいごのように鳴る。
だが、マグマは火口でせき止められている。腰がむなしく踊るが、ペニスは空だ。首の鎖のために、、根元の痛みに身をかがめることすらできない。
「フィン――」
わたしは鼻を鳴らし、哀願した。「はずして。はずしてくれ」
「ダンスだ、わんちゃん。おれを楽しませてくれ」
フィンは椅子を取って来て、わたしの正面に座った。「エロい顔を見せてくれ。おれが欲しくてしょうがないって」
彼はドムス・レガテスの主人のようにどかりと椅子に座り、わたしを見据えた。
バイブが動きを変えた。腸のなかで身をよじりだす。
「アッ――あ」
指のような淫らな動きにわたしは膝をふるわせた。こぼれていた弱い部分にバイブの頭がもぐりこんでくる。淫猥な生きもののように身をすりつけ、熱をたぐりよせる。
(あ、ん……アア――)
ペニスの付け根がいっそう激しく脈動する。腰が揺れ、膝が浮く。
だが、衝動が突き上げるほどにペニスは強く縛められる。ちぎれそうな痛みに頭の芯が火花を散らす。
「つらい……もうゆるして。イカせてくれ」
フィンは気だるくわらった。
以前よりフィンは手荒くなっていた。
彼は苛立っていた。プレイにも、セックスにも最初の頃の陽気さがない。目つきに、手触りにうっすらと怒りがまじっているのがわかる。
一年という月日の長さに気づいたのだろう。
わたしはフィンを飼うにあたって、一年と期限を決めていた。
――一年、愉しませてくれれば、自由にする。
道義心からではない。犬に主人役をさせるからには、不安をとりのぞいておく必要があった。
だが、暴れたいさかりの若者にとって、一年間の拘束は短くない。
「ぐッ――」
バイブがまた飛び上がる。わたしは痛みにすくみかけた。尻の中からプロペラ機のような爆音がする。振動が全身の骨という骨に響きわたった。
(あ、あ、ヒ)
尻の振動は全身をゆるがした。血が音をたてて駆け巡っていく。乳首も腹も足指の先まで血管が赤く焼けていく。
「だ、だめ。やめてくれ」
目の前が見えない。空気が薄い。
からだはコントロールをうしなっていた。熱い太陽が脊髄をのぼっていた。破裂してしまう! わたしは足掻き、悲鳴をあげた。「はずして。早く! これをはずせ」
頭のなかで爆発が起こった。閃光が骨をつらぬく。わたしは杭打たれたように棒立ちになった。ペニスで食い止められたものがさかのぼって脳を焼いていた。
解放の花火。だが、勝手の違う快楽にからだがうろたえている。
まばゆい太陽の残像のなかで、わたしは余韻とむなしさにあえいでいた。
フィンがだるそうに足を組替える。
(!)
尻のバイブがおとなしくなった。だが、止まらない。バイブはまたもぞもぞと身をくねらせはじめた。
「……フィン……」
まだ責め苦がつづく。わたしはたまらず泣き声をたてた。
「もうやめてくれ。こんな――」
「なんでだ? 愉しいだろ。あんた変態なんだから」
からかうようにリモコンをいじる。バイブが熊蜂のような音をたてはじめた。
空となった血管にまた熱がにじみ、わたしはすすり泣いた。
「きみのが欲しいんだ。早くやって」
ご主人様、と哀願する。「おゆるしを。もう、おゆるしください」
フィンはリモコンをもてあそび、答えない。やがて、椅子から立ち上がった。
「だめだ、レスリー」
彼はわたしの両の乳首を軽くつまんだ。
(あ、ンッ)
乳首の甘い痺れに、わたしはぎゅっと目をつぶった。熱い涙が頬をつたう。
「ご主人様――」
「もう一度だ」
命令だ。
わたしはすすり泣いた。玩具の刺激がたまらないというように腰をくねらせた。なえたペニスをゆらゆらと揺らす。
「ご――ご主人様、もう……ゆる……ッ」
主人の爪がふくれた乳首をつねる。針のような痛みに胸がこわばる。
痛みは蜜酒となって、脳に染みた。
わたしは恍惚とすすり泣いた。胸を突き出し、涙を流し、なお愚かしく腰を舞わせた。
ご主人様の犬。わたしは彼のペット。
フィンが不意に身をかがめ、口づけた。
乳首を責めながらのキス。怒りと侮蔑のまじったキス。わたしはむさぼるように主人の舌を求めた。
――フィン。きみは素敵だ。怒ったきみは最高に素敵だ。
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