独裁者 第3話

 
 犬を手に入れたのはよかった。
 わたしの生活はめまぐるしい。会社を世界のトップに叩き出すために、世界中の競合他社に喧嘩を売っている。買収。謀略。裏の怪物たちとも渡り合わなければならない。

 ジェット機内で会議中、知らせが入った。

「アイスランドのスター・モバイル、成立です」

 重役たちがわっとはしゃぐ。「乾杯だ。シャンパンを出せ!」

 アイスランドで一番大きい携帯電話事業者の買収が成立、ブランド名を変更させた。
 毎日、宙を駆けるようだ。時々、めまいがする。

「これでアイスランドが手に入った」

「市場シェア44パーセントか」

「やった! 総加入者数でブラックを抜いたぞ」

 重役たちとシャンパングラスをぶつけていると、ベネットから電話が入った。

「――やあ、ベネット。アイスランドがわが領土となったよ」

『それはおめでとう。――聞け。こっちも朗報だ。例のカーディフに面白い男を見つけた』

「だれだ」

『不満分子。そいつが寝返るかもしれない』

「だれだ」

『COO、エリオット・オルセン』

「セッティングしてくれ。すぐに会いたい」

 ベネットは電話を切った。
 浮かれた重役たちをながめ、わたしはつい妙な気分にかられた。

(フィンがここにいれば)

 あのセックスの塊のような雄々しい肉体。火の腕。ずしりと重いペニス。
 すぐにも彼をトイレに連れ込みたい。狭い個室のなかで彼に押さえつけられ、突き入れられ、声をあげて泣きたい。

 忙しくなればなるほど、フィンのペニスが恋しくなる。疲労困憊していながら、からだの芯が熟れ、ただれてくる。

 ベネットは正しかった。わたしには24時間待機のご主人様が必要だ。
 成功というばけものは、わたしをすっかり狂わせてしまった。成功すればするほど、墜落し敗北したくなる。ばからしさ、卑猥さ、愚劣さが恋しくなる。レザーの枷で縛られなければ、この身が彼方へ飛んでいきそうだ。

(ああ、こなごなになるほど激しく抱かれて、泣き叫びたい)

「レスリー?」

 重役がこまったように笑いかけていた。わたしはなにかの問いに答えなかったらしい。

「――ん。いま天啓が来た」

「なんのです?」

「天使が――北米はおまえのものだってさ」

 重役たちがどっとわらった。

「北米は苦戦しますよ。ユダヤ人たちと戦わなけりゃなりません」

 わたしは微笑み返した。
 北米は手に入れる。だが、その前にあの子のペニスだ。




「またちんちんをでかくしてやがる」

 フィンは足指でわたしのペニスを踏んだ。鋭い痛みに飛び上がりそうになる。

 わたしは彼の足元にひざまづき、主人の一物に奉仕していた。
 後ろ手に縛られ、尻の中では大ぶりのバイブを咥えている。マゾヒスティックなスタイルに、わたしのペニスは糖蜜のようなよだれを垂らしていた。

「ッ……おゆるし、を」

「ホントにあんたはいやらしいなあ。ほら、続けろ」

 痛みにあえぎながらフィンの仔豚のようなペニスをほおばる。頭の芯が真っ白になり、冷や汗がつたった。

(ああ……)

 苦しい。だが、ゾクゾクする。わたしは倒錯を愉しんだ。残酷な奴隷にとらわれ、虐げられ、無理やり奉仕させられる主人。
 わたしはみじめな性奴だ。淫らな牝犬だ。尻尾を振って、もっと責めを求めてしまいそうだ。

 わたしの湿った愉悦は彼にも伝わっていた。彼は不意に、

「やめだ」

 とわたしの頭を引き剥がした。

「立て」

 言われるままに立ちあがると、彼は天井から鎖を引きおろし、わたしの首輪にとりつけた。さらにわたしの突き立ったペニスの根をぐっとつかんだ。

「イッ――」

 彼はペニスの付け根をリングで締め上げた。快楽がくびられ、せき止められる。わたしはうろたえた。

「フィン……、意地悪しないでくれ」

「淫乱なご主人様。ケツを締めな」

 彼はニヤリと笑った。「ダンスだ」

 尻のバイブがいきなり跳ね上がった。背骨が踊りあがる。無骨な性具は尾底骨を叩き、ふくれあがった前立腺を殴りつけた。

(ク……)

 荒々しい愛撫にたちまち射精感が突き上がる。下腹が灼けた石と変わり、全身がふいごのように鳴る。
 だが、マグマは火口でせき止められている。腰がむなしく踊るが、ペニスは空だ。首の鎖のために、、根元の痛みに身をかがめることすらできない。

「フィン――」

 わたしは鼻を鳴らし、哀願した。「はずして。はずしてくれ」

 「ダンスだ、わんちゃん。おれを楽しませてくれ」

 フィンは椅子を取って来て、わたしの正面に座った。「エロい顔を見せてくれ。おれが欲しくてしょうがないって」

 彼はドムス・レガテスの主人のようにどかりと椅子に座り、わたしを見据えた。
 バイブが動きを変えた。腸のなかで身をよじりだす。

「アッ――あ」

 指のような淫らな動きにわたしは膝をふるわせた。こぼれていた弱い部分にバイブの頭がもぐりこんでくる。淫猥な生きもののように身をすりつけ、熱をたぐりよせる。

(あ、ん……アア――)

 ペニスの付け根がいっそう激しく脈動する。腰が揺れ、膝が浮く。
 だが、衝動が突き上げるほどにペニスは強く縛められる。ちぎれそうな痛みに頭の芯が火花を散らす。

「つらい……もうゆるして。イカせてくれ」

 フィンは気だるくわらった。

 以前よりフィンは手荒くなっていた。
 彼は苛立っていた。プレイにも、セックスにも最初の頃の陽気さがない。目つきに、手触りにうっすらと怒りがまじっているのがわかる。

 一年という月日の長さに気づいたのだろう。
 わたしはフィンを飼うにあたって、一年と期限を決めていた。

――一年、愉しませてくれれば、自由にする。

 道義心からではない。犬に主人役をさせるからには、不安をとりのぞいておく必要があった。
 だが、暴れたいさかりの若者にとって、一年間の拘束は短くない。

「ぐッ――」

 バイブがまた飛び上がる。わたしは痛みにすくみかけた。尻の中からプロペラ機のような爆音がする。振動が全身の骨という骨に響きわたった。

(あ、あ、ヒ)

 尻の振動は全身をゆるがした。血が音をたてて駆け巡っていく。乳首も腹も足指の先まで血管が赤く焼けていく。

「だ、だめ。やめてくれ」

 目の前が見えない。空気が薄い。
からだはコントロールをうしなっていた。熱い太陽が脊髄をのぼっていた。破裂してしまう! わたしは足掻き、悲鳴をあげた。「はずして。早く! これをはずせ」

 頭のなかで爆発が起こった。閃光が骨をつらぬく。わたしは杭打たれたように棒立ちになった。ペニスで食い止められたものがさかのぼって脳を焼いていた。

 解放の花火。だが、勝手の違う快楽にからだがうろたえている。
まばゆい太陽の残像のなかで、わたしは余韻とむなしさにあえいでいた。

 フィンがだるそうに足を組替える。

(!)

 尻のバイブがおとなしくなった。だが、止まらない。バイブはまたもぞもぞと身をくねらせはじめた。

「……フィン……」

 まだ責め苦がつづく。わたしはたまらず泣き声をたてた。

「もうやめてくれ。こんな――」

「なんでだ? 愉しいだろ。あんた変態なんだから」

 からかうようにリモコンをいじる。バイブが熊蜂のような音をたてはじめた。
空となった血管にまた熱がにじみ、わたしはすすり泣いた。

「きみのが欲しいんだ。早くやって」

 ご主人様、と哀願する。「おゆるしを。もう、おゆるしください」

 フィンはリモコンをもてあそび、答えない。やがて、椅子から立ち上がった。

「だめだ、レスリー」

 彼はわたしの両の乳首を軽くつまんだ。

(あ、ンッ)

 乳首の甘い痺れに、わたしはぎゅっと目をつぶった。熱い涙が頬をつたう。

「ご主人様――」

「もう一度だ」

 命令だ。
 わたしはすすり泣いた。玩具の刺激がたまらないというように腰をくねらせた。なえたペニスをゆらゆらと揺らす。

「ご――ご主人様、もう……ゆる……ッ」

 主人の爪がふくれた乳首をつねる。針のような痛みに胸がこわばる。
痛みは蜜酒となって、脳に染みた。

 わたしは恍惚とすすり泣いた。胸を突き出し、涙を流し、なお愚かしく腰を舞わせた。
 ご主人様の犬。わたしは彼のペット。

 フィンが不意に身をかがめ、口づけた。
 乳首を責めながらのキス。怒りと侮蔑のまじったキス。わたしはむさぼるように主人の舌を求めた。

――フィン。きみは素敵だ。怒ったきみは最高に素敵だ。



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