「ようこそ」
花咲き乱れるタイのリゾートホテルで、わたしはその男と会った。
「アルテミスのマクスウェルです」
「オルセンです」
男は握手に気づかないふりをして、藤のソファに腰をおろした。
面長の端正な顔に表情はない。深い眼窩にしずんだブルーの目は光がなく鉱物のようだった。半分死んでいるようだ。
「話は十分以内でおねがいします」
男はカーディフのCOO〔最高執行責任者〕だった。
ベネットが見つけた不満分子だ。カーディフを手に入れるために、この男の協力が要る。
「わかりました。――オルセンさん。わたしの用件は簡単です。アルテミスにいらっしゃいませんか」
オルセンがじろりと見た。
「あなたのことは調べました。コンサルファームのご出身。アメリカではふたつのIT企業を再生させた凄腕だというのに、カーディフでは力がふるえないようですね。――いかがでしょう。アルテミスの経営陣に入りませんか。ポストはアルテミスの企業戦略担当上級副社長。吸収後のカーディフ・モバイル社長。報酬はいまの倍支払います」
オルセンはしばらく黙ったままだった。陰気な顔からは感情が読み取れない。
「オルセンさん?」
彼はようやく口をひらいた。
「買収はまだ成功していません」
「成功しますよ。あなたが協力すれば」
わたしは微笑んだ。「内部情報を教えていただけませんか。今年1月のアラブとの取引について」
オルセンは目を伏せ、やがて立ち上がった。
「ご協力はできないようです。失礼」
「あとひとつ」
わたしは強引にその手首をつかんだ。時計のすぐ傍に赤い線があった。
彼はハッと腕を引いた。
「――最近のものですね」
わたしは彼の目を見つめた。
「失礼ながら、ある筋から聞きました。わたしもヴィラのメンバーです。サットンから、自由にしてさしあげられますよ」
一瞬、ブルーの目が揺れた。
「なんの話か、わかりかねます」
「カーディフが続けば、あなたは一生、サットンに飼い殺しにされる。ろくに仕事もさせられない。ただのペットです。一生、慰み者にされ続けることになるんです。あなたがこちらへ来るなら、わたしがあなたを自由にします。二度とサットンを近づけないようはからってあげますよ」
刹那、暗い顔に苦渋がよぎったような気がした。
「失礼」
彼はきびすを返した。わたしはその背に言った。
「暑いのにジャケットを脱がないんですね」
オルセンは答えず、大股で出て行った。
カーディフか、アルテミスか、株主たちは動向を見ている。
買付けに応募してきたのは、まだ全体の27パーセントだ。
「こっちのしめつけは1パーセントにあがったよ」
ベネットが背後から突き入れながら、ささやいた。「イースタン・キャピタルはドイツの電気会社が、イギリス企業を買収しようとした時、9パーセントの株式を取得して、経営陣を追い出した。そろそろ来るぞ。どうする」
わたしはキャビネットにしがみつき、悲鳴をこらえた。尻のなかの甘いペニスのダンスに腰がぬけそうだった。
ワイシャツの上から長い指が乳首を揉んでいる。
「あふ……ア、アんッ――」
ベネットはわらった。
「ああんじゃなくて、このまま行くと追い出されるぞ」
この男とは一度、喧嘩別れしたはずだった。しばらく互いに何もなかったような顔をしていた。
だが、彼は当然のようにわたしを抱いた。わたしもまた振り払えなかった。身の下のことに関しては、わたしは情けないほどこらえ性がない。
「負けない」
わたしはあえいだ。「オルセンが、来る」
「来るかな。案外、サットンおじさんが気に入ってるのかもしれないぜ」
「それはない」
「なぜわかる」
「あの男は、ペットに、なれない――アアッ」
オルセンは飼い犬にはなれない。彼は経営者だった。群れのボスだ。囲われて生きるには、力も我も強すぎるのだ。
「仕事しないと、腐っていくタイプ。旧いカーディフでは、生きられない……」
「きみみたいだな!」
ベネットがいきなりスパートをかけてきた。腰をつかみ、したたかに突き上げる。
(ベネット――ずるい――)
ベネットはわたしのからだを知っている。欲しいところを強くうがたれ、わたしはキャビネットをつかんでわめいた。渦のような快楽の潮が腰をかっさらっていく。
「アアッ、アア、ン、ベネッ……ヒッ、……」
わたしは腹筋をふるわせ、キャビネットの枠に爪をたてた。ペニスがホウセンカのように弾け飛び、ガラス扉をよごした。同時に腰のなかにも熱い乳がひろがる。
(ああ、ベネット……)
まばゆい雲間をただよい、彼の腕にもたれると、ここちよい涙がにじんだ。鼻先にふわりとコロンが香る。
ベネットはやさしくまぶたにキスした。まだ息が荒かったが、こんな時、彼はひどくやさしい。
(薄情者のくせに)
わたしは甘酸っぱいくやしさを感じた。
不意に、フィンをおもいだした。
ふたりの男はまったくちがう。
フィンは単純に残酷だった。組み伏せられると、その大きさに圧倒されてしまう。原初の闇にくるまれるような畏怖さえ感じた。だが、闇のなかには篝火のようにあかあかといのちが燃えていて、抱かれるとそのぬくみがここちよい。
「オルセンの身分を買い取ってやらなければならない」
ソファに座り、わたしは水をあおった。
「ぼくが買えれば一番だが、サットンは売るまい。だれがサットンから買える?」
「銀行だな」
ベネットは言った。「サットンはいま銀行に背かれたくないだろう。ブリティッシュ・バンクに知り合いのパトリキがいる。いいよ。おれが手を打とう。――そんなにオルセンには価値があるのか」
「もちろん。お飾りとはいえ、やつはカーディフの中枢にいるんだ。ぼくの欲しいものにすぐ手が届く」
「なんだ?」
「爆弾」
「言えよ」
わたしは笑った。「――マリウス。ぼくが信じられないのか?」
ベネットは鼻息をつき、腕をわたしの肩にまわした。
「きみは天才だ。間違いはほとんどない」
「一度も、だ」
「はい。一度も」
だがな、とわたしの襟をはじく。
「時々、何を見ているのかわからなくなる。ヤクでかっとんでるみたいに、あぶなっかしくて――こわくなる」
「心配するな」
わたしは彼の肩にもたれた。
「オルセンは来るよ。プレゼントもって。彼が来たら、カーディフは買える。次は北米だ」
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