ディオニュシア祭 第13話

六日目。


「夕方、客が来る。部屋を整えておけ」

 ロジェの言葉に、おれはすなおにかしこまりました、と答えた。客のことは今は考えまい。どんな連中だろうと、おれに断る権利はないのだ。

 玄関ホールとダイニングとリビング、トイレの床を磨く。窓を拭き、置物の埃を払う。花屋に連絡もした。

 つぶれたマメが痛むが、ハイヒールには慣れた。スカートを穿いている時に膝をまげて歩くとみっともないということもわかった。

 夕暮れ、門からリムジンが入った。

「メアリ、お客様をお迎えしろ」

 ロジェが蝶ネクタイを結びながら、いいつける。一瞬、外へか、とひるんだが、おれは従った。彼らのお客なのだ。おれを見てもおどろくまい。

 おれはサイモンと玄関を出て、リムジンを迎えた。運転手がリムジンを開ける。

 白髪の美しい初老の紳士が降りた。さらにがっちりしたラテン系の美男子がつづく。彼は犬のリードを引いていた。だが、引かれて現れたのは犬ではなかった。

 おれは口を開いた。

 砂色の頭が現れる。白い腕が地面に下りた。すんなりした白い背と尻がすべり出て、地面に降り立つ。その男は怯えたように顔をあげた。

 おれは息を呑んだ。

 ――ジェレミー・スチュワート!

 男も白い細面をあげた。一瞬、その灰色の目が大きくなる。

 おれはスカートを思い出した。キングサイズのブラジャーも。頭に血が上りかけたが、動けなかった。

 高慢な貴族のジェレミーが全裸で首輪につながれている姿に喘いでしまった。

 ジェレミーは頬を真っ赤に染めて目を伏せると、それ以上、おれを見なかった。

「ルビーはいるかね」

 初老の紳士がおれの不調法に飽きて、声をかけた。おれは役割を思い出した。

「お客様をお待ち申しております。どうぞ、こちらへ」

 どうぞ、とサイモンがドアの前で微笑む。ふたりの客はサイモンを知らないようだった。

 玄関で主人が紳士を迎える。

「やあ、ハーレー卿。アントニーノもよく来てくれた。歓迎する」

 ラテン系の大男の足元に小さな尻が待っている。おれは気づいて眉をしかめた。

 背にはむごい線状の傷がいくつもついていた。太もももそうだ。さらにあの股間に光っている金属はなんだろう。ペニスに金属がついている。

「入って。シェフも来ているんだ。うまいものを作ってくれる」

 ロジェが紳士からコートを預かる。おれもイタリア人らしい大男のコートを預かった。

 イタリア人はおれを見た。習い性で見返そうとして、すぐ立ち場を思い出した。

「なにか。お客様」

「あんた、女装が好きなの?」

 一瞬で全身の血がかけのぼった。おれは喘ぎそうになった。

「は、はい」

「脱いだほうがきれいなのに」

 大きな手がいきなりわき腹に触れる。わきをなで、腰を尻を撫でまわす。おれはどうしたらいいかわからず、壁に貼りついた。足元にはジェレミーが四つん這いになっている。

「あ、お客様、主人がお待ち申しております」

 いきなり大きな手が顎をとった。と思うと顔が迫り、唇をふさいだ。

(ジェレミーがいる!)

 おれは男の顎の下に手を入れて離そうとした。ところが、この男の腕力のほうが強い。かなり力を入れているはずだが、おれの腕は壁に推しつけられた。足の間に足を入れてくる。口には舌がもぐりこんで勝手に動き回っていた。

 おれはうろたえ、ジェレミーのほうをうかがった。彼の頭は礼儀正しく正面をむいて、こちらを見なかった。

「メアリ。早く――おっと」

 ロジェの口が小さく丸くなった。イタリア人がようやくおれを放す。

「お客様。どうぞこちらへ。ワンちゃんも――。おまえは早く、アペリティフの用意をしろ」

 


 飲み物をサーブしながら、おれは眩暈をおこしそうになっていた。

 ジェレミーにこのざまを見られた。男にキスされたところまで見られた。彼が来るなど聞いていなかった。

 だが、ジェレミーにとってはそんなことどうでもいいようだった。彼は主人の機嫌をとるのに必死だった。ハーレー卿と呼ばれた品のいい紳士の足元にうずくまり、足首を甘噛みしたり、鼻をなすりつけたりした。

 滑稽だったが、彼のからだの傷を見ると笑うどころではない。背だけでなく尻にも鞭傷が縦横に走っている。そして、彼の乳首にも陰嚢にもピアスが留まっていた。そのピアスからベルが下がっている。

「きれいな犬だ」

 主人は、その犬に触ってもいいか、と紳士にたずねた。

「ジェレミー。ルビーに撫でてもらいなさい」

 おれは思わずトレイを落としそうになった。

 ジェレミーは恥ずかしそうに微笑み、いそいそと主人の足元に歩み出た。本物の犬のように主人の膝に両手を乗せ、見上げる。顔は真っ赤だったが、はっきりと媚びた目をしていた。

「おまえはいけない子だな」

 主人は鼻でわらった。そろりとその胸を撫でる。

「こんなに鞭をもらうってことは、よほど強情なバカ犬なんだろう。主人を甘く見ているんだろう」

 え、となにかをつまんだ。

 とたんにジェレミーは悲鳴をあげた。おれは顔をそむけた。ピアスを引っ張ったのだ。

「や、やめてくれ。ああっ、お願い」

「犬が人間の口を利いていいのか」

「くっ」

「バカ犬だな」

「バカ犬です。ぼくはバカ犬です。お願い、許して」

 主人はようやく手を放した。ジェレミーは飛びのくように離れ、胸をおさえてちぢこまった。犬の擬態は解け、蒼ざめた素顔が現れる。苦痛に怯える人間に戻ってしまった。

「いつまでたっても覚えが悪くてね」

 ハーレー卿は鼻息とともに言った。「わたしが年で甘やかしすぎるのかもしれん。とてもショーには出せないよ」

 鞭を、とイタリア人に言う。イタリア人が立ち上がると、ジェレミーはすすり泣いた。泣きながら、彼についていく。

 ドアの前のスペースで、イタリア人はジェレミーの口にハンカチをつっこんだ。ジェレミーは目を閉じ、男の前に背中をさらした。

 鋭い音が空気を切った。くぐもった悲鳴がつづく。

 おれは飛び出すところだった。イタリア人の振る鞭は短いが、彼の腕はそれを補ってあまりある。叩きつけると電気がはじけたような激しい音がした。

 ジェレミーの叫び声に体がふるえる。助けなかったのは、ひとえに主人がおれの手首を掴んでいたからだった。その手はおれに落ち着くよううながした。

「こちらのかわいいメイドは」

 紳士の声に我に返る。

「新米ですよ。まだまだお見せできる仕上がりにはなっておりません」

 主人はおれの腕を引き、挨拶するように促した。
 おれは客の前に立って、まごついた。手を差し出す雰囲気ではない。

「ういういしい。まだ挨拶も覚えていないのか」

 紳士はやさしくいい、微笑んだ。その茶色い目はあたたかく、本当に楽しんでいるように見えた。

「でかい尻だな。フィストはできるのか」

 とんでもない。する予定もない。「いいえ。お客様」

「うしろを向きなさい」

 おれは飛びあがりかけた。この男を蹴飛ばしても逃げたかった。だが、逃げることができない。冷酷なヘイゼルの目が睨んでいる。

「うしろを向くんだ」

 紳士の声が低くなる。入り口ではジェレミーが泣き叫んでいる。主人がきびしく見ている。

 頭が沸騰したようになってしまった。おれは釣られたようにぎこちなく後ろを向いた。

「頭をさげて。スカートをあげて」

 プラスチックのキャップが開く音がしている。ゴムの感触の指が尻たぶをつかんだ。アヌスに指が突きこまれる。

(うっ――)

 びっしりつまった肉の中を男の骨ばった指が無遠慮にうごめく。色気など感じていられない。腕をつっこむというのだ。

 足がガタガタふるえた。恐ろしくて、歯が鳴りそうだった。

「メアリ。力を抜きなさい」

 主人がそばによる。彼はおれの前に立ち、首を支えてくれた。おれは夢中で主人のからだにしがみついた。

 主人の手はうれしかった。光にしがみつくようだ。

 ――あなたが望むなら。あなたを悦ばせるためなら。ぼくはあなたにお任せします。からだが壊れてもかまわない。でも――

「ぐっ」

 指が足される。本来問題ないはずだったが、恐怖のために肛門がひりついていた。筋肉がこわばってしまっている。

「処女か。この子は」

「いいえ。フィストなんて言うから、ふるえあがっているんです」

「きれいな尻だ。穴もきれいだよ。食いつかれそうだ」

「吸いつきますよ」

 紳士はにわかに指を抜いた。

「今日明日では無理だな」

 おれは解放され、主人の腹に抱きついた。恐ろしくて涙ぐみそうだった。主人の手が髪をなでる。

「ほら、お尻をしまって。サイモンたちの手伝いをしてきなさい」



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