食事の皿をサーブする頃には、おれも異常な空間に少しなじんでいた。
椅子の下にうずくまって待っているジェレミーの前に、鴨のローストの皿を置く。ジェレミーはすでに泣き止んで、文句も言わずローストに食いついた。
「なぜ、女装を」
イタリア人がまた主人にたずねる。「彼は美しい。絵にしたいようなからだをしている。犬か馬にすべきだ」
「おれは美しいものより、かわいいものに惹かれるんでね」
「犬もかわいらしい」
「否定はしない。なついてくる犬はじつにいとおしい」
「馬もいい」
「馬もいいね。彼は実際、競走馬のように美しいよ」
「彼をヴィラに連れて行きたい。散歩に連れて行って、自慢したいよ」
「きみの仔犬もかわいいじゃないか」
「かわいいが、バカだ。きみにやるよ」
こら、とハーレー卿がスプーンを浮かせる。「おれの犬だ」
「とにかく、ルビー。あんな布切れは剥いでしまうことだ。あの奴隷に合うのは鋼鉄の鎖だ」
主人は皿を下げようとしたおれを手招きした。傍らに立って耳をかたむけようとすると、彼はおもむろにスカートの中に手を差し入れてきた。
おれは身をこわばらせた。パンティのふちに指がそっと触れている。布の上からアヌスをなぞる。字をかくように触れ、離す。また指を会陰に這わす。
そのじらすような軽い感触に、おれは唇を噛んだ。夜の彼を思い出し、血がちらちらと燃えはじめる。
不意に、彼は手を抜いた。
「スカートがなければ、彼のこんなかわいい顔は見れないだろう」
ハーレー卿が拍手し、イタリア人は首を振った。おれはたまらずダイニングから逃げた。
キッチンではロジェとサイモンが皿の前で評定していた。ロジェはジェレミーが気に入っていた。
「質がいい。品格がある」
「ああ、ホンモノのブルーブラッドだからな」
「あのうそ臭い媚び方もかわいいじゃないか。ジョン(ペニス)を出してみろ。噛み千切られるぞ」
「もうそれはしないよ。頭はまだ切り替えが出来ていないが、からだが参っている」
「骨格もおれの好みだ」
「ハーレーはケツの穴をひろげたがる。きっとガバガバだぜ」
サイモンが野卑に笑う。彼はおれに気づいた。
「どうだ。おまえのダチを見て」
「……あんなむごいことを」
「そんなこと聞いてるんじゃねえ。あれに比べて、おまえはなってないと思わねえか」
ロジェも、
「やつは問題児だが、おまえよりはるかに躾が行き届いている。見習うんだな」
じゃないと鞭だ、と笑う。
おれは憂鬱な気持ちでデザートの皿を運んだ。ダイニングに入ると、真っ先にジェレミーの白いはだかが目に入った。
彼はハーレー卿の膝に手をかけて、落ちつかなげに鼻を鳴らしていた。
「お嬢さん」
ハーレー卿がおれに命じる。「この子のために新聞を持ってきてくれ」
こんな時に読みたい記事があるのだろうか。言われるままに新聞を持ってくると、床に置くように言われた。
「クソがしたいらしいんでね」
おれはつい見返しそうになった。それをこらえて、床に新聞を置く。ジェレミーは甘えるのをやめ、新聞紙の上に進み出て四つん這いになった。
おれはキッチンに戻りかけた。いくらなんでもひどい。いたたまれない。
「メアリ」
主人がおれの腕をつかむ。「ワンちゃんの頭を撫でてあげなさい。よその家で緊張している」
次から次へと叫びたくなるようなことばかり言う。おれはやりきれない気持ちで戻り、友人の前にかがんだ。
手をのばしてやわらかい髪に触れる。さすがにその顔を見ることができない。
ジェレミーはプライドの高い男だ。王子様のようなたおやかな姿に似合わぬ明瞭な頭脳とはっきりした物言いをする人間だった。軍にいたこともある。
おれは彼と寝たことがある。おれの二分の一しかないような細いからだをしているくせに上になりたがった。
ハーレー卿が冷たい声で叱る。
「ジェレミー。誰が顔を伏せていいと言った。お嬢さん、この子を甘やかさないでくれ」
メアリ、と頭のなかで主人の声がひびく。おれは機械的にジェレミーの頭を上に向けた。
その時、目があった。
彼の白い顔はバラのように染まり、悲しげな灰色の目から涙が滴り落ちた。唇はかすかにふるえている。
(!)
その表情がぎくりとするほど色っぽかった。おれは一瞬、その唇に口づけたくなった。もっと泣かせたいような気さえした。もっと苦しめて嘆かせたい。
「う……」
ジェレミーは美しい眉をしかめた。独特の臭気が鼻をかすめる。新聞紙の上に重い音が落ちる。それはふたつ、みっつと重なった。
ジェレミーはかすかに喘いだ。恥ずかしげに目をふせる。長い睫毛の哀れさに、おれは彼を抱きすくめたくなった。
「メアリ。何見ているんだ」
主人の声におれは自分に驚いた。まわりの男の同じようにジェレミーを凝視していた。
主人が笑った。「ワンちゃんのお尻を拭いてあげなさい」
ウエットティッシュが放られる。おれはほとんど汚れていないジェレミーの肛門をぬぐった。ひどく責められているのだろう。そこはしまりきらず、少し開いて赤い内壁が見えてしまっていた。
拭き終わると、ジェレミーは呼ばれもせぬのに主人の膝に近づいた。そこに顔を伏せ、肩をふるわせた。その姿がひどく可憐だった。
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