ディオニュシア祭 第9話


  反射的に身をそらしかけた。だが、次の瞬間、太ももに犬の爪がかかり、毛と濡れた鼻と舌が陰部にはりついた。

「くっ」

 ソーセージのせいでわめけなかった。犬は畜生らしいせわしなさで敏感な部分をなめあげる。おぞましさに腰をふって逃れるが、犬は離れない。

(あっ)

 亀頭をなめられ、電流が走る。腰がこわばってしまう。飢えていたからだに、犬の舌は容赦なく襲い掛かる。おれは鎖を鳴らして足掻いた。腰が浮き上がりそうだ。

(いやだ。犬なんかに)

「なんて顔だ」

「やはり牝犬だな。畜生がいいらしい」

 男たちはクスクスわらった。

「口がお留守になってるわ」

 女がいきなりおれの顎をとり、ソーセージを咽喉に突き刺す。えずき、涙を流すと、女はにっこり笑った。

「メアリ。あなたとても素敵な眺めよ。犬に愛されて、お肉の棒を口にくわえて泣いているなんて」

 ふさがれた口が苦しい。客たちの眼が痛い。おれは泣いた。犬の息、よく動く舌、犬の小さい歯が快楽をつきあげている。足りない。もっと欲しい。もっとたくさんの犬に嬲られたい。

 女はおれのペニスの裏にまた何かを塗った。すぐ犬がしゃぶりつく。脳天に光が散る。腰が揺れてしまう。

「おやおや。犬相手にやりはじめたぞ」

「フレデリカ。見ろよ、あの顔。うまそうにしゃぶるもんだ」

 その時、硬い小さい歯が尿道口にあたった。からだが痙攣し、はじけた。血がかけのぼり、頭蓋を衝く。

 ペニスは波打つように精を放った。快楽が津波のように襲いかかる。みじめな快楽が。

「あきれたわ」

 女は近づき、おれの口からソーセージを抜き取った。

「どういうことなの。メアリ。答えなさい」

 快楽が引いていく。代わって、にごった後悔がからだによどむ。

「……申し訳ありません。奥様」

「答えるのよ」

 おれは唇を開きかけ、喘いだ。

「犬にやられて気持ちよかったのか聞いているのよ」

「奥様」

「よかったの。よくなかったの」

「……よかったです」

 客たちが失笑する。黒髪の男が嘲笑った。

「きちんと言え。犬にやられて気持ちよかったってな」

 咽喉がこわばって声が出ない。「……い、犬にやられて、気持ちよかったです。奥様」

 なんですって、と女が高い声をあげる。

「犬にやられて気持ちよかったです。奥様!」

「おまえは牝犬なの?」

「わたしは牝犬です。奥様」

「ちがうわ。おまえは淫乱な牝犬よ」

「わたしは淫乱な牝犬です――奥様」

 おれは泣きじゃくっていた。おれを支えていたものが木っ端微塵になっていた。



 四日目




「起きなさい」

 男の声におどろき、身をはねあげる。金髪の男の顔を見て、おれは事態を思い出した。

「さあ、バスルームへ」

 おれはなかば寝ぼけたからだを引き上げ、主人について行った。昨日吊られた筋肉が痛む。

 主人が湯を出し、いつものように洗いはじめる。主人は湯をかけ、手首をもんでくれた。手首には枷の跡が残っていた。

 昨日はつらかった。
 犬になぶられた後、おまえは犬なのだから外に行け、と庭に出された。庭には雨が降っていた。首輪でテラスのテーブルにつながれ、おれは裸で雨に打たれた。鼻先にあるパンと肉の入った皿も水があふれていた。

 客たちはもうおれをかまわなかった。おれはガラス越しに彼らがデザートを取りながら談笑する様を見ていた。おれのことなど忘れて、何か言って大笑いしていた。

 彼らがロジェに案内されて出てゆき、部屋が暗くなってもおれは外にいた。
 本当に捨て犬のようだった。はだかに当たる雨が冷たく、さむくてみじめだった。

 ここで夜を過ごすのかと思い始めた頃、主人が現れた。彼はおれをバスタオルでつつみ、部屋へ連れ帰った。

 バスタブには湯が張ってあった。彼はおれをそこに入れてくれた。

「よく辛抱した。いい子だ」

 主人が肩から暖かい湯を流しかけ、やさしい言葉をささやくと、おれは身も世もなく泣き出した。わけもなく泣きたかった。母をなじる迷子の幼児のように怒っていた。

 主人はやさしく抱いてくれた。何度も、いい子だ、とキスしてくれた。




「今日はショーツはつけない」

 バスルームから出ると、主人はおれのからだを拭きながら言った。

「オブライエン奥様がそうお望みだ」

 おれは早くも呻きそうになった。あの女はたまらない。

「ご主人さま。ぼくは――」

「勝手に口をきくんじゃない」

 主人の声がきびしい。昨夜のベッドの彼ではない。おれは首を垂れ、彼がストッキングを履かせるのを黙って見下ろした。




「メアリ、うちのタフィに朝食をやってほしいのよ」

 スープをサーブすると、フレデリカ・オブライエン夫人はおれにジャーキーのようなものが入った袋を差し出した。

「かしこまりました、奥様」

 あの呪わしい犬。犬のための皿を取りにさがろうとすると、夫人が呼びかけた。

「どこへ行くの」

「いれものを取りに」

 女の青い目が残酷にかがやいた。

「あるじゃない。ここに」

 彼女が部屋の隅を見やると、黒人のロジェが近づいてきた。

「お呼びですか。奥様」

「この皿をテーブルにあげてちょうだい」

 かしこまりました、と彼はテーブルの上の花をどけはじめた。朝食をとっていたほかの男たちもそれぞれのカップとパン皿をさげる。

 ロジェはおれに、あごでテーブルをしゃくって見せた。わけがわからず立ち尽くしていると、でかいほうの客が言った。

「テーブルに乗れ。あお向けに寝るんだ」



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