第7話 |
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〔補佐〕;按察官補佐 その夕食会はへんな感じがしていた。 外科部長のかわりに、日本人アクトーレスのアキラが席についていた。 「今日は日本の鍋ですからね」 フミウスはまだぐつぐつと音をたてている土鍋をテーブルに据えた。 中は透き通るほど煮溶けた白菜と豚肉、春雨だけだ。 「この鍋がうまいんですよ。一部ではやってるんです。グルメの補佐にぜひ、食べさせたかった」 補佐、とアキラがわたしのグラスにビールを注ぐ。 日本式のこのお酌というのは奇妙な感じだ。ウェイターでもないのに注ぎあい、ぺこぺこ礼をする。断ると、途端に豹変して『おれの酒が飲めねえのか』とわめきだすので油断がならない。 「はい、じゃ、これ。あとはご自分で」 フミウスが取り皿をよこす。 食ってみておどろいた。肉にふしぎなコクがある。熱くてとろとろに煮溶けた白菜のうまいこと。水っぽい野菜のくせに、のどを過ぎてから、後味が鼻に深く香る。きのこの味か。 夢中でもぐもぐやっていると、フミウスが言った。 「こないだ、仔犬の手に行ったらね。モモちゃんが、触手ってもう現実にできるのか、って聞くんですよ」 「ほお。いい趣味だな」 「わたしも目を剥きましてね。だれがそんなこと吹き込んだんだーって。よく聞いたら、必要なのは触手じゃなくて、ふつうの義手だったんですが」 「なんだ」 「仔犬の手の子たちは、ボランティアでパンテオンに行くでしょう。そこでトルソー犬にマッサージして、友だちになっちゃうようなんですな。で、いまパンテオンが縮小してるでしょ。なかよしが一匹、処分されちゃうんですよ」 「ふむ」 「でね。ちょっと前、事件がありまして。その処分される犬の世話係が、思い余って犬を逃がそうとしたらしいんですな。でも、当の犬のほうがイヤだって騒いで」 「ふむ」 「なんでだって言うと、『手足がないからだ』って。『手足がないのに生きてたかない。ちょうどいいんだ』って。それでモモちゃんは義手の科学がどこまで進んでいるのか知らなかったので、部長ならいけると」 「はは」 「実際、できるようなんですよ。いまは精巧な義手が開発されてて、人体と接合して動かせるらしいんです。触った感覚とかも復元できるとかで。――でね。部長も筋電義手に興味があるってんで、ひとつその犬を買おうと思うんですよ」 「は?」 わたしははじめて鍋から顔をあげた。 「部長がか?」 「いや、われわれで」 「?」 アキラがすかさずビールを注ぐ。わたしはあわてた。 「ちょっとまて、ちょっとまて。だめだぞ」 油断した。これはヤクザの接待テーブルではないか。 鍋から身を引き、悪党どもから距離をとると、 「処分になる犬を買う金なんか出さんぞ。そういうことはダメ。だいたいスタッフに犬なんか買う権利はないぞ」 するとアキラが向き直り、 「もちろん、代理を立てますよ。それに補佐にお金を出していただこうというんじゃないんです。お金は客から集めるんですよ」 (うわ。ラスボスきた) わたしは噴きそうになった。しおらしくビールなんか注いで、やはり豹変しやがった。 「きみら、募金とか、そういうのは」 「いや、ニューイヤーにふさわしいイベントをやります。日本のお客様にはとくに喜ばれるものです。補佐にはそのイベントの許可をお願いしたいのですよ」 「あのな、詐欺はダメだぞ」 「いやいや。日本ではどこのデパートでも正月にやってるものです」 「?」 あと、と悪の手下のほうが箸を振って言った。 「犬の処置の延期のほうも頼みますね。ケンソルも反対しないと思いますがね。犬殺したって、一銭も入らないんだから」 〔カシミール〕;アクトーレス 第五デクリア所属 アキラが朝のミーティングで言った。 「『福袋』の売値は300万セス。だいたい三つのアイテムをセットにして売りに出す。したがって諸君には100万セスの価値のあるものをお願いしたい」 100万セス? おれの車だってそんなにしない。 ほかの皆も戸惑い顔だ。アラブの富豪じゃあるまいし、100万のお宝など家にごろごろしてるわけがない。 「あー、あのな」 アキラも察して言った。 「原価100万のものなんか出すなよ。そうじゃなくて、もらった人が100万セスぐらいうれしいってものだぞ。たとえば、手品の出張サービスをやって、その日ものすごくよろこばせれば、それで100万だ。諸君ならカウンセリングなんか得意だろ」 パンツは、というアホがいた。ニーノだ。 「おれのパンツ、100万だしても欲しいって言われたことあんだよね。お金持ちの華僑のじいちゃんにさ」 床みがくのにか?、とキーレンがつぶやき、みながどっと笑った。 アキラも笑い、 「パンツはノー。でも、考え方はいいよ。ファンのいるやつはプレミアもの、OK。ただし品格は守れ」 ものがなければ知恵をだせ、知恵がなければ時間を出せ、と言って解散した。 「ママのピクルスだな。あれは百万ドルぐらいうまいから」 カーク船長はもう決めたようだ。 「それいいね」 ラインハルトもうなずき、 「おれも手作りクッキーとかにしよ。愛がこもってればいいよな」 (おいおい、百万だぜ) ずうずうしい連中には勝てない。 あきれつつ、おれも自分にできることを考えた。おれの特技は演技とダンスぐらいだが、おれがマイケル・ジャクソンのダンスをやっても金をとれる芸にはならない。 ひとり芝居でできるものと言ったら、 ――『審判』? いやいや。あれは人肉食の話だ。放置された囚人が食にこまって互いに食い合う話を延々語るのだ。おめでたいイベントには、ふさわしくない。 しかめっつらして考え込んでいると、ルイスが声をかけた。 「なにかアイディアはあるのかい」 「ぜんぜん。当日の売り子かなんかかなあ」 「じゃ、おれの企画を手伝ってくれないかな」 彼は遠慮がちに微笑み、 「いいこと思いついたんだけど、ひとりでやるのは恥ずかしくてね。きみ、人前でしゃべるの慣れてるから」 彼の話を聞き、ぱっと心が明るくなった。ルイスと何かやれるなんて楽しみだ! |
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