第8話 |
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〔フミウス〕 福袋の中身を集めるのにいそがしい。 欧米の連中はジョークなのか、無頓着なのか、時々、扱いにこまるものを送ってよこす。 モンブランの万年筆って、どこの中学生の進学祝いだ。新品だが、保温下着というのもあった。毛布とか。あきらかに、あきらかに勘違いがある。 「相手は難民じゃなく、金で買えるものはなんでも買えるお金持ちなんです。金で買えないものにしてください!」 再通達してからは、すこしはマシなものが集まりはじめた。 第七の人気アクトーレスはディナーデート・チケット。第四の美男アクトーレスは愛用のアロハシャツを出した。 モモは仔犬の手のオーナーを説得して、無料チケットを出してもらった。使役犬の身分でがんばっている。 「おれの個人情報はプライスレス」 というふざけた男に爪の垢をのませたい。 意外に消極的だったのが、イアンだ。 出されたのはビールグラス。しかも、旦那からの横流し。高いらしいといいわけしたが、本人も原価がいくらかわかっていない。 「デクリオン、お歳暮じゃないんですからさー」 「おれ、いいもの持ってないんだよ」 いいわけする目がしょぼしょぼして、眠そうだった。結局、乾杯サービスをとりつけたが、彼はちゃんと覚えていられるだろうか。 フレディの処分はまだ決まっていない。 イアンはパンテオンに通って、弁護するよう働きかけているらしい。 〔イアン〕 パンテオンのトップは、大神官と呼ばれる小柄なフランス人だ。 「ここは牢獄でね」 大神官はつぶやくように言った。 「ここにいるのはかつての逃亡犬たち。ここは見せしめのための恐怖の館なんだよ。彼らを抱く客もいるが、まあ、余禄のようなものさ」 赤字部門なのは、自分のせいではない、といっていた。 小さな目が物憂げだった。 パンテオンは徐々に縮んできている。毎年、予算が削られ、スタッフも減っている。この男はそれを眺めていることしかできなかった。 おれは言った。 「たしかに。ここでペットショップのような商売をやれというのは間違っている。だが、管理責任は別でしょう。フレディの事件が大事になれば、あなたの管理能力が問われます。処刑されでもしたら――」 「わたしはね」 大神官はほおにゆがんだ浮かべた。 「よろこんでこの地位をお譲りするよ。だれか代わりたいと思う者があったら、いつでも。メソメソしたワン公、単調な毎日、剥げた絨毯。壊れた給湯器、全部くれてやろう。きみ、どうだね」 やりにくかった。 犬よりこちらのカウンセリングが必要なようだ。だが、時間がない。 「プリンキピアに行って、フレディのために弁じてやりなさい。たいした事件じゃない。欲求不満のスタッフと犬の事故はよくあることです。前例を引き合いに出して、きちんと守る姿勢を見せてやれば、むこうも軽率な処分はしません」 だが、大神官は光のよわい目をあげ、言った。 「わたしの話を、誰が聞くというのかね」 メルはおれを見ると、すぐに身を起こした。 クッションに短い肘をつき、巻き込むように巧みに座る。 細身の腹がきれいに割れている。きちんとトレーニングに励んでいる。 とび色の目は不安のために光が強かった。彼はおれを見つめ、じっと答えを待っていた。 「フレディは」 おれは言った。 「――よく食ってるよ。寝てるし、落ち込んでもないようだ」 「処分は決定しましたか?」 「まだだ。――だが、そんなに重い罪にはならない」 メルの小さい顔がすこしゆるんだ。かたい口元がほころびかけた。 おれはすぐ話を変えた。 「きみ、幻肢はあるのか」 「なんですか」 「その、手足の感覚だよ。自分の手がまだあるという感じかな。それがあると、義手を早く動かせるらしいんだ」 義手、と彼はにわかに顔をゆがめた。 「義手なんか、どうでも――。どうでもいいですよ!」 「……」 だが、フレディは真に受けたのだ。 フレディが最初にメルを逃がそうとした時、メルは恐れた。メルは彼に二度とバカな真似をさせたくなかった。だから、ウソをついた。 ――手足のない人生なんて、あってもしょうがない。 だが、フレディはまた彼を運び出そうとした。今度は自分の手足を切って与えるために。 (とんだ賢者の贈り物だ) 「フレディは助けるよ」 おれは言った。 「だから、そっちもヤケをおこすな、と言いにきたんだ。思いつめたりしないで――、まかせて。きちんと食って、寝ててくれ」 「ぼくは大丈夫ですよ」 メルは澄んだ目をむけた。 「こっちは心配しないでください。フレディを頼みます」 「――」 強い人間だった。 フレディはなぜ気づかなかったのか。この男は、人生を何度も折り潰され、その都度、歯を喰いしばって這い上がってきたのだ。 「次は、いい知らせをもってくる」 彼のセルを出ようとした時、 「エディングスさんは、なぜ」 メルがおだやかに聞いた。 「パンテオンのことで動いてくださるんですか」 その時、魔法のように問いが腹の底に響いた。 知らず、言葉がころがり出てしまった。 「おれの友だちは、犬を助けようとして死んだ。その犬はトルソーになって泣きながら死んだ」 おれは自分の声を聞き、うつろな死骸を見ていた。命のぬけた、しずかな、短いからだが、前に横たわっていた。 「おれはあの犬を殺しはしなかった。だが、救いもしなかった」 おれは何もしなかった。何かしているふりをして、ただそばに立ち、ひとりの人間が朽ちて、死んでいくのを無感情に見ていた。 |
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