難破船を模した建物はホテルだった。客室内はふつうのリゾートホテルと変わらない。清潔な広いベッドがあり、バスルームがある。
クロフォードがシャワーを浴びていると、男が背後に立った。
「高値をつけるだけあるな」
手が背中に触れる。「ヴィラの眼は確かだ。なまめかしい――千人にひとりの逸品だ」
「ふつうの男ですよ」
クロフォードはシャワーを止めた。「ベッドへ行きましょう」
だが、男の手が押さえる。背筋をなぞり、腰骨を撫でた。もう片方の手が首に触れ、指先が咽喉元を這いまわった。
「この牝鹿のような体には、狼の孤独がにおう。つい手をのばしたくなる。だが、入ったら最後、永遠にたどりつけない迷宮のようだ。どれだけ食べても餓えがやまない。……おまえの背中に男たちの焦りが見えるよ」
男の手が鎖骨に下りた。胸をつたい、乳首をまるくなぞる。乳頭をつままれると、うなじが小さくざわめいた。
そのうなじに男の歯があたった。
「ドン・ニコラはおまえに手を焼いている。そうだろう?」
首筋に舌が触れる。クロフォードは肩をすくめ、男の腕の中でじっとしていた。首筋の生暖かい息とぬめった刺激に、腹の中の血が揺れる。胸苦しくなってくる。
(ク)
男の片手は睾丸をなぞった。すでにペニスは熱を増していたが、男はなかなか触れない。
「フラナガンさん」
クロフォードはため息をついた。「部屋で――」
たしなめるように首筋に歯があたる。甘噛みして、また暖かい息が言った。
「なぜ、ドン・ニコラを愛さない?」
「ッ――」
男の指が会陰をなぞり、肛門に触れていた。やわやわといじり、かるく爪をたてる。クロフォードはうつむき、待った。ペニスはしだいに身をもたげ、ものほしげに色を増す。息が細くなり、肺がけたたましく酸素を欲しがる。
「……フラナガンさん」
身をねじろうとすると、フラナガンは押しとどめた。「だめだ。じっとして――老人に楽しませてくれ」
キスが首から背筋を下りていく。「おまえは――強情な――悪い子だ。お仕置きしてやろう」
クロフォードは目を瞠いた。尻の割れ目にあたたかい息がふれる。ぬめったものが敏感な粘膜に這った。
「ヒッ――」
思わず逃げようとする腰を抱え込まれる。フラナガンが笑いながら叱った。
「いい子にするんだ。止まって。どうした。ここを愛されたことはないのか」
「いけません――」
「何がいけない。じっとして。動くんじゃない」
腰を抱えこまれ、クロフォードはタイルにすがった。男の顔がまた尻に近づけられる。
(ア――)
ぬめった舌が肛門のまわりを生きもののように這った。鳥肌がたち、内臓がすくいあげられる。
クロフォードは喘いだ。嫌悪感に体がひるむ。しかし、アヌスをなぶる生暖かい舌は彼の腰を沸騰させた。ぞっとするような快感が体を押し上げてくる。脳天で火が爆ぜ、股間は別物のように脈打っている。
男の舌はためらいがなかった。肉の中に押し入り、音をたてて吸う。鼻息でなぶり、歯さえたてた。
「やめて――やめてくれ」
クロフォードは悲鳴をあげ、タイルにすがった。あらぬところに与えられる生暖かい刺激に脳が溶け落ちそうになっている。ペニスは痛いほどに張り詰めている。腰が揺れかけていた。
「もう、ア――アアッ――おねが……もう、ください」
だめだ、と男は忍び笑った。
「おれは老人だからね。そんなにしょっちゅうやれないよ」
ふたたび唇が吸いついて来る。卑猥な音をたて、ぬめった舌が攻め立てる。不気味な烈しい快楽に、クロフォードは崩れ、身悶えた。
「――アッ――クッ! は、アアッ!」
からだは弾け、痙攣し、破裂した。強烈な光が目の裏を打つ。二度、三度とペニスは勢いよく精をほとばしらせた。
全身の骨がしびれたように動けない。重い快楽に腰が抜けそうになる。
よろけかけた下肢を男が支えた。
「さあ、おいで。これからが本番だよ」
息が笛のようにヒューヒュー鳴っていた。
こめかみに血がかけめぐっている。全身が息を求めて波打っている。
(もう苦しい)
クロフォードはのけぞって、逃れようとした。だが、下肢の一点は愛撫に責め立てられ、いやおうなく火を燃やしつづけている。
「もういやだ――やめてくれ」
喘ぎ声がかすれる。
すでに何度達したことか。
男の舌と指先にクロフォードの体は何度も踊った。何度達しても飽かず、執拗に追い立てる。困憊し、気絶しそうになりながら、クロフォードは触れられるたびに、強烈な肉の快楽に掴まれ、ひきずられた。
指先がアナルをえぐっている。舌先がペニスの先をなめていた。裏と表から同時に責められ、腰が跳ね飛びそうになる。
「だめだ、やめて――アッ、アアッ」
声を押さえることができない。からだは痺れ、浮き上がり、どんな我慢も出来なかった。涙すら止められない。
男の舌はしつこかった。ネコのように丹念になぶり、達するまで離れない。そのくせ、一度も自分は達しなかった。
(あ、――)
衝動が突き上げる。クロフォードは悲鳴をあげ、水のような精液をはじけさせた。
快楽より疲れがまさった。そのまま意識が吸い込まれそうになる。
「誰が寝ていいと言った」
男が顔の上で笑っていた。その手が胸の上を撫でまわす。爪の先で乳首をいじっている。
「ノー……」
クロフォードは哀願した。「もう、もう、やめてくれ」
「おれがイってない」
男はそう言うと、クロフォードの足を軽く肩にかつぎあげた。さんざん嬲られた尻が突き上げられる。
「寝るなよ。寝たらまた折檻だ」
言うなり、男が入ってきた。ゆたかな質量が尻をこじあける。
「あ……」
クロフォードは狼狽した。指とは違う。熱と重みに体が歓喜しているのがわかる。吐きそうなほど疲れていながら、今また期待して体が充血し、潤んでいる。
(ひどい――本当に牝犬だ)
男の動きに弾み、クロフォードはよわよわしい鳴き声をあげた。声はかすれ、目を開けることすら億劫だった。だが、体は相手の熱に反応して、熱い雲を集めている。突かれるごとに、重い快楽の渦が体をうわずらせる。
「あ……、ああ、は、――ハッ、ア」
(もう、いやだ。もう、勘弁してくれ。助けて)
クロフォードは男の腕に爪をたてた。捕まらなければ、からだが中空に浮きそうだった。
「は、あっ、――ッ、アアッ、アアッ!」
腰が跳ね飛んでいた。最後の熱が飛沫となってはじけると、マリオネットのように体がばらばらに砕けた。意識がずるずると後退する。
「坊や。坊や」
目を開くと、男の胸にもたれていた。男はベッドの端に座り、窓を向いている。窓からは浜の乱痴気パーティーが見えた。
「ごらん。バーベキューだ」
男に顎をつかまれ、しかたなく目をあける。遠景ではあったが、クロフォードは妙なものに気づいて目を見開いた。
高い柱が燃えていた。
細い悲鳴が聞こえる。柱に何かくくりつけられていた。
「あれはジョージだ。おまえといっしょにいた男だよ」
獣じみた悲鳴がはっきりと聞こえた。
クロフォードは気づき、氷のようにこわばった。眼帯をした男だ。さっき、出迎えた男だった。
あの男が猛火に巻かれ、豚のようにわめいていた。
「ドン・ニコラを裏切ろうとした。バカな男だ。ドン・ニコラを愛さない人間はああなる」
男の手がクロフォードの髪を梳いた。
「おまえはドンを愛さなければいけない。気に入らなくても、愛することだ。黒焦げのおまえは見たくないよ」
「寝てるのか。外へやろう」
「かわいそうなことをするな。疲れている」
「しかし」
「安定剤をやった。火炙りにショックを受けていたんでね。なに、おれたちがそっちへ行けばいい」
「――フラナガン先生。また三件ある。資料を送っておく」
「金は」
「こっちの間違いだった。もう振り込んである」
「確認する――たしかに」
「経理のミスだ」
「金のことはミスではすまされん。次に同じ手を使ったら、こちらも考える」
「故意じゃないんだ」
「今回は信じる」
「――先生、リカータの小僧がアラブに島を買ったって本当か」
「アドリアンだ。ああ、買ったようだな」
「くそったれが。どこにだ」
「ドバイの埋立地。ベッカムも買ったってやつさ」
「タイタン買収で失敗したくせにいい気なもんだ」
「シリアだかどこかの女にぞっこんらしい。その女のものだ」
「――アドリアンは何番目だ」
「四番目」
「ファミリーを継ぐ気かな」
「無理だろうな。問題は本人がそれに気づいてないってことさ――ところでラニエリ、おまえはどうなんだ。ドン・ニコラの娘婿になれるのか」
「さあて。お嬢ちゃんはまだ7歳と5歳だからな」
「ミケーレと戦争する気があるなら相談しろ。おまえの頭じゃやつには勝てん」
「お帰り、子猫ちゃん。バカンスはどうだった」
邸に戻ると、ドン・ニコラが自ら出向かえた。
「どうした。酔っ払っているのかい」
クロフォードはブルーノに支えられていた。
「ハハ、刺激が強かったみたいで」ブルーノがニヤニヤ笑った。「浜にあった蝋人形がこわかったのか、腰ぬかしちまいやがって。帰りはずっと吐き通しでしたよ」
クロフォードはブルーノの肩を押しのけ、どさりと膝をついた。主人の靴に唇をつける。
両手で主人の足にしがみつき、喘ぎながら見上げた。
「やめてくれ」
ふるえ、主人の靴に額をすりつける。「やめてください、あんな――。従います。あなたに従います――」
「誰も何もしてやしないだろうに」
おねがいします、と靴にキスを浴びせる。
強い指が髪の毛をわしづかみにした。無理やり引き上げる。
「素直ないい子になって帰ってきたか」
「火炙りは、いやだ」
クロフォードは隠れるように顔を被った。「犬になります。あなたの忠実な犬になります。たすけて。ご主人様。助けてください」
アイスブルーの眼が射抜くように見ていた。
クロフォードは飛びのいた。手をふるわせてシャツを脱ぐ。ズボンを脱ぎ、全裸になると、主人の足元に四つに這った。
「わたしは犬です。あなただけの犬です。かわいがってください。あ、あそこへはやらないでください。おねがいです」
クロフォードは向きを変え、顎を床につけると尻を高くさし上げて見せた。もっとも無防備で屈辱的な姿勢をとってみせる。
主人はしばらく黙っていた。
静かな部屋にクロフォードのうわずった息だけが響いた。
やがて、主人は憮然と言った。
「ブルーノ、おれのいい子に何した」
「何って、フラナガンの相手を」
「こんなに怯えさせて!」
主人はかがむと、犬にするようにクロフォードの頭を抱えて撫でた。「おお、おお。人間の丸焼きを見て怖くなったのか。かわいそうに。ジョージめ、死んでまでろくなことをしない。――ブルーノ。こいつはな。花びらを食べて育ったデリケートな子なんだ。二度と死体に近づけるんじゃない。わかったな」
「わかりました。ドン・カステリーニ」
ブルーノの返事は悪びれなかった。ボスの顔も笑っていることだろう。
クロフォードは主人の掌の下で身をちぢめた。主人の膝に隠れ、その声音に集中し、どこまで信用されたか、はかっていた。
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