第15話


(チャンネルだ。リカータ家の四男、アドリアン・リカータがおれのチャンネルになる)
 
 クロフォードは唸りながら、首輪を引っ張った。ぴたりと嵌った革の首輪が息苦しい。
 だが、彼はそれを嫌わなかった。この首輪のおかげでだいぶ、身動きがとれるようになった。

 クロフォードは火刑を見て以来、降伏を装っている。パニックを起こしたヴィラの仔犬のように、こわごわとドンに媚びてみせた。
 ドン・ニコラは彼の変化をよろこんだ。彼に首輪をつけ、邸内に連れ歩くようになった。

 あの日、ブルーノとフラナガンが話している間、クロフォードは息を殺してじっと聞き入っていた。

 アドリアン・リカータはリカータ家でも微妙な地位にあるらしい。
 タイタン・ビルディングがライバル社から買収されかけた話は、クロフォードも聞いていた。結局、強力なホワイトナイトがあらわれ、経営陣の入れ替えは防がれている。

 失敗者は功を焦っているはずだ。ファミリーを継ぐ野心があるなら、なお名をあげるチャンスに餓えていることだろう。

 ――ドン・カステリーニ暗殺に興味を示す。

 ターゲットは決まった。
 あとは商品だった。
 獲物を引き渡す場所と時間。
 クロフォードは隣で寝息をたてている主人に目をやった。完全に眠っている。

 椅子にスーツがかけてある。
 ポケットにパームトップが入っている。そこにスケジュールが入っているだろう。
 クロフォードは手を伸ばしたい思いをこらえ、息を吐いた。

(落ちつけ。スケジュールを見ても、いつが狙い目なのかはわからない)

 外出時は当然警戒している。隙があれば、これまでに狙われているはずだった。

(この邸では無理だな。侵入するにはリスクが多すぎる)

 邸には高レベルのセキュリティシステムに加え、訓練されたボディガードと数匹の番犬がいた。殺し屋とて命は惜しいだろう。

 クロフォードはまたちらりと主人を見た。目を醒ます気配はない。
 椅子の背にかけられたスーツを見る。
 そっと重心を移しかけた時だった。

 風に吹かれてカーテンがふくらんだ。その時、バルコンのむこうの真っ青な海がクロフォードの目に入った。
 まばゆい青い海を白い観光客船が冷やかすように過ぎていく。
 クロフォードは気づき、目をみはった。




(海だ。海から狙える。狙撃銃の射程距離はどれぐらいだろう。船が通り過ぎる時にバルコンにドン・ニコラを立たせるようにしむければいい。――後はアドリアンにどう連絡をつけるかだ。おれひとりでは無理だ。ミケーレを使うしかない。あの男に連絡をとらなければ。電話は見張られている。書斎にパソコンがあったが――)




 カルロ・ロッシはボディガードだった。ドン・ニコラに5年仕えている。同郷の出世頭ドン・ニコラには、英雄に対するようなあこがれを抱いていた。
 だが、ボスの性癖には首をかしげている。

 ボスは美人の奥方と天使のようなふたりの娘をもうけていながら、男色が好きだった。しょっちゅう、秘密クラブから若い男を買って来てベッドに入れる。

 それとは別に、気に入りの男娼がいた。カルロにはこれがわからない。ほかの美青年たちとは違い、ひどく愛想が悪い。ボスを敬わず、時に罵倒した。
 罰を喰らうと、しばらくおとなしくなるが、けしてなつかない。

 カルロはこの男娼が嫌いだった。ボスがこの男娼にだけ執着するのが気味悪く、ボスを翻弄する性悪女に見えた。
 先ごろ、この男娼の様子が変わった。

 島で処刑を見てから、ふるえあがってしまい、ボスに裸で媚びるようになった。邸の中を首輪ひとつで犬のように手をついて歩く。ボスの足元にぴたりとつき、ボスの膝に顎を乗せて眠った。ボスもまんざらではなさそうな顔をしている。
 カルロはいよいよにがにがしくおもった。

(あいつは邪眼だ)

 媚び方がいやらしい。氷山のような無愛想が、ボスが膝に抱くと、しおらしい媚態をみせる。ためらいがちに愛撫にこたえ、ボスの腕のなかで子猫のような哀れな嬌声をあげた。
 その声を聞くとカルロは苛立った。

「カルロ」

 ドン・ニコラはその男を腕に抱えたままニヤニヤ笑う。

「おれのいい子をへんな目で見るんじゃないよ」

 男は隠れるように、ドン・ニコラの胸にすがりついていた。頬を赤くし、小刻みに喘いでいる。
 にぶい電動音が響いている。目は恍惚とうるみ、うすく開いた唇から、舌が見えかけていた。

「は――ご主人様、――」

「気持ちいいのかい」

「――あ、窓を」

「え?」

「窓を閉めてください」

 ボスは笑った。「今さら恥ずかしいもないだろう」

 白い体がひるむ。主人がカチリとリモコンを鳴らすと、男はきれぎれにせつない声をあげた。

「あハッ、アッ、ご主人様――アア、ん、――放し、もう、はッ、アアッ」

 カルロは歯軋りした。

(まるきり、女じゃねえか)

 すがる手の薄さ、指の細さはどうだ。あの冷たい灰色の目が、ボスの愛撫によがって、蜜のような涙を浮かべている。そこらの売女よりよほどはらわらに食い込んでくる。

 カルロは排除すべきだとおもった。この男の色気はまがまがしい。不自然だ。自分のなにかを破壊してくる。

(あの尻!)

 テラスで男が皿の水をなめている姿を見て、カルロは腹をたてた。主人がいなくても犬のマネをやめない。卑猥に舌を使い、誘うように尻をつきあげて、水を飲んでいる。

 ふりむかなかったが、カルロにはわかった。あの男は自分を誘っているのだ。カルロが奇怪な欲望と戦っていることを知っている。知って、からかっていた。

 ――我慢することはない。おまえだっておれが欲しいんだろう。

 奇妙になまなましい尻だった。陽を浴びた果物のようにやわらかそうで、熟れて、汁気がつまっている。揺れ、息づき、脈動しているのがわかる。快楽の果汁にみなぎり、うずき、せつなく愛撫を求めているように見えた。

 ――カルロ、触ってみたいだろう。

 カルロは部屋に入った。
 男がふりむく。少し眉をひそめ、またかまわず水を飲んだ。
 カルロは近づいた。体が揺れている。部屋も揺れているようだった。

 男がまたふりむく。灰色の眼をあげた。
 カルロはその瞬間、心臓を熱い指で掴まれたように思った。
 手がその尻をつかんでいた。相手がおめく。その足をつかみ、開く。頭に何か当たった。水が目に入った。男の体が手からすりぬける。カルロは必死につかんだ。足首を掴まえる。

「放せ! だれか! ドン・ニコラ! だれか!」

 男は狂ったように暴れた。カルロは男の細いからだを抱え込み、めちゃくちゃに殴った。暴れる足を体重でおさえ、腰を割り開く。片手で相手の手首をとらえ、片手でその足のつけねをつかんだ。夢中でいきりたったものを突き立てる。男が絶叫した。

「カルロ!」

 すぐに足音が入ってきた。強い腕がカルロの首を抱え込む。仲間が耳元で叫んでいた。

「なにやってるんだ、カルロ、気でも違ったか」

「こいつが! こいつが誘ったんだ。この悪魔が! こいつは邪眼だ」

 カルロは夢中でわめいた。





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