「ほい。朝飯」
ファビオはファストフードの包みを渡すと、車を出した。「エジプトにもバーガーキングってあるのかな」
「さあ、マクドナルドはあるだろ。――コーヒー」
「ありがとう。――イスラムってビーフOKなのか」
「きっと、マトンのセットメニューがあるさ」
「おれさ、むこうでレストランやろうかな」
「いいんじゃないか」
「ピザ屋とか」
「さきにリサーチしたほうがいいな。チーズが好きかどうか」
「立地条件とか」
「競合他社とか」
「折り合う価格帯」
「USP」
「だめだ。情熱とチーズが冷えて固まってきた」
「リサーチしなかったら、ウォルマートがいっても潰れる」
「――ピラミッド楽しみだな」
「うん」
「行ったことある?」
「ない」
「あれは登れるのかな」
「だめだ。禁止されてる」
「登ろう」
「どうして」
「面白そうだからさ」
「いいよ」
「本当?」
「ああ」
「――くそまじめってわけでもないんだ」
「おれが? くそまじめなら生きてないさ」
「よかった。ピラミッドに登るのにもリサーチがいるって言われたら困る」
「金を稼ぐ時はがむしゃらになる」
「どうして」
「貧乏はきらいだ」
「大学出だろ」
「奨学金だ。おれの家はネズミ穴とあまりかわらない」
「どこにあった」
「ブロンクス」
「どうしたの、それ」
「誰か住んでいるだろ」
「家族は」
「いない。死んだ」
「そう」
「倒産、自殺」
「そうか」
「きみの家は?」
「LA。ママもパパも姉さんも元気だ」
「けっこうだ」
「今度、紹介するよ」
「え」
「嫁さんだって」
「ハハ、おれが女?」
「おれじゃないだろ。どうみたって」
「まいったな」
「正式に届けも出そう」
「――」
「オランダで出そうか」
「ご両親が泣くよ」
「泣かせとけ」
「――」
「寝ないのか?」
ファビオはベッドに倒れて、大きくあくびをした。
クロフォードは、備え付けのパソコンの前にかがみこんで、一心に何かを打ち込んでいる。
ファビオはビールを二本開け、うとうとと眠くなっていた。
「おーい、寝ないのか?」
「寝ててくれ」
クロフォードはモニターに吸いついたまま、ふりむかない。
ファビオはしょんぼりとシーツに倒れた。恋人の体が欲しかったが、とりつくしまがない。
やがて、いい気分にあたたかくなり、眠りこけていた。
「ファビオ――ファビオ」
気づくと、クロフォードが耳元で呼んでいる。「ファビオ。遊んでくれ」
ファビオの体はすっかり寝てしまっていた。目も開けられない。
「明日、朝――」
「だめだ。今だよ」
クロフォードは笑いながら、ファビオのパンツを脱がせていた。陰部が涼しい。と思うと、あたたかいものがペニスを含んだ。
「うひっ」
さすがに、ファビオも目を開いた。クロフォードの髪が下腹に触れている。あたたかな舌が彼の敏感な肌をせわしく愛撫していた。
男同士である。弱い場所を巧みに愛撫され、ファビオは喘いだ。
「ダーリン、待って、待って」
甘噛みされ、ファビオは肩をすくめてわらった。
「わかったよ。こっちにおいで」
だが、クロフォードは従わない。顔を放すと、ファビオの上に、そのまま跨った。
「……ン――」
蜜の炉に吸い込まれる感触に、ファビオは歯を軋らせた。恋人は息をふるわせながら、ゆっくり腰を沈めている。
「――ああ……」
なやましげな声をあげ、クロフォードは奥深くファビオを含み、股間の上に乗った。
外の明かりが窓から入ってくる。白い灯りがクロフォードのすべらかな輪郭をかたどった。澄んだ首筋、肩の線、なめらかな腕。
「ン……」
恋人は腰を浮かせ、ファビオのペニスをしぼりあげた。ファビオの頭にシャンパンの泡のような快楽がはじける。
深く腰を沈ませ、クロフォードは甘い鳴き声をあげた。
ファビオはたまらなくなり、その腰をつかんだ。
「ダーリン。もうダメだ」
身を起こし、クロフォードの体を抱きしめる。つながったまま、いとしい恋人の首をつかみ、その舌を求めた。
クロフォードも腕をからめてきた。ファビオの舌に舌をあわせ、いとしげに蜜を吸う。
「好きだ」
甘い息のなかでせわしなく、クロフォードは言った。「愛している、ファビオ」
愛している、と繰り返しささやき、幸福そうにキスを繰り返す。
(なんてかわいい人なんだろう)
ファビオは涙ぐみたいような思いで、クロフォードの体を愛撫した。
はかないほど透きとおって、だが、どこか侵しがたい。孤独で、凛々しくて、自分よりもずっと大胆だ。
だが、ファビオはねたまなかった。彼に惚れた自分が誇らしかった。
父のように彼を守護したいとおもった。恋人として彼の幸福を永遠に守護したい。
彼を愛する自分が誇らしかった。
ファビオは幸福な思いを抱きしめて眠った。
目を醒ました時、クロフォードの姿はなかった。紙切れが一枚、机の上に置かれていた。
――ファビオへ わたしはこの問題を処理してくる。ひと月の間、表に出ないで待っていてくれ。すべてが終わったら、きみのところへ戻る。その時、わたしがどんな状態であっても抱擁してほしい。
F・C
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