房事の映像は撮れなかった。
ミスター・ブレガはクロフォードにキスすると、彼を連れ去ってしまった。翌日さえ、クロフォードは会社に現れなかった。
(こいつが主人か?)
ファビオは空室をうつすモニターを眺め、憮然とした。
「ボスが二日にわたって、男にうつつを抜かすとはなんたること」
立ち上がり、バスルームに入ってシャワーを浴びる。水流の中でいつものように自慰した。
本来、彼の足元には想像のプレイメイトがひざまづいているはずだった。巨乳の美女がせつなそうに足をすりあわせながら、彼のペニスをしゃぶっている。
その内股は愛液があふれ――というのが、いつものお気に入りのファンタジーだ。
ところが、いくら指でさすりあげても、美女が浮かばない。
ベッドに倒れたクロフォードのからだばかりが思い出された。
手に弾む肌。ナーバスな乳首。芳醇な官能を隠した硬い腰。
そっけなくそむけた灰色の目が、しだいに熱をおびて潤む。うすく開いた唇から、耐え切れず、疲れたようなため息がもれる。
しかし、抱いているのは、ブレガの鋼鉄の腕だった。ブレガの力強い腕がクロフォードの足を割り開き、猛々しく組み伏せる。
男の獰猛なペニスを無理やり突き入れられ、クロフォードが苦しげにのけぞる。ブレガはそのあごを掴み、笑いながら唇を寄せ――。
(くそ――)
ファビオはペニスから手を放し、シャワーを水に切り替えた。冷水をかぶり、燃えさかるはらわたを鎮める。
混乱していた。
ゲイにはなりたくなかったが、なぜかひどく腹がたった。ブレガにクロフォードが抱かれていると思うと、身のうちがじりじりと、にがく焦げた。
(あの男――)
上流階級の男だった。優雅に信託で暮らして、金の心配なぞしたことないに違いない。世界を動かす1パーセントの人間。
クロフォードは彼ら上流階級のものだ。
(おれのようなチンピラには永遠に手に入らない!)
「おはようございます、クロフォードさん」
「おはよう、クレア」
クロフォードは受付のデスクの前を通り過ぎようとした。秘書は立ち上がり、書類の束をとってついてきた。
「昨日、急にお休みになったので、J&TフーズのCEOとファインマンのパブリシストにお帰りいただかなければなりませんでした」
「わたしから連絡しておく」
「オーガニック・プロジェクトの報告会も中止になりました」
「わかった」
「お体の具合でも?」
「連絡はそれだけ?」
秘書は上司の灰色の目に畏れをなして、そそくさと戻った。
クロフォードはフェデックスの束が積まれ、ボイスメッセージのランプがうるさく点滅するデスクを見やった。
(仕事だけにするか、奴隷だけにするかにしてほしい)
椅子に座ると、さんざん痛めつけられた体が軋む。彼は呻きながら、デスクの上に身を伏せた。
主人はクロフォードの浮気を知っていた。バイヤーの若い男とホテルに入ったことはきちんと報告がいっていた。
クロフォードもわかっていた。わかっていて、わざとついて行った。
案の定、ブレガが遣わされ、呼び戻された。
マイアミの瀟洒な邸宅で、クロフォードは主人に苦しく詫びた。さんざんいたぶられた後で。
(こんなこと、いつまで続く)
ヴィラにいた間はまだよかった。いつか出る、出たら自由だ、という希望があった。
クロフォードにはいい主人がついていた。若く、単純で無知だったが、彼に夢中だった。買い取ったら、解放してくれるはずだった。
だが、その男はあっけなく死んだ。
そして、今の主人が彼を買い取った。二年で解放してやる、と言って彼を喜ばせた。だが、二年たつと、言いがかりをつけて二年延ばした。また期日が来ると、罰だといって野外奴隷に出した。
ひと月前、それはまた延長された。
(解放する気なんかない)
騙されつづけ、クロフォードは疲れていた。主人の言いつけに従うのがばかばかしくなっていた。
「クロフォードさん」
駐車場におりると、大柄な若い男が呼びかけた。
――また。
クロフォードは胸の内で舌打ちした。
「やあ」
通り過ぎようとする腕をファビオがつかむ。クロフォードはそれを引き剥がした。
「待ってくださいよ」
「わたしに近づくなと言ったはずだ」
「誘っておいて、それはないでしょう」
クロフォードはふりむいた。若い男の黒い目がひたと彼を見つめた。
「あなたはこの間、ぼくを誘ったんだ。逃げられたのに、抱かれたくてわざとついてきた」
「では、きみが逃げればよかったんじゃないのか」
クロフォードは自分の車に向かった。とたんにファビオが肩をつかみ、引き戻した。
無理やり首をひきよせ、口づける。クロフォードは苛立ち、その咽喉を引き剥がした。
若い男は黒い目をかがり火のように燃やして睨んだ。
「なんでこの間、ぼくと寝たんです」
「意味なんかない」
「あなたは誰にでも体を明け渡すんですか」
「そのとおり」
「じゃあ、なぜ今日は拒むんです」
クロフォードは笑いたくなった。
罰を受けたからだ。おかげでへとへとなんだ。今も悪寒がしてこの場に倒れて眠りたいほどだ。
「きみが子どもだからだ」
ふたたび、車に向かうとファビオの声が追った。
「あなたを愛している」
クロフォードは無視して歩いた。ファビオはさらに怒鳴った。
「ぼくがあなたを買い取る。解放してあげる」
クロフォードはドアを掴み、車内にもぐりこんだ。男はまだ何か怒鳴っていた。
クロフォードは毒づきながら車を出した。
|