『18日、20時。スパイス・マーケットにて待つ。F』
『19日、21時。ユージーンにて泣きながら待つ。F』
『20日、21時。ハドソン・ホテル。デザイナーのパーティがある。絶対にバレないから来て。F』
クロフォードはファビオのメッセージをシュレッダーにかけた。
ファビオは毎日、メッセージを届けてくる。一度も行かない。行けば、すぐにミケーレに知れる。
クロフォードは憂鬱におもった。ファビオに抱かれたことを後悔してはいない。が、深みにはまるのはこわかった。
主人は裏社会の人間だ。自分にかかわれば、ファビオはろくな目にあわない。
(遠ざけたほうがいい)
そうしなければ、と思いつつ、ずっとグズグズ決断を延ばしていた。
あれ以来、ニ度、ヴィラの客と寝た。
その苦しさに、クロフォードはうろたえた。欲情はしても、からだが鉛のように重い。ヒリヒリして、どこに触れられても痛い。どの男もヘドロのように臭く感じた。
彼のからだは変わってしまっていた。
――この生活にはもう耐えられない。
夜、ひとりになると痛切に感じる。このままでいれば、気が狂うのではないかと思う。
あの若者の腕で眠りたかった。もう一度抱きしめて、人間の熱を感じたい。
(だが、おれのエゴだ)
クロフォードは購買セクションへ内線をかけた。
「クロフォードだ。ターナーを」
「デンバー? なんでおれがデンバーなんだ!」
ファビオはデンバーへの出張命令に茫然とした。
短絡的な彼はまず逆上した。
(あいつだ。遊ばれた! 切り捨てられた!)
すぐに退社を決めた。チーフに啖呵を切って、ファビオはエレベーターに飛び込んだ。57階にあがる。
「ファビオ――」
受付席でクレアがクッキーをつまんでいた。
「プレジデントは」
「接客中」
クレアが肩をすくめて見せた途端、ファビオは「客」の意味に気づいた。
「やめて、ファビオ! ダメよ」
クレアを押し退け、ファビオは蹴破るようにドアをあけた。
「!」
ファビオはぞっと、背筋の毛を逆立てた。
ふたりの男が半裸のクロフォードを囲んでいた。
クロフォードはひとりの男の膝に座らされていた。ワイシャツははだけられ、男の手が胸に触れていた。
彼らの足の間に今ひとりの男がいた。ふりかえり、きょとんとファビオを見ていた。その手はクロフォードのペニスをつかんでいる。
「出てくれ――」
男の胸にもたれたまま、クロフォードは言った。落ちかかった前髪の間から、灰色の目がうつろに見ていた。
「出て――」
ファビオは獣じみた悲鳴をあげた。手前にいた男につかみかかっていた。猛然と男の首根をつかみ、引き剥がす。
途端にきびしい声が彼を打った。
「やめろ。カレッラ」
クロフォードは言った。
「出るんだ。きみには関係ない」
ファビオは言い返そうとして、突如、血を噴くように泣いた。
「いやだ」
彼は泣き叫んだ。
「デンバーへなんか行かないからな! いやだ、いやだ、いやだ」
ファビオはケリー・ショップスを辞めた。
クレアとも別れた。クレアは恋人がゲイだったと知り、一言もなく彼から去っていった。
ファビオは自分のアパートで膝をかかえて、ぼんやりした。
再就職しなければならなかったが、腰が動かない。毎日、ビールの空瓶を増やすだけで日が過ぎた。
(何やってんだ、おれ)
男に惚れてきりきり舞いしている。
涙にくれて、食事も通らない。
クロフォードがセレブたちのおもちゃだと知っていた。だから、近づいたのだ。
だが、目の当たりにした途端、頭に血がのぼってしまった。何もかも吹っ飛んで、骨をとられた野良犬のように逆上していた。
(あの人はおれのだ。おれのなんだ)
アパートに押しかけて行った日、クロフォードは自分からキスしてきた。クロフォードに求められ、ファビオは有頂天になった。女神を抱いたように幸福だった。
――あんな人はほかにいない。
もはや言い訳などできなかった。ほかの誰よりクロフォードが欲しかった。彼に愛されたかった。
だが、彼はファビオを遠ざけた。ヴィラの犬に戻り、ファビオの手を払ったのだ。
(やっぱり、遊ばれたのか。舞い上がっていたのはおれだけか)
ファビオはみじめな涙にくれた。
遊ばれたのなら、ほかの子に乗り換えればいい。ガールフレンドならそうしてきた。
だが、ファビオは未練がましく携帯電話を眺めた。何度もゴミ箱に投げ捨て、拾い上げては着信を調べていた。
(助けてくれ――って、ひとこと言ってくれれば、おれはハーキュリーみたいに、地球だって持ち上げてやるのに)
三ヶ月が過ぎた。
ファビオはホームレスになる寸前、べつの大手スーパーに就職した。
新しいオフィスには、それなりにかわいい娘もいた。彼に何くれとなくまとわりつく。
だが、ファビオは抱きたいと感じなかった。クロフォードを思うとすべての人間がかすんで見えた。
「ファビオ」
オーガニック・アイスクリーム会社のロビーで、ファビオはケリー・ショップスの旧友たちに会った。
「よう、元気そうだな。ホームレスになったかと思ったよ」
「なるところだったんだよ」
会社の仲間は、気さくに彼を飲みに誘った。
ビールボトルを何本か開けると、ファビオはさりげなく聞いた。
「おたくの神様はどう? 最近は」
「クロフォード? 階段から落ちたよ」
「え?」
「先週だったか。顔に痣作って来たよな。なあ、レイ」
「あれ、階段じゃねえだろ。殴られた痕だと思うぜ」
ファビオは仲間を見つめた。
「どうして、彼が」
「ホールドアップにあったんじゃないか」
「クロフォード、もう辞めると思うな」
もうひとりの仲間が言った。
「上の連中の話じゃ、ここ三ヶ月、なんかメチャクチャらしいよ。会議はすっぽかすし、決済しないし、アポ無視して取引先とか怒らせてるらしい。ヤクでもやってんじゃないかな」
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