第6話


『18日、20時。スパイス・マーケットにて待つ。F』

『19日、21時。ユージーンにて泣きながら待つ。F』

『20日、21時。ハドソン・ホテル。デザイナーのパーティがある。絶対にバレないから来て。F』

 クロフォードはファビオのメッセージをシュレッダーにかけた。
 ファビオは毎日、メッセージを届けてくる。一度も行かない。行けば、すぐにミケーレに知れる。

 クロフォードは憂鬱におもった。ファビオに抱かれたことを後悔してはいない。が、深みにはまるのはこわかった。

 主人は裏社会の人間だ。自分にかかわれば、ファビオはろくな目にあわない。

(遠ざけたほうがいい)

 そうしなければ、と思いつつ、ずっとグズグズ決断を延ばしていた。

 あれ以来、ニ度、ヴィラの客と寝た。
 その苦しさに、クロフォードはうろたえた。欲情はしても、からだが鉛のように重い。ヒリヒリして、どこに触れられても痛い。どの男もヘドロのように臭く感じた。
 彼のからだは変わってしまっていた。

 ――この生活にはもう耐えられない。

 夜、ひとりになると痛切に感じる。このままでいれば、気が狂うのではないかと思う。

 あの若者の腕で眠りたかった。もう一度抱きしめて、人間の熱を感じたい。

(だが、おれのエゴだ)

 クロフォードは購買セクションへ内線をかけた。

「クロフォードだ。ターナーを」




「デンバー? なんでおれがデンバーなんだ!」

 ファビオはデンバーへの出張命令に茫然とした。
 短絡的な彼はまず逆上した。

(あいつだ。遊ばれた! 切り捨てられた!)

 すぐに退社を決めた。チーフに啖呵を切って、ファビオはエレベーターに飛び込んだ。57階にあがる。

「ファビオ――」

 受付席でクレアがクッキーをつまんでいた。

「プレジデントは」

「接客中」

 クレアが肩をすくめて見せた途端、ファビオは「客」の意味に気づいた。

「やめて、ファビオ! ダメよ」

 クレアを押し退け、ファビオは蹴破るようにドアをあけた。

「!」

 ファビオはぞっと、背筋の毛を逆立てた。

 ふたりの男が半裸のクロフォードを囲んでいた。
 クロフォードはひとりの男の膝に座らされていた。ワイシャツははだけられ、男の手が胸に触れていた。

 彼らの足の間に今ひとりの男がいた。ふりかえり、きょとんとファビオを見ていた。その手はクロフォードのペニスをつかんでいる。

「出てくれ――」

 男の胸にもたれたまま、クロフォードは言った。落ちかかった前髪の間から、灰色の目がうつろに見ていた。

「出て――」

 ファビオは獣じみた悲鳴をあげた。手前にいた男につかみかかっていた。猛然と男の首根をつかみ、引き剥がす。
 途端にきびしい声が彼を打った。

「やめろ。カレッラ」

 クロフォードは言った。

「出るんだ。きみには関係ない」

 ファビオは言い返そうとして、突如、血を噴くように泣いた。

「いやだ」

 彼は泣き叫んだ。

「デンバーへなんか行かないからな! いやだ、いやだ、いやだ」




 ファビオはケリー・ショップスを辞めた。

 クレアとも別れた。クレアは恋人がゲイだったと知り、一言もなく彼から去っていった。

 ファビオは自分のアパートで膝をかかえて、ぼんやりした。
 再就職しなければならなかったが、腰が動かない。毎日、ビールの空瓶を増やすだけで日が過ぎた。

(何やってんだ、おれ)

 男に惚れてきりきり舞いしている。
 涙にくれて、食事も通らない。

 クロフォードがセレブたちのおもちゃだと知っていた。だから、近づいたのだ。

 だが、目の当たりにした途端、頭に血がのぼってしまった。何もかも吹っ飛んで、骨をとられた野良犬のように逆上していた。

(あの人はおれのだ。おれのなんだ)

 アパートに押しかけて行った日、クロフォードは自分からキスしてきた。クロフォードに求められ、ファビオは有頂天になった。女神を抱いたように幸福だった。

 ――あんな人はほかにいない。

 もはや言い訳などできなかった。ほかの誰よりクロフォードが欲しかった。彼に愛されたかった。

 だが、彼はファビオを遠ざけた。ヴィラの犬に戻り、ファビオの手を払ったのだ。

(やっぱり、遊ばれたのか。舞い上がっていたのはおれだけか)

 ファビオはみじめな涙にくれた。
 遊ばれたのなら、ほかの子に乗り換えればいい。ガールフレンドならそうしてきた。

 だが、ファビオは未練がましく携帯電話を眺めた。何度もゴミ箱に投げ捨て、拾い上げては着信を調べていた。

(助けてくれ――って、ひとこと言ってくれれば、おれはハーキュリーみたいに、地球だって持ち上げてやるのに)




 三ヶ月が過ぎた。
 ファビオはホームレスになる寸前、べつの大手スーパーに就職した。
 新しいオフィスには、それなりにかわいい娘もいた。彼に何くれとなくまとわりつく。

 だが、ファビオは抱きたいと感じなかった。クロフォードを思うとすべての人間がかすんで見えた。

「ファビオ」

 オーガニック・アイスクリーム会社のロビーで、ファビオはケリー・ショップスの旧友たちに会った。

「よう、元気そうだな。ホームレスになったかと思ったよ」

「なるところだったんだよ」

 会社の仲間は、気さくに彼を飲みに誘った。
 ビールボトルを何本か開けると、ファビオはさりげなく聞いた。

「おたくの神様はどう? 最近は」

「クロフォード? 階段から落ちたよ」

「え?」

「先週だったか。顔に痣作って来たよな。なあ、レイ」

「あれ、階段じゃねえだろ。殴られた痕だと思うぜ」

 ファビオは仲間を見つめた。

「どうして、彼が」

「ホールドアップにあったんじゃないか」

「クロフォード、もう辞めると思うな」

 もうひとりの仲間が言った。

「上の連中の話じゃ、ここ三ヶ月、なんかメチャクチャらしいよ。会議はすっぽかすし、決済しないし、アポ無視して取引先とか怒らせてるらしい。ヤクでもやってんじゃないかな」





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