不貞 第5話 |
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(もう、もうやめてくれ) 三人目の男が背後から尻をひらく。生温かいペニスを肛門に押し付けてくる。 おれはギャグの中からかすれた悲鳴をあげた。身を揺さぶって抗った。 だが、男はずしりとおれのなかに入ってきた。熱いものが尻穴を割り開いて突き上げる。 (アアッ――) おれは泣き叫んだ。必死に助けを求めた。もうだめだ。耐えられない。これ以上やられたらバラバラになってしまう。 だが、男は歌うようにおれを犯した。突きこまれるごとに前の男たちの精液があふれた。湿った音とともに重い滴りが内股をつたう。 さらに無遠慮な手がおれのペニスをつかむ。敏感な器官を荒々しくしごかれ、腰のなかが混乱する。 (いやだ。もう――) からだの中を酸が駆け巡る。甘い酸に骨はうわずり、腰のなかが焼け爛れる。ペニスが心臓のように激しく脈打つ。 (アア) 無理やり引き出される快感におれは絶望し、泣いた。 黒いものがそばにいた。おれを取り囲み、足を踏み鳴らしてわめいていた。 快感にからだが浮き上がるほどに、黒いものがけたたましく叫ぶ。 おれは悲鳴をあげ、たびたび気をうしなった。そのたびに鞭打たれ、水をかけられ、容赦なく意識を引き戻された。 「弱い子だ」 最後の男はおれを放すとつまらなそうに言った。 「スクラップ寸前だな」 日が落ち、アクトーレスはおれたちを天秤棒から下ろした。 おれはぼろぼろになっていた。 からだが異様に重い。腕を少し動かすと肩の骨がはずれそうに痛い。 泥だらけだ。 からだのなかも泥だらけ。土足で踏みにじられ、脂に汚れ、垢まみれ。悪臭ふんぷんたる泥道だ。 「――」 かわいた笑いが出た。 この悪意はすべてご主人様のものだ。あのひとはもうおれなどいらない。潰すのだ。 「殺してくれ」 アクトーレスは聞こえなかったように、水と食事の皿を置いた。 おれはアクトーレスにもう一度頼んだ。 「殺して」 アクトーレスはそれには答えなかった。 「明日はもっと消耗する。喰っておいたほうがいい」 「もうたくさんだ」 ひびわれた声が出た。 「どうせ捨てるんだ。罰なんか時間の無駄だ。殺せ」 アクトーレスは答えず、フォルムを立ち去った。 おれは石畳に倒れた。 足首に枷がついている。だが、鎖は首に巻くには短い。天秤棒から下がった鎖も短い。 舌を噛んでも舌が短くなるだけだ。死ねるものではない。 (死んだら少しは――) おれは薄情な主人をおもった。 (死んだら少しは哀れと思ってくれますか) 死ぬだけの気力はなかった。だが、死の空想は少しだけ心地よかった。 死んだら少しは怒りを鎮めて、おれを思ってくれるだろうか。彼だけに忠実な犬であろうとしたのをわかってくれるだろうか。 いつもまっさらのシーツを用意して待っていた。おれもまっさらだった。彼がひとに投げ与え、あとかたもなく粉砕したのは、おれの唯一のプレゼントだった。 (もう何もいらないんだ。おれのものは何も) 銅像の台座の向こうですすり泣く声が聞こえた。 アルフォンソだ。彼は鎖をひきずり、こちらにまわってきた。 だが、鎖の長さが足りなかったのだろう。台座の影からかろうじて肩を出し、手だけ伸ばしてきた。 「……」 闇のなかで彼の手だけがひらひら宙を掻いている。おれを探している。 (放っておいてくれ) だが、手は無言でしつこくおれを呼んでいた。 おれはしかたなくその手に触れた。 アルフォンソが強く握り返す。彼は放さなかった。すすりあげながら、おれの手をしっかりと握っていた。 何も言わない。 顔も見せず、洟をすすりながら、おれの手をつかんでいる。 (……) 涙が出た。おれは片腕で目を覆った。不毛の荒野で寄り添うように彼の体温はやさしかった。 胸が押し潰されるようにつらい。なにもかも耐えられなくなりそうだ。 おれは声をたてず、歯を食いしばった。砕かんばかりに彼の手を握り締めていた。 目をさましたのは明け方だった。やっと奇怪な事実に気づいた。 (まさか――) 声をあげそうになった。 やっとわかった。おれは馬鹿犬だった。とんでもなく、愚かな甘ったれの犬だった。 朝、アルフォンソは高熱を出していた。 彼は担架で運ばれていった。運ばれる時、彼は熱にうるんだ目でおれを見つめた。 おれは、だいじょうぶだ、と伝えた。 アルフォンソがポルタ・アルブスの方へ運ばれていくのを見つめ、すこし安堵した気持ちと、泣き崩れたいほどすまない気持ちがした。 アクトーレスがおれにも抗生物質の錠剤を渡した。 「今日は地下だ」 |
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