不貞  第7話

「ふざけた真似しやがって! クソ犬が!」

 黒人スタッフはおれの首輪をつかみ、乱暴に揺さぶった。

「てめえ出すのに、ここの犬が出番譲ってんだ。わかってんのか! このステージは、やつらにとっちゃチャンスなんだ! 飼い犬になれるかもしれねえチャンスなんだぞ」

 彼は激怒していた。眼を剥き、おれを最悪の卑劣漢のように言った。
 おれは失禁したショックと、怒鳴り声に泣きそうになっていた。

「いいか! 次、不服従をやったら、遠慮なく馬に掘らせる。アクトーレスがなんと言おうと、おまえにここの掟を叩き込んでやるからな!」

 次の出にそなえて体を洗え、と怒鳴った。
 おれは半べそかきながら、シャワーを探した。

「だれだ。クソくせえワン公がまぎれこんでるぜ」

 控え室の犬たちが嗤う。

「ピンクのドレスのお嬢ちゃん。尻になんかついてるぞ」

 洗ってやろうか、とでかい犬が立ちふさがる。大きな手に肩をつかまれ、眩暈がしかけた。
 また嬲られる――。

「ロビン」

 オクタビオが呼んでいた。

「こっちだ」

 控え室の奥に連れて行く。それを見た犬がいやな顔をして言った。

「お嬢さまは付き人つきか」

 シャワーブースのなかでひとしきり泣いた。意地もプライドもない。叩かれた犬っころそのままに泣いた。

 からだを洗って出ると、黒人スタッフが待ち構えていた。
 愚図め、といきなり罵られる。

「いつまでマスかいてやがんだ。さっさと出て来い!」

 いきなり肩を突かれ、くるりと腕をとられる。後ろ手に手錠をかけられた。
 次はフェラをしろ、と言う。

「絶対吐き出すな。うまそうに飲み込むんだ。吐いたら、小便飲ませるからな。返事!」

 おれは悲鳴のように、ハイ、と怒鳴った。




 次のショーはさっき「洗ってやる」と言ったでかい犬がいっしょだった。

 男は日焼けした逞しいからだを、ライダーのような革のつなぎで覆っていた。ペニスだけを股間から露出している。
 おれは目を瞠った。

 ――なんだこれ。

 奇怪なブドウの房のようなペニスがぶらさがっていた。
 一瞬、病気かとおもった。異様に腫れあがり、茎部がでこぼことふくれている。なにか埋めこまれているらしい。

「はやく咥えな」

 男はスツールに腰をおろし、唇を舐めていった。
 おれは気味の悪いペニスにこわごわ舌をのばした。太腿の間でついためらうと、男が髪をつかんでペニスに顔を押しつけた。

「ム、ウッ」

 他人の臭気に鳥肌がたつ。彼は笑いながら、おれの口をこじあけ、自分のペニスをねじこんだ。

 舌に不気味な凹凸が触れた。口のなかいっぱいに肉のかたまりが詰まっていた。大きすぎて顎がうごかない。息が出来ず涙が出た。

「ほら、やるんだよ。お嬢ちゃん」

 男はひとの頭をつかんで、ペニスをしごきあげようとする。咽喉奥を突かれ、おれは身を突っ張った。だが、男に頭をおさえられ、逃げられない。吐き気に咽喉の粘膜がせりあがる。

「ぐ、ンーッ」

『ドク、おまえは手を出すな。ロビン、さっさとやれ』

 スピーカーの声に男はようやく手を放した。
 おれは必死に酸素を吸った。洟をすすり、あらためて男の亀頭をふくむ。
 目をとじて、機械的に舌をつかった。考えない。やらなければ、本当に罰だ。

「ふふ、下手だねえ」

 男が手をのばし、おれの胸を撫でる。「深窓の令嬢を手篭めにしてるみたいだよ」

 指の腹で乳首を揉んでいる。いやな感覚にはらわたが浮く。その指が不意に乳首をつよくつまんだ。

「ンッ――」

「しごくんだ。お嬢ちゃん」

 男はかすれた声で命じた。「そんな遠慮がちに舐めてちゃ、いつまでたっても抜けないんだよ。唇でしごいて、凍ったシェイクを飲む時みたいに吸ってくれ」

 乳首がひねりつぶされる。おれは痛みに肩をすくめ、夢中で吸った。

「ちゃんと飲み込め。咽喉の前でとめてたら意味ないんだぞ」

 乳首がちぎりとられそうに痛い。言われるままに唾液をのみこんだ。自分の唾液ではない味がしていた。

(――)

 からだによその男の足跡が増えていく。
 おれは目を閉じた。吐き気で涙が出た。かなしさも、あったかもしれない。

 ご主人様にじゃれつき、歯で彼のファスナーをおろすのは楽しい遊びだった。
 手をつかわず、唇と舌だけをつかって、ご主人様のペニスにいたずらする。彼が興奮し、おれをベッドに誘ってくれるのが愉しみだった。

 彼のセックスも好きだったが、なによりの愉しみは朝だ。
 ひんやりした清浄な空気のなかで、あたたかい彼のからだにそっと寄り添う。おだやかな寝息を聞いていると、彼がおれだけの恋人になったような、甘い気分がした。

 彼が目を醒まし、薄目で腕時計を見る。おれはその文字盤を隠す。手をつかみあい、けものの仔のようにじゃれあう。

 それでも朝はきてしまう。やさしい黒い目に見つめられ、おれはいつもこの上ない幸せとさびしさを感じるのだ。
 あの瞬間、おれはふつうの、世界一幸せな恋人だった。

「お嬢ちゃん。行くぜ」

 男がぐっと呻くと、咽喉の奥に粘液の束が叩きつけられた。

 ――飲まなきゃ。

 だが、咽喉がきつく締まった。貼りついたように咽喉の筋肉が動かない。
 いきなり男の手が口を覆った。あごの骨がみしみしと鳴りそうなほどの強さだ。

「わがままはだめだ」

 半分が口からあふれた。残り少なになったものが、つぶてのように咽喉をくだった。




 ステージから出た途端、男がおれの首輪をつかんで壁にぶつけた。
 頭が強く打ちつけられ、視界が揺れる。

「ッ!」

 悲鳴をあげるヒマもなく、口に男が喰らいついてきた。とっさに顔をそむけたが、抱きすくめられた。腕を拘束されたままで振り払えない。

「ばッ、やめろ」

「やらせろよ」

 男が首に吸いついてくる。荒っぽい指が尻をつかむ。

「やめろ――」

 肛門に指が入ろうとしていた。爪をたて、無理やりえぐろうとしている。
 スタッフたちは見ても止めない。「邪魔だ。あっちでやれ」と言っただけだった。

「ッ――」

 指が肛門を食い破って、中に入った。おれは飛び上がりかけた。
 異物が芋虫のようにくねり、よじれる。指先が敏感な部分をかすめる。

「い、やだ」

 おれは狼狽し、助けを探した。足の裏がふわふわしていた。霧のような恐怖がすねを這いのぼってくる。

「やめてくれ」

 なさけない声が出た。

「――おねがいだから」

 男は鼻でわらっただけだった。
 ひざが無理やり入り、足を割りひらく。乱暴な手が片足を持ち上げようとしている。

「やめろって言ってるだろ!」

 おれはパニックを起こしかけた。恥も外聞もなく、わめいた。

「だれか助けて! だれか。オクタビオ! オクタビオ!」

 唸り声がして、いきなり男が引き剥がされた。
 オクタビオがその首輪をつかんでいた。

「わんちゃん。お客様がお待ちだ」

 と放り投げた。

 男は床にひっくりかえった。咳き込みながら起き上がり、なんの文句も言わず立ち去っていった。
 オクタビオは渋面をつくって、おれを見た。

「飯だ」

 飯は一枚のプレートの上に乗っていた。皿はない。プレートにはいくつかくぼみがあり、そこに惣菜が乗っていた。

 食欲はなかった。だが、オクタビオは食べることも犬の義務だと強いた。
 おれはフルーツをいくつか口に入れ、次の瞬間、嘔吐した。

 オクタビオはもう叱らなかった。胃液でよごれたプレートを下げ、水のペットボトルをかわりによこした。

「泣き虫め」

 おれはまた泣いていた。タオルで顔をおさえ、しゃくりあげた。

「大丈夫です」

 大丈夫じゃないけど、と顔をしかめた。

「アルがここにいなくて、よかった」



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