不貞 第9話 |
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おれは犬たちの愛撫に身をまかせた。 彼らは暴漢を装っていた。黒い目の犬がペニスの上におれを座らせた。つらぬかれたまま、乳首を愛撫される。 ビリビリに裂かれた薄いキャミソールの間から、大きな手に胸を覆われる。二指に乳首をつままれ、腹の奥底が疼いた。 「は――」 せつない感覚に、おれは鼻を鳴らした。 指は熱っぽく乳首を揉んだ。快楽が波紋のように皮膚の内を波打っていく。 「アア、ハ、ア――」 おれは頭をのけぞらせ、暴漢の肩に擦り付けるようにして喘いだ。尻のなかは火の拳をふくんで脈打っている。乳首の愛撫に尻のなかが焦れていた。 おれは体内の熱いペニスを自分に擦りつけたくて、腰をくねらせた。もうひとりの犬がぱくりとおれのペニスを口にふくむ。 「んッ」 おれは鼻にかかった嬌声をあげた。 尻のなかにおおきなものを含み、今またざらついた舌に愛撫され、からだがうろたえる。 「ア」 舌は粘るようにペニスの裏をなぞりあげた。唇が包みこんでしゃぶる。蝶のようにそっと吸う。 強い快楽に腰骨が浮いてしまう。すぐにイってしまいそうだ。おれは思わず、ひざで男のあたたかい頭をはさんでいた。 いけない、と背後の手がおれのひざをつかみ、ひらく。 なすすべなく、またあたたかい口にほおばられる。容赦のない舌に追いつめられる。 「ハッ、ンッ――アは――」 おれはあえぎ、首を振った。ペニスが、アナルが熱く疼く。腰が強く脈打つ。汗が滴り落ち、全身の脈がペニスにふり注いでいた。 (アア、悦い――) ただ快楽を感じていた。愛でも暴力でもない快楽。素っ裸のただの犬になって、うまいものにありついたように、快楽に唸り声をあげていた。 誰かが顔を軽く叩いていた。 「ロビン、ロビン!」 オクタビオだ。まぶたが重くて開かない。 「ショーは……」 「終わった。大丈夫か」 三人を相手にして、目をまわしてしまったらしい。起き上がろうとすると、腰に力が入らない。 オクタビオは舌打ちし、おれを引っぱり上げた。おれは彼に訴えた。 「腹へった。飯――」 オクタビオは目を丸くして見返した。 控え室で待っていると、彼はどこからかトレーを持ってきてくれた。 豆腐のサラダとフルーツだった。 「これだけ?」 「三日ぶりだ。当たり前だろう」 おれはとても足りないと思いつつ、スプーンをとった。口にいれた途端、口の脇が痛くなった。 オクタビオが眉をひそめ、じっと見る。 「また吐くのか」 「……」 大丈夫、とおれは笑った。 豆腐はうまかった。なぜか鼻水が出た。おれは泣きながらガツガツ食べた。食べるほどに強烈に腹が減った。豆腐は天国の食べもののように、すきっぱらに沁みた。 「もっと」 「もうダメだ」 オクタビオがトレーをとりあげる。あ、とすがろうとした時、おれたちはそこにたたずんでいた人影に気づいた。 心臓が止まりかけた。 「ご主人様――」 おれは甚だしく動転した。 挨拶すらまともにできず、悲鳴をあげて、駆け出していた。 シャワーブースに飛び込もうとしかけたところで、オクタビオにつかまった。 「なんで逃げるんだ」 なぜと言ってもわからない。ただおそろしく、恥ずかしく、うれしい。ドアにしがみついたまま、大量の感情に破裂しそうになっていた。 ご主人様は背後に立っていた。罰はここまで、と告げた。 ご主人様はおれをドムス・アウレアに連れていってくれた。 エレベーターは専用階まであがった。床にひざをつくと絨毯が柔かかった。並の会員には入れないエグゼクティブフロアだ。 「お帰りなさいませ」 ホテルのフロア執事がご主人様を見とめて、微笑みかけた。 品のいい世界に入り込み、おれはいたたまれなかった。ショーの後で、からだには淫らなキスマークが残っている。においもするかもしれない。 (おれさっき漏らしたんだ。小便のにおい――する!) ご主人様に隠れるようにして、部屋に入り、ドアの前でうずくまった。 「あの」 いろいろ言わなければならないことはある。だが、真っ先におれが言ったのは、 「風呂を使わせてください!」 ご主人様はあきれたようだった。それでも、おれのみじめな様には気づいたのだろう。 おれは許可を得て、大理石の風呂に飛び込んだ。 泡風呂にしてからだ中をこすりまくる。不安だった。脂は落ちても、からだに染みついた男の痕は落ちない。もう以前のおれではないのだ。 (おれは地下の犬になった。さっきまで、別の犬の愛撫によがっていた) おれは泡風呂のなかで狂ったようにからだをこすった。 何度か、ご主人様が風呂の外から呼んだ。だが、出られない。 (どうしよう。いま死ぬべきか。いま) 苦悶していると、ご主人様がはだかで風呂に入ってきた。 「わッ」 おれは泡のなかに頭までもぐった。 ご主人様は、ばか、と笑ったようだった。彼はバスタブのなかに入ってきた。 おれの背後に座り、ゆったりと両腕でまわしておれを抱えた。 背中にご主人様の毛のないつるりとした肌が触れた。 (……) いつかも湯のなかでこうして抱かれていた。 いつか――バレンタインの時だ。おれは彼にアイスクリームを飾り立てようとして、反対にアイスクリームだらけにされた。じゃれあい、ふざけあい、最後に風呂でうっとりと彼にもたれていた。 ご主人様が頭に頬擦りするのがわかった。 我慢も限界だった。おれは顔を泡だらけにして泣いた。 「申しわけありませんでした――」 ご主人様はたくさんは話さなかった。 おれをベッドに入れ、掻き取るように抱きしめた。口づけ、舌や手のひら、自らの肌で愛撫しながら、笑うようにおれの愚かさをなじっていた。 (おれ、ばか犬だ) 歓喜に喘ぎながら、おれは自分の思い違いの甚だしさに打たれた。泣けて、笑えた。 (嫌われてない。おれ、嫌われてない) 暴漢に襲われてから、ずっと聞きたかった答えがあった。 おれはかわらず彼の犬だった。彼の腕になんのためらいもなかった。 途方もなく大きな、やさしいものがおれを抱きしめていた。目方はおれより軽いぐらいの人なのに、宇宙のように大きい。簡単におれを片腕にくるんでしまう。 おれの苦悶はなんだったのか。風に転がる枯れ草のように片付けられてしまった。 (おれのご主人様) 見上げるような思いがした。腰の力が抜けるような、甘美な畏れとあこがれでいっぱいになった。 あまりに感極まってか、不意に気が遠くなった。 いつしか楽しい夢を見ていた。おれはまばゆい白銀の雲の上を四つん這いで走っていた。本物の犬になっていた。 おれは駆け回り、すばらしい景色にはしゃいでいた。 ――犬がいい。 人間は愛する相手さえ信じない。百万回キスしても安心しない。 おれは犬になろう。本物の犬になろう。 |
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