犬狩り  第5話


 猟園が近かったが、明日出直すことになった。

 ダンテが急な腹下しで、レストランから出られなくなったのである。三時間後、93号線を南にしおしおと戻っていくことになった。

 ダンテはまだうめいている。

「警察でコーヒーなんか飲むからですよ」

 リッチーが呆れて、「おまわりがわれわれを崇拝しているとでも思ってんですか。用心してください」

「ニューハンプシャーの人は親切なのかとおもった」

 バラスコの野郎、と目を落ちくぼませる。

「せっかく栄光の捜査班に入れてやろうと思ったのに」

「でも、彼の言った――仲間の犯行というのはあるかもしれませんね」

 リッチーは話を変えた。

「猟をしていたプレスコットとモンタンには、アリバイがないんです。物理的にも一番、被害者の近くにいたわけだし」

 ダンテはしばらく黙っていたが、

「この灰色の脳細胞にはもう答えが出ましたよ、モナミ」

 リッチーは笑った。

「早いな。なんですか。ムシュー・ポワロ」

「メ・ウイ。そうです。これはプレスコットかモンタンが仕組んだ仲間殺しのための計画なのです。ある理由のために、仲間Aが嫌いになったBが、AとCを殺し、ついでに自分も殺されかけたふりをする。ABCと連続殺人が起きます。しかしBは、からくも助かるのです。そして、事件をナゾめいたものに見せるために、イスマエルという死者の名を現場にのこしておく」

 トレビアン! とダンテはひとりで興奮した。

「リッチー、犬たちはまだ生きてんだよな。やつらのあやしげな行動を見てるかもしれんぞ。よし、明日は犬たちに会おう」

「見てたら黙ってないと思いますけど」

 リッチーは言ったが、犬たちに会うことは反対しなかった。

(では)

 ダンテはひそかに生唾をのんだ。腹具合もだいぶおさまっている。ボストン市内に入った時、彼はさりげなく言った。

「おれのいるホテルのダイニング、けっこう有名なんだってよ」

 彼はリッチーを夕食に誘った。むろんホテルから帰すつもりはなかった。一日、この時をワクワクと待っていたのである。

(うまそうな体だったからな)

 ダンテはレストランの話をしながら、リッチーをぬすみ見た。
 スーツごしにもめりはりのきいた体つきが伺える。昨日はサバンナの豹のように宙を舞った。抱きしめれば、弾けるような強い手足をしていることだろう。

(だが、あの黒い目)

 男らしい顔立ちだが、ふとくずれると、このうえなく甘い顔になる。黒い瞳に蜜を湛えたような、愛すべき仔猫に変わってしまう。
 昨夜、隣でそっと涙を見せた。長い睫毛がダイヤの屑を散らしたように光ってせつなげだった。その憂い顔を思い、ダンテはひそかに鼻息を荒くした。

 だが、リッチーはホテルの前で降りなかった。

「すみません。この仕事が入ったんで、自分の用を片づけておかなきゃならないんです」



 
 ダンテは八時を待って電話をかけた。相手はすぐに出た。

「やあ、ダーリン。定時の報告だよ」

『本当に八時だな』

 パートナーの声に笑いがまじっている。

『べつにいいよ。毎日じゃなくても。きみだって疲れてるだろ』

「あんたの声を聞くとホッとするんだ」

 ダンテは今日の捜査の経過について話した。

「わりと早く済みそうだ。ただ、それだと、もう一件のほうが困るよな」

『心配するな。その時はこっちでなんとかするさ』

「おれを当てにしてないってこと?」

『また。きみは期待の星だよ』

 ダンテには年上のパートナーの笑顔が見えた。ダンテが愚痴をこぼしたり、不機嫌のきざしをみせると、すぐシャレのめして逃げてしまう。
 どう言ったら、この調子のいい男をやりこめられるのだろうか。

「イヴリン。仕事はいいんだけど、困ったことが起きそうだ」

『なに』

「ウェイター・リッチーがおれにぞっこんだ」

 わお、とイヴリンは歓声をあげた。

『ラッキー・ボーイ! ボストン出張をエンジョイしておいで』



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