犬狩り  第7話


「ゲームは十時にはじまりました」

 明るい木々の下を歩きながら、馬づらの狩番が話す。

「わたしどもは紳士方が森に出て行くと、終りまでやることがありませんので、館に戻っておりました。お客さまふたりはすでに応接室にいましたね。あの方々はゲームがお嫌いらしくて」

「モンタン氏の甥御さんと、死んだセリエ氏の秘書の方でしたっけ」

 ダンテは地面に這う根を踏みながら、

「なんで嫌いなのに来てたんです?」

「甥のローリー・モンタン氏は、犬の買い入れの件で来たのだと思います。あの方がネモとの橋渡しになっておりますので」

「ローリーさんは裏社会に顔が利くんですか」

 狩番は、ホホ、とあいまいに笑った。それには答えず、秘書の方はよく知らない、と言った。

「たぶん、セリエ氏のお仕事のお供だと思います」

 ふたりはゲームが終わるまで、さきにダンテたちが通された部屋でチェスをしていたという。

「途中、どちらかが出ていかれたりとかはなかったのですね」

「そう伺ってます。もっともわたしどもは、下の使用人ホールにいたのでわかりませんが」

「スタッフの皆さんは何をしていたんですか」

「時間つぶしにトランプしてましたね。わたしとふたりの使用人はそうです。森番のじいさんはテレビ見て、居眠ってました。コックは出たり入ったりしてましたね」

「なぜです」

「昼食の用意があったので――あ、そこです」

 森のなかに絨毯ほどの陽だまりがある。周囲の木々にテープが張られ、ちいさなリングとなっている。セリエの死骸が発見された場所であった。

「その木です」

 と、狩番の長い腕がのびた。指先の木の腹に、血痕らしき黒いシミがあった。その下に白くなまなましい線傷がある。
 イスマエル、と読めた。

 その根元に死者の位置をあらわす印があった。
 ダンテは時計を見た。館から歩いて十分ほどだった。走れば7分ぐらいだろう。
 ふと見ると、リッチーがいない。

「リッチー?」

 離れた潅木の茂みから、リッチーが顔を出した。

「なにやってんだ」

 ダンテが歩いていくと、

「犯人の立ち位置を探してたんですよ」

 リッチーはダンテを手招きした。茂みの間に立たせ、狩番のほうを見せる。やわらかい葉の間に、長い顔が小さく見えた。

「木の上からかもしれないぜ」

「45口径です。うっかりすると落ちますよ。おれなら、ここか、そこですね」

「なんか遺留品でもあるのか」

「それはありませんでした。あ、見て――」

 リッチーは小さい葉を一枚めくって見せた。薄黄色い葉に、黒い煤のようなものがはっきりとついている。火薬の痕らしい。
 犯人の位置と見て、間違いなさそうであった。

「これでわかるのは、待ち伏せだったってことです」

 茂みは館から出発して、被害者より森の奥に位置する。同時に走り出した主人三人には、待ち伏せができない。

「え、じゃあ、モンタンも無理じゃないか」

 ダンテはうめいた。面長の狩番のところへ戻り、

「モンタン氏はカモシカのように俊足とかいうことはありましたか」

「いいえ。少し太っていらっしゃいますし、ぜんそくもあるようですから」

 主人たちはセリエを待てない。館の人間は全員、その場にいたことを目視されている。

「――この森は外から出入りできるんですか」

 狩番は長い顔を曇らせ、

「いくつか防護策は講じています。ゲーム・フィールドは高圧線が囲んでいますし、外側の森にも町に接する部分にはフェンスがあります。外注のパトロールが侵入をふせいではいますが」

 でも、入れますね、と言った。
 敷地は広大で川もあり、すべてを囲めるものではないという。

「では、事件前にでも、ここに不審な人物が侵入してきたということはなかったですか」

「ありません」

 そういい、彼は不意に口をとざした。ややあって、

「以前、幽霊を見たという話はありましたが」

 といった。




 二ヶ月前、猟園にイスマエルの幽霊が出たという。
 目撃者は、料理人と森番の老人だった。ふたりは、夜の猟園をイスマエルが散歩し、やがてかき消えたのを見たということだった。

「イスマエルだったんですか」

 ダンテは話を聞きたがったが、ふたりはそろって買い物に出ており、出直すことになった。
 帰り際、ダンテは狩番に言った。

「あの三人のわんちゃんたちですがね。あれ、どこの臓器屋にお渡しになるんでしょうか」

 狩番はその組織の名とエージェントの名を教えた。
 帰りの車のなかでリッチーが聞く。

「何する気です?」

「なにも。聞いただけ」

「汚職を見過ごすことはできませんよ」

 ダンテはそれには答えず、

「オカルトか。Xファイルだな」

「幽霊は銃を使いません」

「でも、足跡がないのも説明がつくぜ」

「たいした捜査官だな。報告書になんて書く気です?」

 ダンテはしばらく黙っていた。やがて、

「リッチー、幽霊はいるって。おれガキの頃、一度だけ見たことあるよ」

 彼はフロントガラスをぼんやり眺め、

「夜、トイレ行く時。じいさんに付き添ってもらってトイレに行った時さ。なんかトイレがヘンな感じだったんだよね。薄暗いっていうか。へんに明るいっていくか。なんか時間が止まったみたいな感じ。で、ベッドに戻って、思ったんだよ。あれ? じいさん、この間、倒れて――」

 不意にダンテがふりむき、厳しい声を出した。

「リッチー、車を止めろ」

「なんです」

「いいから止めて。シートを倒して身を低くしろ」

 リッチーはバックミラーに目をやったが、誰かが追ってくる気配はない。それでも道路の脇に車を停めた。
 リクライニングを倒して、窓の外をうかがう。

(なんだ?)

 といぶかった途端、ダンテの大きな体が飛びかかってきた。あごにガツンと頭がぶつかる。長い腕がからだに巻きついた。

「ブルーノさ――」

 仰天して開いた口を、ダンテの唇が被う。大きな舌がもぐりこみ、口のなかであばれた。リッチーはあわてて首をねじった。

「ちょっと!」

「リッチー、好きだ!」

 ダンテはすでに荒い息をしていた。からだをまさぐりながら、せわしなくキスを浴びせる。顔に、耳に、首筋にキスを降らせながら、のしかかり、服のなかにいそがしく手を這わせた。

「好きだ。たのむ」

「何言って――」

(!)

 首筋を吸われ、リッチーは跳ね上がりかけた。からだのなかにあやうい感覚が走る。
 いつのまにか股間に指が這っていた。ファスナーをおろし、服のなかに入り込もうとしている。

「な、いいだろ」

 熱い息が耳を噛んだ。ペニスをつかまれ、腰がすくみあげる。荒っぽい指の感触に、リッチーはカッと血をのぼらせた。

(この野郎――)

 リッチーはダンテの手首をつかんだ。

「イタアッ、タタ!」

 穴があくほど指に力をこめて握り潰す。ダンテがあわてて身を離した。

「出ろ」

 リッチーは息をふるわせて睨んだ。

「出ろよ!」

「いや、リッチー。落ち着け。外でやるのはマズイ」

 リッチーはその足を蹴りつけた。

「リッチーって呼ぶなって言ったろ! くそったれ。出ろ!」



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