犬狩り 第11話 |
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プレスコットの息子、トリスタンはテラスのテーブルにいた。 白い額に微風を受けて目をとじている。眠ってはいなかった。 ダンテはテーブルの傍らに立った。 「お父さんが帰るよう、おっしゃってました。お会いにならないそうですよ」 若い男は目を開いて、かすかな笑いをきざんだ。 「逃げるということは、少しは恥ずかしいと思っているんでしょうか」 背格好も容貌も父親にひどく似ている。だが、アイスブルーの眸は父よりも翳が濃い。 「少しおかけになりませんか」 トリスタンは涼しげな目を向けた。「ヴィラ・カプリの方」 ダンテは向かいの席に座り、リッチーは少し離れた柱のそばに立った。 「ご用件は?」 「地下の犬たちはいつまで入用ですか」 トリスタンはしずかに言った。 「彼らはこの後、殺される運命が待っています。用が終わったら連絡して欲しいのです」 「どうするのですか」 「ぼくが買い取ります」 名刺を差し出し、「ひとを『買う』なんて、恥ずべきことですが」と言い添えた。 彼はたずねた。 「ヴィラ・カプリはこの遊びを止めないのですか」 「残念ながら、ヴィラへ被害をもたらさないかぎり、ご主人様が何をなさろうと、われわれは関知しません」 「殺すために人を買っても?」 「ご主人様のお買い上げになった犬は、生命をふくめ、ご主人様のモノです」 「ヴィラは愛玩のために人を売っているのではないのですか」 「愛玩の仕方は自由なのです」 そうですか、と苦笑した。 「止めてはもらえないのですね」 けだるい笑い方が父親によく似ていた。 ダンテは名刺を手にとり、 「でも、地下の犬たちはあなたの好きにしていいですよ。こちらでは彼らの無実を確認しましたから」 名刺にはシリコンバレー、サンノゼの住所があった。 「こういう取引は以前にも?」 「いいえ。いつもは全員殺されてしまいます」 その時、二階の窓から怒鳴り声が降ってきた。 「トリスタン! さっさと出て行け! くだらん話をするんじゃない!」 父親のプレスコットが窓から顔を出している。 「不法侵入で訴えなさい。父さん」 息子が言い返す。「ついでにテレビ局も連れてくるといい!」 父親の頭は引っ込んだ。 トリスタンは無念そうに言った。 「この猟園のことは忘れようと思った時期もありました。ヴィラがかかわっていては法に訴えるわけにもいかない。あの男のために自分の人生を投げ打つのも癪でした。ですが、あのばかな男たちはこれをビジネスにしようと考えています。許しがたいことです」 だからと言って、セリエを殺したのはぼくではありませんよ、と言った。 「あなたはその時、どこにいましたか」 「サンノゼ。自分の会社にいました」 「なんのお仕事をされていますか」 「子ども向けの教育ソフトの制作販売です。ほかにもいろいろありますが、それがメインです」 ダンテは不意に思いついた。 「あなたはイスマエル・フォレットという男を知っていましたか」 その時、テラスの端に狩番の長身が現れた。 「申しわけございません。プレスコットさま」 長い顔にすまなそうな表情を浮かべ、 「お父様が即刻敷地から出るようにとのことで」 トリスタンは立ち上がった。 「相手が交渉の場に立たないので、今日は帰ります。――その男のことは知りません」 去りかけ、リッチーに目をとめた。 「かわいいね」 ふわりと身をかがめると、リッチーの顎をとって、ついばむようにキスした。 (ええ?) ダンテは仰天して、身を浮かしかけた。若い男はそのままするりと過ぎた。 「ミッレペダなんかやめなさい。人生を無駄にしちゃだめだよ」 リッチーはあっけにとられていた。目を丸くしてダンテを見た。 「キスされた」 ダンテも言葉が出なかった。 「なんだ、あの野郎! おれの目の前でよくもあんなふざけた真似を。おれのリッチーに! おれの」 帰りの車のなかで、ダンテは憤慨した。 「よくあることですよ」 リッチーはそれほど動じていない。運転しながらあくびして、「だから眼鏡がいるんです」 「よくあるのか!」 「ウェイターとかホテルのボーイなんかやってるとしょっちゅう」 ダンテはついリッチーの唇を見た。とたんにリッチーが笑い、 「やめてくださいよ。事故って死にたくないでしょ」 今日はなにかわかりましたか、と水をむける。 ダンテはまだ惜しげに見つめていたが、 「幽霊はわからん。プレスコットは嘘をついている」 と言った。 「今日、話している間、やつはずっと口もとで葉巻をいじっていたろう。煙いふりをして、目をほそめて、からだもずっとそらし気味だった。やましいことがあると、人間は顔を見せないようにするんだ」 へえ、とリッチーが笑った。 「FBI心理分析官みたい」 「すばらしいだろう。惚れちゃった?」 「彼はやけにイスマエルにこだわっていましたね。イスマエルに犯人であって欲しいような」 煙幕だよ、とダンテは言った。 「なにか触れてほしくないことがあるんだ。殺人サービスの新事業か――」 むっとダンテは身を起こした。 「モナミ、わたしの灰色の脳細胞がまた活動をはじめましたよ!」 また、とリッチーは苦笑した。 「モン・デュー! 手紙です。彼は殺人予告の手紙を捨てました。あの手紙に何かがあったのですよ」 「指紋ですか」 「指紋はおそらく用心しているでしょう。しかし、プレスコットが隠すもうひとつの手がかりが残っていた!」 リッチーが眉をひそめた。 そうです、とダンテが言った。 「消印です」 (こまったやつ) リッチーは自分のアパートへ帰る間、ひとりクスクス笑った。 ホテルの入り口まで送ると、ダンテはなんのかんのいいわけして、リッチーを中へ連れ込もうとした。しまいには「ちょっと待っててくれ」と懇願し、バラの花束をかかえて戻ってきた。 下心でいっぱいの上目づかいに、リッチーは爆笑してしまった。 (あのあつかましさはなんなんだ) アパートのエレベーターの前で、思い出してまた笑った。 へんな男だ、とおもった。精鋭揃いの五十番デクリアから来たわりにはたよりない。 (計算なのか。ほんとうに馬鹿なのか) いずれにせよ、早く帰ってもらわねばならない。長くいると、自分が愚かな失敗をやらかす気がした。ダンテにはひとを油断させる妙な力がある。 自分の部屋の前にきた時、不意にリッチーは息をつめた。違和感があった。 人間がいる、と感じた。 無意識にわき腹の銃に触れた。鍵を開け、細くドアを開けた時だった。 「撃つなよ。おれだ」 と、ニーヴスの声がした。 リッチーはざっと血がかけのぼるのを感じた。 |
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