犬狩り  第13話


『持ってないものは持ってないんだ。捨てたんだよ。すまないが、これからタイに飛ばねばならんのでね』

 プレスコットはさっさと電話を切ってしまった。
 リッチーは電話をとじ、

「どうします? 手紙は捨てたと言い張ってますが」

「自宅に踏み込むかなあ」

 でもなあ、とダンテはあごを撫でた。

 プレスコットはパトリキ(高級会員)である。手紙の消印はあやしいが、犯人につながるものかまだわからない。家宅侵入をはたらいた後、犯人を確定できなければ、ダンテが責任を問われることになる。

「おれの人生を賭けるか」

「もうひとりの主人――モンタンが見てないでしょうかね」

 リッチーが言った。「いちおう、宛名は『ご主人様がた』ですから、プレスコットが見せているかもしれない」

 ふたりはモンタンにアポイントを取った。
 モンタンは入院中であった。セント・ジョンズ・ホスピタルという猟園の近くの病院にいた。

 緑の涼しい病院の庭園に、モンタンはいた。そばに車椅子の若者がいて、笑っている。
 ダンテとリッチーが近づくと、ダークスーツの巨漢が壁のように立ちふさがった。

「失礼ですが――」

 ダンテが用件を言う前に、モンタンのマシュマロのように肥った背が言葉を発した。

「いいんだよ。来たまえ。ミッレペダ」

 ダンテは近づいて、ぎくりと目を剥いた。
 車椅子の若者は下半身に何も着ていなかった。痩せた足の間にコードをくわえこみ、小刻みに下腹を揺らしている。

 笑っているのではなかった。
 勃起していたが、呼吸がおかしい。咽喉からすきま風のように細い音を鳴らし、大きく見開いた目から涙を流していた。唇が青く変色している。

「このコは心臓が悪いそうだ」

 モンタンは髭の下でふくみ笑った。「首をしめなくても、天国というわけさ」

 ダンテはその手からリモコンを奪い、スイッチを止めた。

「われわれは急いでいます。先に話をさせていただけませんか」

 モンタンは怒るでもなく、ガウンをとった。ポケットから小切手帖を出し、すばやくサインする。

「たわいない退屈しのぎさ。わたしはぜんそくでね」

 苦しげにあえいでいる青年の膝に小切手を投げると、

「子どもの頃から娯楽が限られてる。自分が動くわけにいかん。他人を動かして愉しむしかない」

 白いデッキブラシのような髭の下でニヤリと笑った。「なにか言いたいことがあるかね?」

「狩猟はからだに悪いのでは?」

 ところがだ、とモンタンは丸い目をひらりと輝かせ、

「血を流して走る獲物を見ると、からだに火がつく。どこからともなく生命力というやつが湧きあがってくる。命と命の戦いだ。病気がちのモンタンという男のことなんか忘れちまう。ただ棍棒をふりまわし、獲物を追う野人になるのさ――あれは、体験してみるべきだね」

 ダンテはじっと相手を見返した。

「事件について伺ってもよろしいですか」

「もちろん」

 だが、話しはじめようとすると、モンタンは中へ移動しようと言った。

「すまん。おしっこだ」

 病院の廊下を抜けながら、

「この病院を買おうと思ってね。遊び場の近くに息のかかった病院があるのは都合がいい。さっきはああいったが、この間の事件の後は発作が出たんだよ」

 モンタンは病室に戻る前に、我慢できずトイレに寄った。しぶ面したボディガードがつき従う。

 ふたりが去った後、ダンテはリッチーに言った。

「ニーヴスはやめとけ」

 リッチーはおどろいて見返した。

「今朝、見た」

 ダンテはうなった。「きみは階段室で背伸びしてやつにキスしていた。愚かしい。がっかりだ。おれはもうワシントンに帰りたい」

「来てたんですか」

「FBIをなめんな。やめとけよ。吸血鬼は愛してはくれないぞ」

 やがて出てくると、モンタンは顔をしかめ、

「前立腺だよ」

 とうちあけた。

「いっつも小便したくて落ち着かん。こっちも早く手を打ちたいんだが、また次回だ」

 モンタンはふたりをホテルのスイートのような病室に招き入れた。
 専属らしい看護師が、召使のように紅茶を出す。

「こんなことを言っては、不謹慎だがね。ワクワクしとるよ」

 小さなカップをつかみ、モンタンはニヤニヤとダンテを見た。

「セリエ氏が殺されたからですか」

 いやいや、と苦笑し、

「アルには気の毒なことだと思っとる。あいつに恨みなんかないさ。わたしがいうのは、このゲームのことだ」

 イスマエルの仕掛けたゲームを、モンタンは気に入っている、と言った。

「これも命と命の追いかけっこだ。興奮する。恐怖。アドレナリン。むきだしの獣に還る気分だよ」

 見たまえ、とクッションをもちあげる。ソファの上には銀色のリボルバーが隠れていた。

「ベッドにも二挺、デスクにも二挺ある。対決の瞬間を思うとワクワクするね」

「正面から来るとはかぎりませんよ。さっきみたいに庭先で遊んでいると」

「ナンセンス」

 モンタンは鼻でわらった。

「彼はかならず友だちのふりをしてやってくる。やあ、どうだい、なんていいながらね。遠くからの狙撃はありえない。なぜなら、彼はわたしを殺した後、裸にして、メッセージを残さなければならない。イスマエルの犯行声明を出さなければならないからね。こういう犯人は自分のスタイルを曲げないものなんだ。だから、かならずそのドアから来るよ」

「でも、どうやって見分けるおつもりです?」

 モンタンは目をきらめかせ、

「銃を持ってるか?」

 と聞いた。

「ちょっとデモンストレーションだ。構えてみて」

 ダンテはばかばかしさを感じながらも、脇からコルト・ガバメントを抜き出した。
 すると魔法のように巨漢がドアの前に立った。銃口がぴたりとダンテに据えられている。
 モンタンも満面に笑みをたたえて、リボルバーを構えていた。

「けっこうです」

 ダンテはガバメントを仕舞った。「でも、できれば銃をもった男は病室に入れないでください。お話をよろしいですか」

 ダンテはイスマエルの予告状についてたずねた。消印について聞くと、モンタンはあっさり言った。

「コロラドだよ」

 ダンテは口笛を吹きそうになった。

「たしかですか」

「アルがルーペで読んだんだ。コロラドのアスペンだ。日付は四月ぐらいだったかな。こいつを出したやつは、スキーで滑りがてら投函したのかな、なんて言ってたのさ」

 その頃はまだゲストのイタズラだと思っていた、と言った。

「だが、考えてみたら、ゲストはイスマエルなんて犬のことは知らなかったからね。イタズラのしようがないんだ」

「だれかコロラドによく行かれる方をご存知ありませんか」

 モンタンは首を振った。自分たちの誰もコロラドにかかわりはない、と言った。

「あんまり投函場所は関係ないんじゃないかね。遠出して出しにいったのかもしれんし」

「でも、一度はコロラドに行かねばなりません」

 モンタンはうなりつづけたが、思い出せなかった。

「では、スキーによく行く方とか」

「ヘイスティングズくんだ」

 彼は顔を明るくした。

「だれです?」

「アルの――セリエの秘書だ。彼はスキーはプロ級だよ」



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